第4話 貴重な魔法少女の変身シーンだぜ
「あ、やばい」
とそれまで上の空のようにしていた咲良が突然呟いた。
その呟きを聞いたのは耳にインカムを付けパソコンを素早く操作しているヒメコだ。
「どうしたのー?」
「セナちゃんの『人間性』を測るのを忘れてたわ」
「まあ最大値でしょー。見た感じ特別な力を持っているようには見えなかったし。そもそも何で僕たちのことを詳しく説明しなかったのさ。一応スカウト狙ってるんでしょ?」
「だってほら。強制的にこちらの道を歩ませるのは酷いじゃない。まるで無理やり運命を変えるようで」
「つくづく咲良さんは甘いなー。世界を救うための魔法少女でしょ?」
「でもあなたたちは学生であり立派な女の子よ。『保護者』としては健全で普通な生活を全うして欲しいわ」
「……ぐうの音も出ないですぅ。で、何でセナさんをスカウトしてたの? どう見ても戦闘向きには見えないんだけど」
「そうね。人並み以上に臆病に見えるしまともな運動もしていないように見えるけど。でも、あの子には見込みがあるわよ」
そう言って咲良は目を輝かせる。
その姿を見てヒメコは内心引いていた。咲良がこういう目をするときは大抵ろくでもないことを考えている。いくら人情味溢れる人物とはいえ、彼女は『連盟』から派遣された研究者なのだ。
「ひええ……。僕からは何も言えん。幸運を祈ってるぜ、セナさん」
「何で引き気味なのよ」
「自覚しろよテメェ」
ヒメコの言葉に咲良は「はて?」と首を傾げるだけだった。
※※※※
「あ、えっ…………?」
ユウの正体は人間と魔獣のハーフ。
その衝撃的な事実を聞いたセナは混乱し受け入れることができなかった。
だって、目の前に立っている彼女はどう見ても人間ではないか。
「ああ、別に襲いたいとか考えてるわけじゃないから! あくまで魔法を手に入れるために魔獣の細胞が必要だっただけで、他の人間と何ら変わらないから!」
と、必死に身振り手振り交えてフォローするユウ。
その言葉を聞いてようやくセナはショックから立ち直る。
「あっ、じゃあ平気なんですね?」
「う、うん……?」
まだ完全に立ち直り切れてなかった。
若干意味不明な返しをするセナにユウは首を傾げつつも適当に流す。
「あたしの『人間性』は7だからな。その程度なら全然他の人間と変わらない」
「にんげんせい……?」
また新たな単語に困惑するセナ。
「行くぞ」とユウは歩みを再開させながら説明を始める。
「『人間性』っていうのは文字通り、『人間たらしめるものの度合い』って意味だ。
「???」
ユウの例え話がイマイチ理解できず混乱するセナ。
その反応に何故かユウは顔を赤らめて「なんでもない」と返す。
「と、とにかくだ。この『人間性』は数値が決まっていて最大値が10、最低値が0。最大値は正真正銘『真人間』でこの数値が下がれば下がるほど人間離れ……つまり魔獣化していくんだ」
「そしてユウさんの『人間性』は7……」
「ああ。そのぐらいなら魔獣の力が使える程度、つまり魔法が扱えるっていうレベルの侵食に留まる。要は魔法少女に変身出来るだけの人間ってことさ」
「そうでしたか……。驚いちゃいましたよ」
とはいえ、結局彼女はある程度の人間である部分を削ってまで魔法少女として戦う道を選んでいるのには変わらない。
アジトで聞いた咲良の話といい、やはり彼女らは年齢に対してあまりにも重い宿命を背負っていると思わずにはいられない。
そこまで考えてセナは『HALF』のもう一人のメンバー、ヒメコのことを思い出した。
「そういえばヒメコちゃんも魔法少女なんですよね? やっぱり『人間性』はユウさんと同じなんですか?」
「ああ……そういう質問はめちゃくちゃ失礼に当たるからやめたほうがいいぞ」
「え?」
セナの疑問に対し、頬を掻きながらバツが悪そうな表情を浮かべてユウが答える。
「『人間性』っていうのは魔獣化の侵食具合を表す数値でもあるんだ。そこにコンプレックスを抱いている人だっている。ヒスイとかな」
「ヒスイ……?」
「『HALF』のもう一人のメンバーだよ。今は出張してるけど」
「あ、もう一人いるんですね。分かりました、さっきの質問は聞かなかったことにします」
「ああ。いや別にあたしの場合は気にしてないからな? その点に関しては深く考える必要はないぞ」
「ありがとうございます……」
と、歩いているうちに件のアパートに着いた。
