第20話 おなかすいた

 京都に支部を置く魔法少女部隊『白い烏』。

 そのメンバーの正体は人型の魔獣『亜人』であった。

 魔獣が魔獣を狩る。あまりに異質な彼女らの実態にセナ達は絶句してしまう。


「魔獣が……人間の味方を……?」


 かろうじてヒスイが口を開く。

 その声は震えており、未だ戸惑いを隠せていないようだった。

 そんな彼女の疑問に答えたのは、雪葉ではなくその肩を叩いた男────八咫烏であった。

 白い髪に白いペストマスクを被り白い羽毛をあしらった白衣を着た男だ。マスクから僅かに緑色の双眸が冷たく輝いている。


「……亜人とてその在り方は人間と何一つ変わらない。……故に我は人間と等しく扱い彼女らを尊重する」


「は、はぁ」


「……彼女らはただ亜人であるというだけで疎まれ蔑まれ命を脅かされた。……彼女らにも人間と平等に生きる権利はあるというのにな。……全ての亜人や魔獣が人間と敵対しているわけではない。……むしろ魔獣の存在が亜人の脅威となる場面が多い。……我は彼女らの居場所を用意し守れるように魔法少女として育てることにしたのだ」


「そうだったんですね……」


 概ね『白い烏』の事情は『HALF』と変わらないようだ。八咫烏の言葉に一同は安堵を覚える。


「行き場のなかった私達を八咫烏が助けてくれたんだ。私達でも人間の力になれる魔法少女という存在を教えてもらった。感謝しきれないよ」


「そこは私たちも同じだね。咲良さんに助けられたから私たちも居場所がある。疑ってごめんね、これからよろしく」


「こちらこそ」


 改めてヒスイと雪葉は握手を交わす。

 張り詰めていた空気が一瞬にして和んでいたのを皮切りにユウが口を開く。


「そういえば雪葉は『雪女』だったけど、他の皆はどういう亜人なんだ?」


 ユウのさり気ない疑問にビクリ、と『砂』が体を震わせる。

 だらだらと汗を流し口笛を吹いて知らんふりを始めるが無情にも桜色の髪の少女、センカが答えを言ってきた。


「あたしは鬼よ。昔話に登場するようなあの鬼。ただ、あたしは鬼の端くれ。期待されるような者ではないわ」


「そこまで卑下するなよセンカ」


 目を伏せながら答えるセンカを雪葉がなだめる。

 どうやら彼女は自分が鬼であることに強いコンプレックスを抱いているらしい。とりあえずセナ達は触れないでおくことにする。

 次に答えたのはビクビクちゃん……ではなく、雪葉だった。


「ビクビクちゃんはジャック・オー・ランタンよ。ハロウィンのカボチャ頭で有名なあの妖怪」


「何かすげえ意外なところから突いてきたな……。あれって男の妖怪じゃなかったっけか? あとカボチャ頭」


『か、カボチャはアメリカに伝わったときに改竄された伝承で本来は鬼火の妖怪だよ。原典は確かに男だけど、別に性別が固定されているわけではないし、「ジャック」っていうのは仮称としても使われているみたいだよ』


 と、ビクビクちゃんがスラスラとホワイトボードに解説を書き込んでいく。

 臆病な割に流暢な文面にセナたちは驚く。隣に立つ『砂』が「こいつオタクっぽいんじゃよ」と茶化す。


「で、最後のあんたは?」


「あ、儂!? いや、もうええじゃろ。ほら、儂って地味じゃしどちらかというとパンドラの方が気になるな~!」


「砂かけばばあよ」


「ちょっと雪葉黙りなさい!!」


 あっさりとネタバレする雪葉に『砂』が突っかかる。

 それにしても砂かけ婆だ。予想外の答えにユウとヒメコは笑いを堪えていた。


「おっ、おい、聞いたかよ、ヒメコ。こいつババアだってよ……!」


「ぷぷっ、魔法『』? サバ読みでもしてるんですかぁ?」


「こら、二人ともやめなさい!」


「そうですよ、失礼です!」


 と『砂』を煽る二人にヒスイとセナが叱りつける。当の『砂』は涙目になりながら、


「ねっ、年齢詐欺などしてないわ! 儂ら一族は元からこういう口調なんじゃ! 十三歳、十三歳だもん儂! まだ全然若いもん!!」


「十三……!? わたしより全然年下じゃないですか!?」


 意外な『砂』の年齢にセナは大きく驚く。

 やや大きめの背丈で気付かなかったが、彼女はヒメコに近い歳で現役の魔法少女をやっているのだ。確かに顔立ちこそ幼さは残っているが、実力を感じさせるような雰囲気を持ち合わせている。だとしたら、彼女は十三歳という若さで過酷な戦場に身を投じていることになるのだ。

