第18話 みなさん、ごきげんよう

『セナの裏切り者おおおおおおおおお!!』


 スマホからチサトの怒号がセナの耳をつんざく。

 元々チサトとは夏休みに入ったら遊ぶ約束をしていたのだ。唐突に海外に行くことになり、さらに帰る時期も未定となるとチサトが怒るのも無理はなかった。


「ごめんなさい! 急に行かないといけなくなっちゃって……」


『うわあああああああん! 当日まで黙っていくのひどいよおおおおおおおお!!』


「ごめん、そこは本当にごめん……!」


『でもなら仕方ないよねえええええええええ! 頑張ってねええええええええええええええ!!!!』


 もちろんチサトにはセナが魔法少女であることは黙っている。

 なので言い訳は海外留学ということにした。良くも悪くもチサトは信じやすい性格なのでとりあえずこの場を乗り切ることにした。

 

「ごめんね、わたしそろそろ行っちゃうから。元気でね」


『こっちこそぉぉぉぉおおおおおおお!! 達者でねぇぇぇぇええええええええええ!!!!』


「うん……達者?」


 チサトの言葉に首を傾げながらセナは通話を切る。

 

「おーい、もう用は済んだか?」


「はい、今行きます!」


 遠くから呼びかけるユウの声にセナは勢いよく返事し、彼女たちの元へ駆け付ける。

 ここは東京国際空港、通称羽田空港だ。





※※※※






 記憶がないセナには知る由もなかったが、彼女は奇跡的にパスポートを所持していた。どうやら中学生の頃に海外旅行を経験したことがあるらしい。

 他のメンバーも何度か海外で任務を頼まれることがあるため、当然ながらパスポートを所持していた。

 今回同行するメンバーは咲良、セナ、ユウ、ヒスイ、ヒメコ、ミズキの六人だ。『HALF』のメンバー全員が一つの任務に参加するのは結成以来初の出来事らしく加えてミズキも任務に赴くのは引退以来初めてだそうだ。

 今回は事態が事態なために元『六天』であるミズキも呼ばれたのだ。初めは嫌がっていたのだが咲良の頼みを聞くや否やしぶしぶ納得してついて来てくれた。

 そして六人近い席に固まり、咲良が説明を始める。


「じゃあ、改めて今回の任務を説明するわね。場所はウェールズ、スノードン山にあるスリン・オグウェン湖。かのアーサー王がエクスカリバーを投げ返した伝説があることで有名な湖ね。余談はここまでにして、対象はドラゴン。文字通り、神話とかに出てくるあのドラゴンよ。全長は推定


「は?」


 思わずユウが呆けた声を上げる。

 三十メートル。ビルだと七階~八階建てに相当する大きさだ。全動物でも最も全長が大きいシロナガスクジラも三十メートル超えの個体は確認されているが、その規模の巨大生物が地上を歩いているということになる。

 それも咲良によれば伝承通りの姿。つまり翼を持ち飛翔することは可能で、もしかしたら高熱線のブレスを吐くことも可能だろう。そんな存在が暴れれば比喩ではなく一国家が簡単に滅ぼされる。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。そんなデカイ奴がイギリスの湖のど真ん中に現れたっていうのか!? すぐに報道されなきゃおかしいだろ!?」


「そうね、普通こんな巨大生物が観光スポットに突然現れたら大ニュースになるわね。なのに『連盟』の間でしか周知されていないのは奴がまだ異界にいるからよ」


 異界、魔獣の住処。

 こちらの世界から『ずれた』空間に存在し、異界にいる間は実体化されていないため、どれだけ暴れてもこちらの世界に影響を及ぼさない。だが稀にこちらの世界に干渉し、人間が異界に引きずり込まれるか魔獣がこちらの世界に来てしまう場合がある。


「人間を引きずり込んで食べる……もちろんそんなことは許されないのだけれど、それぐらいならまだマシよ。まずいのは奴がこちらの世界に来てしまった場合」


「まあ間違いなく戦後最悪の被害は出るよね……」


 とヒスイが重苦しく呟く。

 その言葉に咲良は頷き、説明を続ける。


「詳しい話や作戦は向こうで説明するけど……。ドラゴンはこちらの世界に入ってしまう可能性が高い。ただ幸いにも今は眠っているわ。だからどうにかしないと……っていうのが今回の任務」


「ざっくりしすぎて不安だなぁ……。だいぶ詰んでね?」


 ユウの指摘に咲良も困ったような表情を浮かべる。


「そう言われても……。現状どうにかするしかないし、さいわいにも魔獣はウェールズにしか集まっていないんだから世界各国の魔法少女が集まるし……。あ、そうそう。魔獣たちがウェールズに集まっているから気を付けてね。敵はドラゴンだけじゃないわ」


「マジかよ……」


 と頭を抱えるユウの隣で、セナはふるふると震えていた。


(……待って、想像以上にヤバくない? い、生きて帰れるのかな……?)


