第17話 仕事よ!仕事!!

 ────事の始まりは7月26日、夏休みが始まってから5日が経過したときのことである。


「大変よ!!」


 ガタン!! と大きな音を立てながら咲良が勢いよくリビングに飛び込んできた。

 息を切らし全身は汗だくで両腕に大量の紙を抱え込んでいる。

 その慌ただしい様子にセナたちは思わず談話を中断させ、全員一点に咲良を呆然と見つめていた。


「いきなりどうしたんだよ、咲良さん。珍しく慌てて」


「仕事よ! 仕事! 緊急指令が『連盟』から届いたの!!」


 咲良の『仕事』という言葉にセナ以外の全員に緊張が走る。魔法少女部隊である『HALF』の『仕事』とはすなわち、魔獣が出現したことを意味する。

 確かに一週間以上、魔獣の出現情報はなかった。ここまで奴らが姿を見せなかったのは『HALF』結成以来初であるが、だからといって平和になったと楽観視できる訳ではない。

 いずれこの時が来ることは覚悟していた。


「へ、えっ? みなさんどうしたんです?」


 ────ただ一人セナを除いて。


「で、咲良さんや。仕事ってどうしたんだ?」


「あ、そうね。まずは説明しなきゃね。みんな、落ち着いて聞いて」


 咲良は深呼吸をし、一度咳払いしてから腰を下ろす。

 だが一度も背後を見てなかったせいか椅子ではなく、地べたに尻もちをついてしまった。


「大丈夫ですか!?」


「咲良さんが落ち着いてよ!?」


 その慌てっぷりに堪らずセナとヒメコがツッコミを入れる。

 立ち上がった咲良は「ふう」と再び呼吸を整え今度こそ椅子に座って一言。



「────イギリスに全員で行くわよ」



 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。



「すまん咲良さん話が飛躍しすぎて頭に入ってこない」


 手を上げてユウが冷静にツッコむ。

 

「大体この間ヒスイがイギリスいったばっかだろ? 何でまた。しかも全員で」


「まあまあ落ち着いて聞きなさいユウちゃん」


「お前が言うな」


 ユウの言葉に咲良はぺろっと、可愛く舌を出しウィンクをする。

 二十五歳独身女性のテヘペロにユウは堪らず引いた目を向けるが、咲良は気にすることなく資料を開いて説明を始めた。


「この間ヒスイが向かったのはイギリス、厳密に言うとイングランドのロンドンで魔獣が大量に出現したからよ。その時は『薔薇十字団』が別の仕事を受けてしまっていて、ヒスイを応援に出したという訳」


「その時は私だけでも二十体を狩るほどに魔獣の数が増えていましたね。推測上では人為的に奴らがイギリスに集まっているという話で……。あ、まさか」


 と当時の出来事を振り返っていたヒスイが何か思いついたかのような表情を浮かべる。


「最近、魔獣の姿を見かけないのはイギリスに向かっているため……?」


「正解」


 と、咲良が拍手混じりに答える。


「最近、世界中の魔獣がある場所を目指し進行していることが判明したわ。道中にいる人間には目もくれない様子でね。そして奴らが向かっている『ある場所』というのがイギリス、厳密に言うとウェールズなの」


「ウェールズねぇ……。だけどそれだけの魔獣が向かって来ているのは只事じゃないな」


「もうその事案だけで頭が痛くなるのだけれどね。実は更に大きな問題が起きているの」


「は? 魔獣大行進を上回るほどの問題?」


「魔獣大行進とか(笑)センスなさすぎでしょ」


「ちょっとお前は黙ろうか」


「痛い!」


 煽るヒメコにユウが軽くゲンコツを叩き込む。

 涙目で反論する彼女を全員が無視して咲良が続きを話した。


「実はウェールズにある魔獣の反応を拾ってね。恐らく、こいつかが今回の事案の元凶なんだろうけど……。まあ、にわかには信じ難くてさっきまで『連盟』のメンバーと荒れていたのよ」


「はぁ……。で、そのやべえ反応の魔獣って何なんだ?」


 とユウの疑問に咲良は勿体ぶるように再び深呼吸をする。

 そして彼女の口から帰ってきた答えは確かに、にわかには信じられない言葉だった。



「────ドラゴンよ」






※※※※






 つかつかとシスター・グレイは長い廊下を歩く。

 さきほど指揮官のローゼンから伝えられた指令。『ドラゴン』の討伐。

 にしてもあのドラゴンだ。神話に出てくる竜そのものだというのだ。あまりにも馬鹿馬鹿しく思えるような話だったが、しかしグレイの表情は固い。

 何故ならば古来より竜は悪の象徴である。聖書では魔王サタンが地上に具現した姿と揶揄されるほどの扱いだ。他の神話や伝承でもドラゴンは基本的に英雄に打ち倒される存在である。