二階建ての低層住宅で非常に質素な形をしている。少なくともこの地区では比較的賃貸が安そうな外見だ。記憶を失う前のセナは(恐らくだが)一人暮らしをしていたそうなので、ひょっとしてお財布に優しい物件でも選んでいたのだろうか。
だがアパートに着いたのはいいのだが重要な問題を二人とも見落としていた。互いに顔を見合わせ、同時に呟く。
「「部屋番号どれだろう……?」」
※※※※
「ふむふむ」
中世のヨーロッパを思わせるフリルのついたワンピースを身に纏い、両足には銀色の靴を履き、三つ編みに束ねたおさげの金髪に金色の瞳を持つ少女が遠くに見える二つの人影をじっと見つめていた。
その特異な姿はとても現代の日本には似合わず、どこか異質で異様で異端な雰囲気を醸し出している。
やがて少女は見つめていた人影のうち、片方────学生服を着込み眼鏡を掛けた黒髪の少女に注目する。
その姿を見て確信を得るや否や少女はニタリ、とその見た目には非常に不釣り合いな不気味な笑みを浮かべた。
「みぃーつけた」
パチン、と少女は指を鳴らした。
※※※※
「っ!? 魔獣の反応あり!」
それまで退屈そうにパソコンを操作していたヒメコが突然血相を変えて咲良に告げる。
咲良はその言葉を聞いた瞬間に直様ヒメコの元へ駆けつける。
「場所は!?」
「場所は……件のアパート、ユウちゃんたちの近くだ!」
「なら都合はいい。さっさと始末させるよう指示させなさい」
「りょうかい! それにしても出現がいきなりすぎるよね。まるで何の前触れもなくその場に出現したかのような……ッ!?」
と、一人呟いていたヒメコの瞳孔が徐々に開いていく。
どうやら何か重要なことに気が付いたらしい。
「待って……おかしい、そんなはずは……!?」
「どうしたの、ヒメコちゃん!?」
「これ、異界じゃない。僕たちの世界、現実の空間に現れてる! 何だこれ、何がどうなって……!?」
本来、魔獣というのは異界に潜んでおり、狙いを定めた人間は異界へと引きずり込まれる。一度襲われたセナもまったく同じパターンで遭遇した。
だが今回のパターンは逆だ。本来具現できないはずの現実の世界に魔獣が現れている。まるで第三者が魔獣をこちら側へ引きずり込んだかのように。
今までにない異常事態にヒメコは焦る一方で報告を聞いていた咲良は冷静な様子でヒメコに命令を下す。
「とにかく、そこに魔獣がいるのには変わらない。ひとまず今はユウちゃんたちに退治してもらいましょう」
「……分かりました、取り乱してすみません。作戦を続行します」
かぶりを振ってヒメコは思考を整理させ通信を接続させる。
起きている事態こそ異常なれど、相手は通常。倒すだけなら今までどおり変わらない、ただの『仕事』だ。
真剣な眼差しに変わり、ヒメコはユウとの通信を始めた。
※※※※
「なん、で……」
震える声でセナが言う。
「今は周りも明るいのに……。何でまたあいつがいるんですかっ!?」
視線の先。
体毛はなく黒い地肌に首元を大量の針で覆った獅子のような獣。
一度セナの肩に喰らいついたあの魔獣が再びセナたちの前に現れていた。
恐怖に体を震わせ動けないでいるセナを庇うようにユウが一歩前に出る。
「クソ、まさかこんなタイミングで出やがるとはな!」
そして右側のポケットからインカムを取り出して耳に装着し、左側のポケットから握り拳ほどのサイズの青く発光する鉱物を取り出した。
先端は鋭く尖っている。
「それは……!?」
「よおく見ておきな。貴重な魔法少女の変身シーンだぜ。おいヒメコ! サポートよろしく頼むぞ!」
『もちろん!!』
インカムのスピーカーからヒメコの声が応じる。
通信が入ってることを確認したユウは満足げに頷き。
何を思ったのか、突如鉱物を自分の左胸に突き刺した。
「っ!?」
「抜刀・
表情を変えることなくユウは一言だけ呟く。
直後、ユウの全身が青い炎に包まれた。
「あっ!? ユウさん!?」
不思議と近くにいるはずなのに熱は一切感じられなかったがユウの体が燃えているのには変わらない。
当然ながらセナはユウの身を案じるが、大きな火柱が彼女の体から舞い上がると同時に炎が一瞬にして消える。
そこには最初に出会ったのと同じ姿……黒いゴシック調のドレスを着用し刀を構えるユウの姿があった。
「さーて、それじゃ仕事と行きますか!」
調子のいい声でユウは叫び魔獣に向かって刀を向ける。
その一部始終を見ていたセナは。
「…………へ?」
と、呆けた声をあげることしかできなかった。
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