 想像を遥かに上回る深刻な事態にセナは恐怖を覚えていた。確かに『HALF』に入って魔獣と戦う覚悟は決めていたが、ここまで大規模な敵と戦うのは想定していない。ましてや、今は変身するために必要なパンドラの力も使えないのだ。ずっと彼女に呼びかけているが一向に反応は返ってこない。


(どうしよう……。わたし、どうすればいいんだろう……)


 とセナは不安に駆られるが、もう後戻りはできない。

 無情にも飛行機はイギリスへ到着してしまった。






※※※※






 まず、イギリスにある『薔薇十字団』のアジトに集合し、『連盟』のリーダーである総司令官から作戦の説明を受ける。

 咲良が扉をノックすると、中から黒い髪に眼鏡を掛けた少女、シスター・グレイが顔を出してきた。


「どうもグレイちゃん。『HALF』一同よ」


「この度はお越しいただきありがとうございます。さあ、中へ」


 グレイに促されるままセナたちは中に入る。

 グレイの隣に立つ青緑色の髪の少女がニコニコしながら名簿にサインを促していた。先にユウ、ヒスイ、ヒメコが記入を終えセナもそれに続こうとする。その寸前で、グレイがずい、とセナの顔を覗き込んできた。


「…………」


「あ、あの……」


「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」


「ひっ!?」


 突然大声を上げガシッとグレイはセナの肩を掴む。

 その奇行っぷりに思わずセナも恐怖を覚え涙目で震えるしかなかった。


「思い出した! 思い出しました! パンドラ!! 『災厄の魔女』!! あなたが、あの時はよくも!!」


「ちょっ、お、落ち着いて下さい!! 何のことか分からないです!!」


「とぼけないでください! 散々私のことを脅しておいて! 屈辱だったんですよ!」


「知らないです!!」


「お、おいそこまでにしろよ」


「グレイさん落ち着いて!」


 セナに掴みかかるグレイを宥めようとユウとヒスイが間に割り込もうとする。

 さらにグレイの後ろから別の少女が彼女に抱きついてきた。


「そこまでにしなさんなぁグレイたん」


「パトリシア! でも、この人は!」


「そう言われても、春見たんの反応を見る限り本気で覚えてないみたいやで。それに悪い人の『気』は一切匂わないし、むしろ百パーセント善良の『気』が匂うねん。そこまでにしいや」


「でも……でも……!」


「大丈夫やって。ウチを信用しぃ」


「うう…………!」


 パトリシアと呼ばれた少女の言葉にグレイが項垂れようやく落ち着く。

 金髪のショートカットに琥珀色の瞳を持つ柔らかな雰囲気の少女だった。西洋人なのに何故エセ関西弁で話すのか分からなかったが。

 ようやく解放されたセナはビクビクしながらも席に座る。


「────あれが噂の魔女様じゃと」


 隣からそんな会話が聞こえてきた。

 そちらの方に視線を向けると黄土色の髪に黄土色の瞳と濃いクマを持つ着物の日本人らしき少女がこちらを見ながらヒソヒソと隣の人物に声を掛けていた。全部聞こえるように話しているのが何とも意地悪なのだが。


「おお、怖い怖い。儂らを見とる」


(肩身が狭いなぁ……)


 視線があちこちから自分に向けられている。世界を滅ぼしかけた魔女の力を持っているのだから疎まれるのは当然かもしれないが。

 しかし何という居心地の悪さ。セナはもう泣きそうだった。もうこの時点で早く日本に帰りたかった。

 しかし、意地悪そうに言う黄土色の少女に対し隣に立つ白髪のおかっぱに水色の瞳を持つ日本人らしき少女は表情を変えることなく答える。


「だからどうした。異質さで言えば私達も変わらないではないか」


「……あ、あはは。そうじゃな、そうじゃった」


 その言葉に少女は思わず苦笑いをして白い少女から離れ、今度は別の人物へ向かう。

 桜色の髪に桜色の瞳の少女だった。こちらも日本人に見える。もしかして日本にはもう一つ魔法少女の部隊があるのだろうか。


「な、なぁ。あれが噂の魔女じゃ。ほら、禍々しい気配を感じるじゃろ……? いやぁ恐ろしい奴じゃなあ」


「うるさい」


 まさかの一言。

 一切顔を向けることなくスマホを弄りながら一蹴する桜色の少女に、いよいよ着物の少女が涙目になってくる。

 そして最後に奥にいる紙袋を被った少女……に話しかけた。


(いやすごい見た目!?)


「の、のう。さっき修道女が言ってた件の魔女らしいぞ」


 と言いながら着物の少女が紙袋の少女の肩をトンと叩く。

 直後、ビクゥ!! と体を大きく震わせ、突然小さめのホワイトボードを持って何やら書き始めた。

 ……大きく『!!!!!?????』と書かれていた。


(いや分かりやすいですけど! そんな筆談する人初めてみましたよ!)

 

 記憶喪失なのだからもしかしたら過去にこんな珍しい筆談をする人物に出会ったことはあるかもしれない────いや常識的に考えてそれはないだろう。


「静かにしろ、『砂』。もうすぐ総司令官が来るぞ」


「……! 申し訳ない!」


 白い髪の少女の注意を聞いた着物の少女────『砂』が血相を変えて席に戻る。

 直後、セナの隣に座っていたユウがいきなり立ち上がった。


(え、何……!?)


 何の脈絡もなく立ちあがったユウに驚くセナだが、周囲を見渡すと全員が立ちあがっていた。

 もしかして自分も続かないと失礼なのでは!? とセナも立ち上がろうとした所で。



「みなさん、ごきげんよう」



 ────声。

 その声を聴いた途端、セナは考えるよりも早く立ち上がっていた。

 何よりも『』の声を優先しなかればならないと本能が察した。


「わたくし、『魔法連盟』総司令官、シャーロットと申します。以後お見知りおきを」


 再び、声。

 セナは思考するより前に顔を上げていた。声の主を司会に捉える。


 漆黒のドレスを身にまとい、黒いベールで顔を隠した女性。

 その表情は見えないがセナには妖艶に微笑んでいるように見えた。


「では、これより作戦会議を始めます」


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