 魔法少女の年齢層はここ数年で非常に低くなっている、とセナは咲良から聞かされたがここまでとは思っていなかった。確かに周囲を見渡すと『白い烏』以外の魔法少女たちも中学生と思われる者の比率が多い。

 一体、どれほどの覚悟と過去が彼女らを魔法少女へと変えたのだろうか。想像もできない世界にセナは絶句することしかできなかった。

 そんな彼女の肩をそっと後ろから誰かが叩く。


「みんな、そろそろいいかしら」


 振り返ると咲良が立っていた。

 にこやかな笑顔を浮かべて咲良は告げる。


「もうすぐ日が暮れちゃうからね。とりあえず今日泊まるホテルへ行くわよ」






※※※※






 咲良の運転する車(まさかの国際運転免許証を所持していた)で北西部にある町リヴァプールまで向かい、港近くのホテルに泊まることになった。

 明日はウェールズに向かい、まずはドラゴンがいるという湖まで向かう。そのまえにこの町でゆっくりしようというのが咲良の提案だった。

 飛行機からの長旅でセナたちも疲れているのでこの提案には賛成し、夕食を済ませ他愛もない話をしながら入浴も終える。

 時刻は既に夜九時を過ぎている。しかし、高緯度に位置するイギリスは夏季の日没が遅く、かろうじて赤い空が遠くに見えていた。折角の海外、まだ明るいならばと湯冷めも兼ねてセナは近くの港を散歩することにする。

 

(……でも、このままついてきちゃったけどわたしも大丈夫なのかな。未だにパンドラは反応してくれないし)


 セナの中にいる『災厄の魔女』、パンドラ。どうして彼女がセナの中にいるのか聞き出せないままであったし、ドロシーが求めている『鍵』の正体とやらも気になる。それ以前に『始まりの魔女』は数千年前の人物なのだから生きている事自体がおかしいのだ。

 結局、謎は何一つ解明されないしドラゴン戦で役に立てるかどうかも分からないままだ。悶々としながらセナは歩いていると唐突に不可解な音が耳に入ってきた。


「…………ぶくぶくぶくぶくー」


「?」


 幻聴、ではないようだ。

 海の方から聞こえてくる。まさか、いやまさか。

 嫌な予感を抱えつつもそっとセナは音がする方向へ水面を覗き込む。


「ぶぼぼぼぼぼぼ」


「わあああああああああああっ!!!!???? 大丈夫ですか!!??」


 なんと、人が溺れていた。

 鼻から下が見事に海に浸かった一人の女性が泡を発生させながらこちらをじっと見る。まだ意識はあるようだ。

 急いでセナは彼女の近くまで走り、手を伸ばす。ギリギリ彼女の肩が掴める距離だった。何とか地上の方まで引き寄せ、引っ張り上げる。

 ざぱあ、という音と共に女性がその姿を顕にした。全身が上がりきったのを確認するなり、声をかける。


「大丈夫ですか!? 水とか飲んでませんか!?」


 青色のロングヘアーに金色の瞳、褐色の肌に覆われた長身の女性だった。よく見ると服は長袖の黒いパーカー一枚しか羽織っておらず、下着は一切着けていない。

 そして何より胸が大きい。セナや過去に対面したジュリアよりも確実に胸は大きかった。思わぬ痴態にセナは一瞬だけ赤面するが、水を飲んでいる可能性があること、そして何より一枚しか身に着けてないせいで体温が下がっているかもしれないこを思い出し、彼女を救護しようとする。


「寒くありませんか!? 良かったらわたしの上着貸すので、せめて暖まらないと……!」


「…………うっ、あ、あぁ……」


 女性が口を開く。

 声は掠れているが何かを伝えようとしていることにセナは気づき、彼女の唇に耳元を寄せる。

 そして、縋るような声音で彼女はセナに一言告げるのであった。


「おなかすいた」


 まったくもって苦しんでいない声音。しかも流暢な日本語を添えて。


「…………へ?」


 こればかりには思わずセナも呆けた声を上げることしかできなかった。

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