泡沫の魔法使い

「……なあ、ヒスイ」


「うん?」


 セナをチサトに任せ、二人は商店街を歩いていた。

 早朝だということもあり朝ごはんを食べていない。そこでヒスイはからの提案により、適当に店に寄って朝食を摂ることにした。

 

「セナの記憶喪失の原因ってさ……心因性、つまり心の問題なのかもしれないんだろ?」


「確か咲良さんはそう言っていたはず。頭でも打ったりしていない限りは強いストレスに絶えきれなくなって記憶に蓋をするんだとか」


「だとしたらさ、思い出さないほうが良いんじゃないか?」


「あれ、珍しい」


 心底驚いた顔でヒスイは言う。


「ユウがここまで他人を気に掛けるなんて」


「あたしだって人の心配ぐらいするよ! ……でもさ、セナは余計に目が離せないっていうか、放っておけないっていうか……」


 赤面し、頭を掻きながらバツが悪そうに言うユウの姿を見てヒスイはぱちくりと目を瞬かせ、口をあんぐりと開けていた。

 

「ユウって人間の気持ちあったんだ……」


「どういう意味だよ!? 普通に悪口じゃねえか!」


「ごめんごめん。でもさ、ユウがそこまで他人を気に掛けるのが意外でさ。何だか嬉しくなっちゃうよ」


 けらけらと笑い、ヒスイは椅子から立ち上がる。


「ん? どっか行くのか」


「ちょっと野暮用でね。ユウは?」


「セナを迎えに行ってそれからミズキさんの所に行ってくる」


「了解」


 二人は互いに反対方向へ向き、その場を立ち去る。

 だが距離が離れた所でヒスイはユウの方へ向き直り、じっとその背中を見つめた。


「…………」


 ユウの姿が見えなくなるまで、無言でヒスイは見つめ続けていた。

 そして一人残された彼女は「はぁ」とため息をつき、ゆっくりと歩き出した。

 ────その瞳に、静かな決意を宿して。






※※※※






「じゃあね、また学校で」


「うん、絶対来てね」


 荷物をまとめ、セナはチサトに別れの挨拶を告げる。

 彼女から記憶を失う前の自分についてある程度の情報は得られた。


 まず、春見彗那には家族がいない。

 中学一年生の頃に不慮の事故に会い、両親は他界。親戚から何故か快く思われなかったようで引き取られるもネグレクトを受け、一人暮らしを始めたという。

 第二に交流関係が非常に薄い。

 授業の合間は読書しかせず、昼食も一人で黙々と弁当を食べ続けるのみ。クラスメイトに話しかけられても淡々とした返事しかせず、本当にチサト以外友達と呼べる存在はいなかったらしい。文芸部に所属しており、普段はお喋りなチサトを他所に読書を繰り返す日々だったんだとか。

 第三に明るい性格ではなかったこと。

 常に静かで淡々とした態度を取り続ける彼女に周囲からは『機械のようだ』と称されていたらしい。また生に対しての執着そのものも薄かったらしく、チサトと哲学的な話題をしたときも「死んでもいい」「消えてもいい」と悩む素振りを見せることもなく答えていたという。

 そしてセナが記憶を失った7月15日。

 その日も彗那は普通に学校に通い、チサトと一緒に下校していたという。チサトと道中分かれるまでセナの様子に変化はなかったらしい。記憶を失ったのは少なくとも17時以降、セナが目を覚ましたのは20時、わずかこの三時間の間に起こったことであることまでは推測できた。


(やっぱり記憶がなくなったのは不慮の事故ではない……よね。誰かの手で消された可能性が高い)


 となるとやはり彼女の記憶を消したのはガンドライドだろうか。それとも別の人物なのだろうか。


(でもガンドライドたちに顔を知られたのは誘拐されてからだった気がする……。そうなるとわたしが知ってる中で可能性が高いのはドロシー。でもドロシーが『鍵』を手に入れるためにわざわざ記憶を消す必要があるのかな? 記憶がなくても構わないって言ってたから多分関係ないだろうし。やっぱり違う人なのかな……? んんー?)


