もうすぐ楽しいことが起きるなって
ミズキの元へ訪れてから5日が経過した。
「なんつーか……平和だなぁ」
「ここまで魔獣の反応がないですね」
そう。
ガンドライドと交戦して以降、魔獣は姿を見せておらずセナたちは学校へ通い、平穏な日常生活を送っていた。
もちろん危険な目に遭わないのは非常に良いことなのだが……。
「記憶喪失については進展しないですし」
「何より暇だよな。いや良いことなんだけどさ」
「僕も、ずっと雑魚ばっかマッチングしてつまんないよ」
と後ろからヒメコが声を投げかける。
ヒメコは帰宅するなり、すぐにゲーム三昧だ。成績とか将来とか色々と心配になってくる。
「最近ヒスイさんの姿が見当たりませんね」
「何かずっと鍛えているんだとよ。あたしたちにも秘密な特訓だとか言ってさ。毎日学校の道場で居残りしてるらしいぜ」
「むー……僕はもっとヒスイと話ししたいんだけどなぁ」
「あら、なら貴女たちも体動かせばいいじゃない。運動不足は太るわよ?」
と、いつの間にか背後に現れていた咲良が話しかけてくる。
「うーん、あたしは食っても太らないタイプなんだけどな」
「は?」
「今の聞きました?」
「よし決めたこいつを外に出そう」
三人が同時にユウを睨みつけ、彼女を引っ張り上げようとする。
「ちょっ!? やめろよお前ら! いいよあたしは! セナこそ運動しろよ! どうせお前脂肪摂取したら全部胸に行くんだろ!?」
「なっ!? それ悪口ですよユウさん!!」
「そーだよ、セナちゃんもおっぱいおばけじゃん! テメェも外に出ろ!」
「ヒメコちゃんまで!?」
「いいから全員外に出なさい!」
その華奢な体に似合わず咲良がセナたちを引っ張り上げて外へ放り出す。
ついでに外履きも放り投げ、バタンと勢いよくドアを閉めた。
「「「…………」」」
咲良の意外な強さに思わず困惑する三人。
そこへ偶然にもミズキが通りかかってきた。
「────その顔で大体察したわ」
「何であんなに力あんの?」
「まぁ元『赤天』だからね」
「「「!!!!!!??????」」」
唐突に明かされる事実に驚かされる三人。
『赤天』とは火属性魔法の頂点に立つ魔法少女に与えられる称号である。つまり咲良は元魔法少女であり、さらに最強に君臨する一人であったという事実をさらっと吐き出されたのだ。
ふう、と煙管から口を離し煙を吐いてミズキは一言。
「じゃ、ごきげんよう」
「いや待て待て待て待て! その一言で納得できるか!!」
とユウが慌てて彼女の肩を掴むも、ミズキの体が揺らめいたと思うとそのまますーっと消えてしまった。当然ユウの手も空を切る。
水の魔力で光の屈折を変え、幻術と併用して背景と同化させたのだろう。元『青天』である彼女にとってこれぐらいのことなど造作も無いのだ。
「…………どうしましょう?」
「何かやばいこと聞いちゃったけど今更戻るわけにもいかないしね」
「……仕方ない。ヒスイの所行くか」
ユウの提案に二人は頷き、とぼとぼと歩きだした。
※※※※
「はぁ……っ、はぁ……」
額から汗が垂れ、荒い息を吐く疲弊した様子のヒスイ。
右腕に一筋の傷が入り、血が流れ落ちていた。
咲良から与えられた『魔術』の訓練……ではない。これは魔術を使用できるようにするための下準備に過ぎない。
その下準備だけでここまでの傷。確かにこれだけの力を扱えれば『ガンドライド』のメンバーとも渡り合うことも可能になるだろう。しかし、扱うだけの代償は大きい。
制御できるようになったとしても一度の戦闘では五度まで。咲良から言い渡された魔術の制限だ。それ以上を行使してしまうと命の危険に関わるらしい。
(その一回を使えるようになるのも厳しいけど……。泣き言は言ってられない。私は強くなるんだ……!)
