第19話 『白い烏』

 黒いドレスを身にまとい、黒いベールで顔を覆った『連盟』のトップであるシャーロット総司令官。

 彼女の声音は少女のように透き通り、色女のように妖艶な響きを持つ。聞く者の本能を揺さぶり、思考するよりも早く彼女の意思に従わせる。何とも不思議な魅力を持つ女性だった。

 彼女の言葉に一同が視線を向け、その様子にシャーロットは満足げに頷き口を開く。


「では改めましてご説明を。まず、今回の任務は全長三十メートルを超える巨大魔獣、ドラゴンの討伐になります。任務の失敗条件は今回お集まり頂いた皆さんの全滅です。繰り返します、


 全滅を強調する彼女の言葉にセナたちが息を呑む。

 つまり、たった一人でも息がある限りドラゴンに立ち向かい続けなければいけないというのだ。あまりに冷酷な指令だが一同はシャーロットの声音に圧倒されて誰も文句の声を上げない。


「次に作戦の流れを説明します。まず貴女たちは異界に侵入してください。その後、我々が異界に三つの結界を張ります。この結界は物理的に物質の通り抜けを遮断する効果があります。しかし常時魔力を消費するため持続性が欠ける上にドラゴンの攻撃で破壊される可能性が高いでしょう。我々の見立てでは全ての結界が破られるのはおおよそ七時間。この七時間内にドラゴンを無力化ないし討伐を出来る限りしてください。万が一ドラゴンが現実世界に出現してしまった場合、即座に軍隊が動くことになっています。しかし、確実に甚大な被害が出る上に軍隊による砲撃、空爆……。最悪の場合核による攻撃もあり得るでしょう。そのような最悪の事態を招かないためにも全力でドラゴンの動向を阻止し討伐をしてください」


 空気に緊張が走る。

 七時間。あまりに時間に猶予がない。本当に、作戦は成功するのだろうか。

 ごくりとセナの喉が鳴る。


「次に、ドラゴンの攻略にあたってチームを二つに組みます。ドラゴンを直接攻撃する『特攻』チーム、そしてドラゴンがこちらの世界に来ないように誘導し時間稼ぎを行う『陽動』チーム。それぞれチームのメンバーは既にこちらの方で割り振りました。まず『特攻』チームは『HALF』より四十澤優羽、瑠璃垣翡翠。『薔薇十字団』よりリリアン、ジェイド。『白い烏』より、雪葉、たちばな鮮花せんか。『エインヘリヤル』よりフィヨルギュン、スクルド、ユグドラシル。『プロメテウス』より、ネメシス、ディスノミア。以上十一名で行います。そして残りのメンバーが『陽動』チームとして動いてもらいます」


 新しく聞く名前の羅列にセナはキョロキョロと首を動かす。なるほど、どうやらセナを含めて二十名近い魔法少女が集まっているようだった。何人か『砂』のようにこちらをじっと見つめている者がいる。再び肩身の狭さを覚えてしまい、思わず俯いてしまった。


「それでは作戦は三日後に決行します。それまでは各々十分な休息と準備を取ってください。それでは、ごきげんよう」


 その言葉とともにシャーロットの姿が霞んでいき、その場から消えていった。突然魔法のように消えていった彼女の姿にセナは驚き固まっていると背後から肩を叩かれる。

 振り返るとユウがこちらを覗き込んでいた。


「ほら、行くぞ。お世話になる人達に挨拶にし行くんだ」


 ユウに引っ張られるままセナは『白い烏』と呼ばれていた魔法少女たちの元へと向かう。

 既にヒスイとヒメコも合流しており、奥で咲良と豪華絢爛な服を着た男が何やら話していた。

 セナが来たのを見計らうなりヒスイが口を開く。


「初めまして、私たちは新宿に拠点を置いて活動している『HALF』という者です。私はリーダーのヒスイと言います、よろしくお願いします」


「私は京都に拠点を置く『白い烏』のリーダー、雪葉です。ヒスイさんもユウさんも噂は聞いています。この度はよろしくお願いしますね」


 と白いおかっぱの髪に水色の瞳を持ち、雪の結晶を象った耳飾りを身に着けた着物少女、雪葉が表情も乏しげに答える。


「私は『白天』の称号を授かっていますので大いに戦力に貢献できると思います。決して自惚れるわけではありませんが、皆様のお役に立てるよう力を尽くす所存です」


「おいおい、まさかの『六天』様かよ……。こりゃあ頼もしいな」


 とユウが口笛を吹きながら言う。

 魔法少女の界隈に身を置いてから日が浅いセナにとって『六天』の実力がどれ程のものなのかまったく想像もつかなかったが、それでも魔法少女の頂点に立つ者の一人だということは聞いているのでいきなりの実力者に内心興奮は覚えていた。