「全然分かんないー!!」


「どうした、セナ。いきなり大声出してきて」


「うわあああ!?」


 突如横からユウの声が聞こえてきて、思わずセナは叫びながら荷物を盛大に落としてしまう。

 隣を見たらいつの間にかユウが立っていた。


「えっ、ちょっ、ユウさん!? いつの間に!?」

 

「うるせえな、そこまで驚かなくていいだろ」


 盛大に驚くセナに呆れながらもユウは荷物を拾う。

 それから『HALF』のアジトへ向かうかと思いきや、反対方向へ振り返り歩き出した。


「あれ、帰らないんです?」


「ちょっと寄りたい所があってな。武器のメンテ」


「あっ、なるほど……」


 魔法少女たちが使っている武器は変身した瞬間に生み出されている訳ではなく、異界にしまわれているらしい。そのため、摩耗した場合は武器屋に行って見て貰う必要があるのだそうだ。

 とりあえず道中は暇なのでユウは気になっていることをいくつかセナに尋ねる。


「あれからパンドラの様子は?」


「全然ですね……呼びかけてもまったくの無反応でして」


「うーん……あたしもあの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったからなぁ。何か復活していたことを喜んでいた途中で気絶したらしいけど」


「その間わたしも意識がなかったんで何が起きていたかよく分かっていないんですよね。わたしが記憶を失った原因とは直接関係ないみたいですし」


「そうか。そういえば、友達から前のセナのことについて聞けたのか」


「はい、ある程度は。……あまりよくない環境で育ってきたみたいですけど」


 まだ目的地まで道はあるのでセナはチサトから聞いた話をユウに伝える。

 実態が明らかになっていくごとにユウの表情は曇っていくが、記憶喪失の考察を聞いた彼女は「ふむ」と顎に手を当て深く考える。


「確かにその短時間で精神的なショックを受ける可能性は低いし、頭打った痕跡もないし……。大量の忘却剤でも飲まされたのかね。そうなると一体誰が何のために、ってなるけど」


「気のせいかもしれませんが何となく他人事にしてません?」


「着いたぞ」


「いや答えてくださいよ!?」


 セナの質問を無視し、ユウは前方の家屋を指差す。

 都内の建物にしては珍しく木造でやや古めかしい印象があった。

 戸を開け、暖簾のれんをくぐってユウは一足先に中に入ってしまう。

 