「またここに入り浸っているんですか」
「!?」
背後から声が聞こえ、思わずヒスイは身震いする。
振り返るとポニーテールの茶髪に赤黒く鋭い切れ目の少女がこちらに向かってきていた。
「なんだ、風紀委員長さんか。びっくりしたぁ」
「最近、貴女のことが噂になっていましてね。部活動の時間が終わってもここで居残り練習している女子生徒がいるとかどうとか」
「ははっ、マジか。あんまり目立たないようにしていたつもりなんだけどなー」
彼女はこの高校の風紀委員長、
「で、どんな自主練をしているんです?」
「えー、そこ聞く? まあ、魔力の拡張だよ。風紀委員長さんも魔法科だから分かるでしょ?」
魔法は今でこそ科学に押し負けつつあるが、それでも昔から利用されてきた技術であり魔法について専門的に学ぶ『魔法科』が設立されている学校は普通にある。とはいっても、世間一般的には魔法はあくまでも『技術』に過ぎず、『連盟』や魔法少女は半ば都市伝説的存在として認知されているようだが。
つまり、ヒスイたちは『HALF』に関係することを公言しなければただの女子高生であることになるのだ。だから、自主練について(魔術について逸らしたとはいえ)正直に打ち明けても影響はないし、まさかヒスイが魔法少女であるとはジュリアは思っていもいないだろうとヒスイは考えてこう発言したのである。
だからジュリアもヒスイの言葉に顔色一つ変えることなく、尋ねてきたのだ。
「そうですね。しかし、無茶をしていませんか? 出血していますよ」
「あっ、あ~。そうだね、ごめん。確かに無茶したかも。そういえば風紀委員長さんもこんな時間まで学校にいるの珍しいね」
「そうですね。今日はご主人様の帰宅が遅いので時間潰しに校内でも見回りしようかと」
「それ暇潰しって言うの? それはいいとして、確か風紀委員長さんはお偉いさんの所のメイドをやってるんだっけ?」
「はい、アルバイトとしてですが」
果たしてこの話がどこまで事実なのかヒスイには分からないが、ジュリアの性格を考えると本当のことなのだろう。かなり多忙そうな生活を送っていそうだが。
そんな他愛もない話をしていると時刻は既に7時を回ろうとしていることにヒスイは気が付いた。流石にこれ以上長居はできない。
「ごめん、風紀委員長さん! 私そろそろ時間だから帰るね」
「了解しました。私も最後に一周してから帰ります。くれぐれも明日以降は早く帰るんですよ」
「善処するよ、じゃあね」
手を振り、そそくさとヒスイは外へ出ていく。
残されたジュリアは「ふう」と一息付いてポケットからスマホを取り出した。
「……アヤメ様、そろそろお帰りになられるでしょうか?」
※※※※
「うん、そろそろ帰るわ。ごめんな、クレープが美味くってさあ」
とクレープを片手にアヤメは通話する。
格好こそセーラー服なのだが色白い肌に白い髪、赤い瞳とかなり目立つ容姿だ。だが一風変わった髪色と瞳を持つ者が多いこの街においては彼女の姿を見て驚く人はいても、注目をあびることはない。
だから堂々と彼女は散歩する。観光を楽しむ。誰も彼女が人殺しを目的としたテロリストのリーダーであることに気付かず。
そうやって通話しながらクレープを食べていたアヤメはある集団とすれ違った。
眼鏡を掛けたお下げに巨乳の地味な少女。自分と同じくらいの身長を持つ奇抜な髪色の幼女。そして、見知った顔が一人。
その黒いボサボサの髪に、気怠げな青い瞳を持つ少女とすれ違いざまに、目が合った。
「…………」
「────ッ!?」
背後で息を呑み音が聞こえ、勢いよく振り返る気配を感じる。
「ユウさん、どうしました?」
「い、いや、なんでもない」
彼女らの会話を聴きながらクスリ、とアヤメは嗤う。
その笑みがジュリアにも聞こえたのか、疑問の声が聞こえてきた。
『アヤメ様、どうかされました?」
「いいや。もうすぐ楽しいことが起きるなって」
口角を広げ、アヤメは愉しげに答える。
その瞳に、狂気が宿っていることにすれ違う人々は気付くことはなかった。
危険が、脅威が、元凶が。日常のすぐ側に、今まさにこの街中を闊歩していることに気付く者は誰もいなかったのだ。
※※※※
「……いよいよだね」
薄暗い部屋の中。
ドロシーがポツリと呟く。
「『奴』の頃合いは充分だ。パンドラももうすぐ目覚める」
「で、『奴』は正しくあそこに現れるんだよね?」
ドロシーの声に答えたのは、目の前に居座る女だ。
白いコートを纏い、白いフードを被り仮面で顔を隠した如何にも怪しい風貌の女。
その仮面の奥からは金色の双眸が垣間見える。
「もちろん、何のための私なの。確かにインパクトは想像以上だったけど呼び出すなら全然無問題よ」
「ふふっ、そうね。そうだった。ワープ系の魔法だったら貴女を超える人なんて誰もいないもんね」
ゆらゆらと体を揺らしながら、仮面の女はドロシーに告げる。
無邪気に、しかしアヤメの『狂気』とは裏腹に彼女は明確な『悪意』を孕んで。
告げる。
「んじゃ、後は任せたわよ。『異界の魔女』ドロシーちゃん」
「もちろんですよ」
ドロシーはニヤリと笑い、振り返る。
直後、ドロシーの姿が忽然と消えた。
必要な駒は全て揃った。
いよいよ、本当の戦いがこれから始まる。
少女たちは身を持って知ることになるだろう。
────絶望の意味を。
────第2.5章『Calm』、完。
────第3章『Unsightly』へと続く。
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