「あたしはユウ、四十澤優羽だ。『青焔』だの何だの呼ばれてるけど正直『六天』様のインパクトには敵わないや。ともあれよろしく」


「僕はヒメコだよー。陽動組だけど正直戦力には期待しないでね。その代わりサポートならいくらでもするから」


「あ、あのっ、わたしはセナです! 力もないし魔法少女としても新入りなので、そっ、そのっ、皆さんの足を引っ張ってしまうかと思いますが、よろしくお願いします!」


 自己紹介するユウたちに続いてセナも頭を下げる。まさか初任務がこんな過酷なもので実力者揃いが参加しているとは思いもしなかった。何となくいたたまれない気持ちになってしまう。

 そんなセナを見て嫌らしい笑顔を浮かべるものがあった。


「なんじゃなんじゃ、お主はかの魔女様の力を引き継いでおるのだろう? 足を引っ張るどころから儂らを巻き込んで殺してしまうかもしれん。おお、こわ」


「い、いやっ、その……」


 黄土色の髪に黄土色の瞳。目の下に濃いクマを持つ着物の少女が口元に手を当ててわざとらしく怖がるような素振りで言う。もちろんセナは仲間を巻き込むつもりなんてないし、そもそもパンドラの力は今は使えない。

 少女の言葉にセナは萎縮していると雪葉が少女の脳天を強く叩く。


「こら、『砂』。これから世話になる人に無礼なことを言うんじゃない。何故セナさんが陽動チームに選ばれているのか分かるのか。話によれば今彼女は力を使えないらしいんだぞ。そもそもお前は自己紹介をしろ」


「いだだだ痛い痛い! 分かった、分かったよ! 儂は『砂』! 名前はそれ以上でもそれ以下でもない。普通に『砂』と呼んでくれたら結構じゃ。それとセナ、さきほどはすまんかった。ほら、これでいいじゃろう雪葉!?」


「うん、もう悪口は言うなよ」


 ようやく叩くのをやめ、『砂』と名乗った少女は疲弊したように深い溜め息をつく。その瞳には大粒の涙が溜まっていた。苦労人体質なのだろうが自業自得でもあるので、セナも触れずにおく。

 いったん、『砂』の話に区切りがついた所で今度は桜色の髪に桜色の瞳の少女が手を上げて一歩前に出る。


「あたしは橘鮮花。気軽にセンカでいいわ。見ての通り、あたしは普通で正直なんで特攻チームに配属されたのか不思議でならないけどまあ、迷惑がかからないように頑張るつもりよ。よろしくね」