「あ、待ってください、ユウさん!」


 とセナが慌てて中に入ったときだった。

 突如、奥から女性の声が耳に入ってきた。



「────泡沫夢幻ほうまつむげん



 直後、セナは霧に包まれた森の中に立っていた。


「……!? ユウさん!?」


 周囲を見渡し、セナはユウの名を叫ぶが虚しく声が響き渡るだけであった。

 襲い来る孤独感に恐怖を覚え、堪えずセナは走り出す。

 周囲の温度は異様に低く、息が白くなっている。

 走っても走っても景色は一向に変わらず、人はおろか生き物の気配すら感じられなかった。


「はぁ……はぁ……やだ、ユウさん! どこですか、ねえ、いるんでしょう!?」


 返事はない。

 いよいよセナは孤独に絶えきれなくなり、悲鳴を上げようとした所で、ガクリと体が大きくつんのめった。

 振り返ると

 セナの立っていた地面が黒く染まり、まるで底なし沼のように体がずぶずぶと沈み込んでいく。

 気が付いた時には、すでに膝丈まで飲み込まれていた。


「っ!? や、やだっ、たすけっ、ユウさん! パンドラ!! お願いです、助けて!!!!」


 半狂乱になってセナは叫び助けを求めるが、誰もその声に答えるものはいない。

 もう下半身はすでに見えなくなっており、必死に体を起こそうにもそれを上回るほどの力でセナの体は沈んでいく。

 ────誰も、助けてくれない。

 その事実に気が付いてしまった瞬間、セナの心が絶望と恐怖に押し潰された。


「あっ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!!」


「はい、ここまで」


 パチン、と手を叩く音が響き渡る。

 直後、セナの視界が薄暗い森から木製の天井に切り替わった。

 体は地面に沈んでおらず、床の上に寝そべていいた。


「ああああっ!? はぁ…………はぁ…………」


「おいミズキさん、やりすぎだ。完全にトラウマになってるぞこれ」


「ごめんごめん、ついつい癖でさ」


「ユウさぁぁん…………!」


「うおっ!?」


 ガバッ、とセナは勢いよく体を起こしユウに抱きついて泣きじゃくる。

 今、ユウがいるのは夢ではないか。そう思わせるほどに、先程の悪夢は怖かったのだ。

 泣きつくセナにユウは呆れながらも、優しく背中を擦る。


「よしよし、大丈夫だからな」


「うあああ……怖かった、すごく怖かったんです…………!」


「な? やり過ぎただろ?」


「あー……うん、申し訳ない。まさかここまで術が効くとは私も思っていなかったんだ」


 背後から知らない女性の声がする。

 振り返ると青い着物に、髪先が青く染まった黒髪をかんざしで留めた青い瞳の煙管きせるを咥えた女性が立っていた。


「あなたは……?」


入間いるま水稀みずき。ここの店主であなたたちの協力者よ。よろしくね」


「ちなみにさっきお前が見た幻覚はこいつのせいだ。怒ってもいいぞ」


 とユウが付け加える。

 しばらくの間、目をぱちくりとさせていたセナだったがユウの言葉の意味を理解すると顔を真っ赤に染め上げてミズキを指差した。


「あっ、あなた! さっきは、よ、よくもあんな怖い夢を!!」


「本当に怒るんかい……。ごめんなさいね、初見の方にはいつもこうやってるのよ」


「ですからって! ほ、本当に死んじゃうかと!」


「はいはい、私の幻術はメンタルが弱い人ほどよく効くから。そこは反省しているよ。ユウ、こいつが例の新人か?」


「そうだよ。セナ、こんな奴だから仲良くしなくてもいいけど実際に悪い人じゃないんだ」


「一言余計だアホ」


 煙管から口を離し、ふう、と煙を吐きながら気だるそうにミズキが答える。

 先程彼女は魔法を使ったが、外見上は咲良と同い年のように見える。つまり、彼女は


「まさかその年で魔法少女をやってるん────!?」


「また幻術見せるぞオイ」


「すみません!」


 凄んだ目で睨みつけられ、セナは萎縮してしまう。

 彼女の疑問に答えたのは隣に立つユウだ。


「ミズキさんは元『六天』の一人でな。昔は凄腕の魔法少女だったそうだ」


「ろくてん……?」


「属性魔法を極めた者に与えられる称号。『青天』、『赤天』、『黄天』、『緑天』、『紫天』、『白天』。で、ミズキさんは水属性の極地である『青天』の称号を授かっていたんだ」


「よく分からないですけど、とりあえずすごい……!」


「ま、あくまで『元』の話なんだけどね。今はしがない武器屋さ。で、ユウ。何の用だい?」


「いやー、実は、先日の戦いでカタナヲダイブマモウシテイマイマシテ……」


「なぜ急に片言と敬語なんです?」


 突然額からだらだらと汗を流し、体をガタガタ震わせて目を逸らしながら答えるユウにセナは首を傾げる。割と度胸ある彼女がどうしてここまで怯えているのだろうか。

 ミズキの方を振り返ったセナは嫌でも理由を理解した。

 ぱきり、という音が響いた。

 ミズキの咥えてる煙管が折れる音だった。だが、彼女は手を動かしていない。まさか歯で追ったとでもいうのか。


「…………なぁ。刀一本作るのに掛かる値段を知ってるか…………?」


「せっ、セナ。これ幻覚だよな? ミズキさん怒ってないよな?」


「いえ、残念ながらわたしにも怒ってるように見えます」


「最低でも百万超えるんだよ。しかもお前の刀は咲良さんから頼み込まれた特注品だ。特別な鋼を使っているんだ。それをみすみす打ち直せっていうのかぁ……?」


「やっ、あの! まだ使えそうっちゃ使えそうだけど、これから戦いが激しくなりそうな気がすると言うか、魔獣相手だけじゃなくなるからもっと丈夫にしなきゃいけないというか!」


「よし分かった、お前には一回幻術の刑な」


「ちょっ、やめろ! セナ、助けてくれ────」


 言葉は続かず、ユウの意識が途絶え地面に倒れ込んでしまう。今頃悪夢に苦しんでいるのだろう。

 その様子を震えながら見ていたセナはミズキと目が合った。

 ぱちん、と手を合わせミズキは満面の笑みで話しかける。


「さ、茶でも用意するから飲みな」


「飲めますか!!!!」


 渾身のセナの叫び声が響き渡った。


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