 そして魔獣の生みの親ともいえる『生命の魔女』ティアマト。彼女もまた、由来となった神話では竜の姿をした女神だと言われている。その名を冠すほどなのだから竜ぐらい生み出すことも造作ではないのだろう。

 そんな危険な存在がウェールズ、つまりグレイたちが住むロンドンからは僅か二百五十キロ離れた所で眠っているのだ。活動が始まれば、『大災厄』に匹敵する被害が生まれることは間違いない。

 だからこのドラゴンの討伐作戦は何が何でも成功させなければいけない。グレイに緊張が走るのも無理もない話であった。


「あら、随分と神妙な顔してるじゃない」


 不意に横から声をかけられる。

 その緊張感のないおっとりした声に思わずグレイはため息をついた。


「……何の用ですか、リリアン」


「用も何も、気になったから声を掛けただけよぅ」


 リリアンと呼ばれた少女はにっこりと微笑みを向ける。

 カールが掛かった青緑色の髪に青い瞳の少女。ど天然な性格でいつもふわふわぼーっとしている。側を通ればいつも百合の花の香りがするやけにいい匂いを持つ子で、おまけに胸も大きかった。

 端的に言えばグレイとは正反対で苦手なタイプの『薔薇十字団』の一人である。しかし、彼女は現役の『青天』であり実力は『薔薇十字団』トップである。


「なぁんか日本に行ってからピリピリしているからねぇ。ストレスはお肌に悪いわよ?」


「余計なお世話です。いいですか、これから大規模な作戦が始まるんです。リリアンもしっかりと気を引き締めてください」


「やっぱりあれかしらねぇ。ハルミ=サンにあってから様子がおかしいわぁ貴方」


「話を聞いていましたかっ!? というか春見さんは関係な────ッ!?」


 突如頭痛が走り、思わずグレイは口を噤んでこめかみを押さえる。

 またこれだ。日本から帰国して以来、グレイはセナのことを思い出そうとするたびに激しい頭痛に襲われてしまう。同時に頭に靄がかかったような感覚。何か大事なことを忘れている気がするのだが、それが思い出せない。

 微妙な苛立ちと何とも言えない不気味さに気分が悪くなり、堪えきれずグレイは足元をふらつかせてしまう。その倒れかかった体が柔らかい感触と甘い匂いに包まれた。

 目を開けるとリリアンがグレイの頭を胸元に抱き寄せていた。


「よぉしよしよし」


「はっ!? 何ですかこれ!?」


「いやぁ苦しそうだったからつい母性が……」


「いっ、言い訳は結構ですから……というか顔近っ!?」


 不満そうな顔をしながらリリアンはグレイと鼻と鼻が触れてしまいそうなほどに距離を詰める。

 甘い香り、柔らかな声、純粋に煌めく瞳、上気した頬、艷やかな唇……五感の半分以上が彼女に当てられ、思わずグレイは赤面して混乱に陥る。

グレイはこの彼女独特のスキンシップが最も苦手なのだ。変なドキドキが止まらなくなって余計に気分が悪くなるのだ。


「とっ、とにかく! 『青天』でもあろう貴方がそんな様子では困ります! しっかりと気を引き締めて任務に望んでください! いいですね!?」


「あっ、離れちゃったぁ……」


「そんな寂しそうな声を上げてもダメです! とにかくわたしは行きますから! また後で!!」


 声を張り上げ、グレイは走り去ってしまう。

 その背中を追い掛けることもなく、リリアンはじっと見つめていた。

 やがてポツリと小さく呟く。


「まだパンドラのことを思い出していない……。間違いなく彼女の記憶を消したのは『HALF』の子たち」


 そこまで考え。

 それまでのおっとりした笑みから一点、リリアンは見るものをゾッとさせる残虐的な笑みを浮かべた。


「ふふっ。愛しいグレイにあんな表情をさせるハルミ=サン。どんな方なのか、お会いするのが楽しみですねぇ」



 ……ちなみにリリアンのその一面が、グレイが彼女を苦手としている大きな理由の一つでもある。


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