「センカはな、『剣鬼』の異名を持つすごい魔法少女なんだ」


 隣の雪葉が自慢するように告げる。それまでほぼ無表情に等しかった雪葉に僅かながら感情が浮かんでおり、きっとセンカのことを大切に想っているのだろうとセナは確信した。

 しかし、その言葉を聞いたセンカは顔をしかめた。


「やめて雪葉。そんな異名を持つほどあたしはすごくないわ。あたしは普通、ただの平凡な子なの。魔法少女として認められる資格も持ってないわ」


 静かに否定するセンカの目には有無を言わせないような強い光が宿っている。思わずセナたちも深入りするのはやめようと思ってしまった。

 そしていよいよ『白い烏』も最後の一人。セナと同じく陽動チーム配属されていたが……。

『彼女』ではなく、まず雪葉が口を開いた。


「で、この子がビクビクちゃんよ」


「何そのひどいあだ名!?」


 と紹介された彼女の名前に思わずユウがツッコミを入れる。

 ビクビクちゃん、と呼ばれた少女がビクリと体を震わせる。紙袋を頭から被り、手にはホワイトボードを持った不思議な外見の少女だった。

 ビクビクちゃんはマジックペンを手に取りスラスラと何かホワイトボードに書いていく。


『ど、どうもビクビクちゃんです。あっ、あのぅ……わたし臆病だしそこまで強くないから、そのっ、あまり役に立てないかもだけど、ご、ごめんね……? よろしくね』


「う、うん。こちらこそよろしく」


 見た目のインパクトと筆談にヒスイは若干狼狽えながらも握手をしようと手を伸ばす。

 直後、ビクゥ!! とビクビクちゃんは体を大きく震わせこそこそと『砂』の後ろに隠れた。

 ふるふると震える両手に握りしめられたホワイトボードには『!!!!????』と書かれている。


「何かごめんね!?」


「気にしなくとも平気じゃ。こいつはそういう奴じゃ。極端なビビリじゃが悪い奴ではないし結構戦力的にも頼りになるぞ」


『そっ、そんなことないよぅ……わたし弱いよぅ、怖いよぅ……』


『砂』の言葉にビクビクちゃんはふるふると首を横に振る。

『HALF』に負けず劣らずの個性的なメンバーだが、彼女らを目にしたユウは思わず、


(こいつら大丈夫かな……)

 

 と心配になっていた。


「所であなたたちは確か魔獣の力を使って変身するのよね。咲良さんが開発した技術だと聞いているのだけど」


「ああ、そうだな。そういえばあたしらはあまり『白い烏』の活動を聞いたことがない。こういっちゃ失礼なんだけど西日本ってもう安全圏が存在しないと思ってた」


『大災厄』の爪痕。数を増やす魔獣。その影響により、現在人類が安定して住める地帯は非常に減少してしまっている。

 セナたちが住む新宿、引いては東京都は今も平和を保たれているが、それは結界を張り魔獣の侵入を防いでいるからである。彼女らが駆逐しているのはその結界を超えてきた魔獣なのである。結界がない都外は魔獣が跋扈し、とても人が住めるような環境ではなくなっている。────現在、地球上の総人口は二十億を下回っている。数千年前に起きた『大災厄』はそれほどの甚大な被害を受け、そして愚かな人類同士による紛争も絶えず起きているために現代に入った今でも未来は暗いままなのだ。


「京都と奈良と大阪は結界が張られている。元々この付近はあなたたちも周知の通り、神社やお寺が多いからね。彼らに対抗する力を昔から多く所持している地なの。それが恵まれた結果、京都やその付近一帯にも平和は保たれている……。ただ、それ以外の県はほぼ壊滅なんだけどね……」


「そっか。じゃあ『白い烏』は神仏の力を使うのか?」


「いや、違う。私達もあなたたちと似たようなものだけれど、魔法少女の中でも一際異質な存在よ」


 そう言って雪葉は背後の咲良と会話している男の方に目配せする。


「彼は八咫烏やたがらす。この『白い烏』の指揮官。彼も咲良さんと同じように魔獣を利用した魔法少女の開発を提案したわ。ただ、その利用方法が『HALF』とは決定的に異なるの」


「どういう意味だ……? っていうか八咫烏って……」


 恐らくあだ名、になるのだろう。何しろ八咫烏とは日本神話に登場する太陽を神格化した烏、つまり魔獣である。

 しかし、何故その名を彼は冠しているのか。そして『白い烏』とはどういう意味なのか。

 

「あなたたちは『亜人』という存在を知っているかしら」


「はぁ……ゲームとか本で見たことあるけど……」


「人型の魔獣。外見も知能も人間とほぼ変わらない魔獣のことを『亜人』と呼んでいるの」


「そうなんだ。……待て、なんで今それを?」


 唐突に亜人の知識を教えた雪葉にユウはまさかと目を見開く。

『白い烏』、それは恐らく指揮官である八咫烏のことを表した組織名だ。魔獣の名前を冠する人間、否、亜人だとするならば……。

 雪葉は表情を変えることなく、ユウの疑問に答えた。


。私は『雪女』よ。改めてよろしく」


 衝撃的な彼女たちの正体に、セナたちは絶句するしかなかった。


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