第3話 『HALF』
咲良と正面から向かい合うような形でセナとユウはソファに座る。
ヒメコがそれぞれの席にコーヒーを淹れ、一口咲良が啜ってから対談が始まった。
「……それで、どこから説明すればいいのかしら」
「まずは『HALF』のことじゃないか?」
隣に座るユウが腕を組みながら言う。
ちなみにユウは変身を解いたようで、いつの間にかワイシャツの上から黒いコートを羽織った私服に着替えていた。。
『HALF』。どうやらユウたちが所属している組織の名前らしい。
ユウの意見に咲良は頷き、再びコーヒーを一口飲む。
「うん、それが一番なのだけれど……。セナちゃんは『大災厄』のことは知ってる?」
「だいさいやく……?」
「その記憶もなくなってんのか。数千年前、『神話時代』からに起きた大災害のことさ」
「ええ、おとぎ話としても有名ね」
と咲良はユウの言葉を交えて『おとぎ話』を始めた。
※※※※
むかしもむかし、おおむかしのことです。
かつてにんげんたちはふしぎなちから、『まほう』をてにいれようとけんきゅうし、しちにんのとくべつなおんなのこがまほうをてにいれました。かのじょたちは、『はじまりのまじょ』とよばれました。
さいしょに『しんげつのまじょ』がすべてのまほうをあやつり、まじょたちにちからをあたえました。つぎに『せいめいのまじょ』がばけものたちをたくさんうんでいきました。そして『かいようのまじょ』がうみをわり、せかいをだいこうずいでみたしてしまいました。そのあとに『いかいのまじょ』がせかいをふたつにわけてしまいました。それから『だらくのまじょ』がひとびとをゆうわくしやみにおとし、『げんわくのまじょ』はひとびとにいっしょうきえないあくむをみせ、のろいをかけてしまいました。さいごに、『さいやくのまじょ』はきんじられていたはこをあけてしまい、あらゆるびょうきやわざわいがせかいにあふれる『だいさいやく』をひきおこしていまいました。
こうしてせかいは、やみにつつまれてしまいした。そしてひとびとはにどとこのようなあやまちをくりかえさないべく、まほうをふうじこめてしまったのです。
※※※※
「おしまい、と」
ふう、と一息ついて咲良が締めくくる。
隣のユウはいつの間にか眠ってしまい、咲良がコーヒーを飲み終えたのか空になったマグカップをヒメコが回収していた。
そして『おとぎ話』を聴き終えたセナは一言。
「……え、それだけ?」
「これだけよ。世界は滅亡しちゃったよー、だから反省しましょうねーっていう話」
「いや教訓足りなさ過ぎませんか!? というか、魔法を封印したところで何も変わってませんよね!?」
「そう。魔女たちが残した爪痕は未だこの世界に蔓延っている。数千年経った今でもね」
途端に真剣な眼差しになる咲良にセナは思わず口を噤み、唾を飲み込んでいた。
何か、威圧させるような雰囲気。それを咲良から感じ取ったのだ。
「先程のおとぎ話に出てきた『生命の魔女』が魔獣を造り、『異界の魔女』が奴らの住処を造り、そして『災厄の魔女』が『大災厄』を引き起こしたことで人類は追い詰められた。だから、人類は禁忌とされていた魔法に再び手を出すことにしたの。奴らに対抗するにはそれしか手がなかった」
「それが、魔法少女……」
セナの呟きに咲良が頷く。
つまり隣で寝ているぶっきらぼうなユウも奥で罵声を浴びせながらゲームしているヒメコもこんな重い宿命を背負っているというのか。
「そんなの、酷じゃないですか……?」
「ごもっとも。ただ、この道は彼女ら自身が選んだものよ。相応の理由を背負って奴らと戦っている」
「────」
咲良の言葉に、セナは絶句してしまっていた。
まるで遠い国の話を聞いているような気分だ。ただでさえ記憶喪失だというのに壮大な話を聞かれて現実味が沸かない。
黙ってしまったセナに対し、フッと咲良はそれまでの緊張感漂わせていた表情を崩して柔和な笑みを作る。
「とまあ、そんな訳でここ新宿区を守護するために魔法少女が集まり、結成された対魔獣部隊……それが、『HALF』よ」
「そうだったんですね……。ところで何で
「ああ、それはね……。うん、まだあなたは知らない方がいいわ」
「?」
セナの疑問に対し、何とも歯切れの悪い回答をする咲良。
当然ながら首を傾げるセナであったが、「それはともかく!」と咲良は手を合わせ話題を変えてしまう。
「まずはあなたの方が優先! 家すら分からないんでしょう? 今晩はこちらに泊まっていきなさいな」
「えっ!?」
咲良の思わぬ言葉に驚愕するセナ。
確かに彼女の言うとおり、家すら分からず外を彷徨ったらまた魔獣に襲われるかもしれないしこちらで泊まっていくのは得策かもしれない。
しかし、記憶喪失だから確証はないとは言えセナには家族がいるかもしれないのだ。いつまで経っても帰ってこない娘を心配しているだろう。……とはいえ、顔を合わせてもセナには分からないのだが。
その旨を咲良に伝えると彼女は「うーん」と唇に指を当てて思考を探る。
それからぱっと笑顔をセナに向けてきた。
「あ! それならスマホの連絡帳で尋ねればいいんじゃない?」
「なるほど!」
咲良の提案にセナは鞄の中を漁り、スマホを取り出す。
何とも幸いなことにロックは指紋認証で解除できた。それから咲良に教えてもらいつつ、通話のアプリを開き連絡帳を探る。
……だが。
「見つかりませんね」
「そうね、親らしき人物がないわね」
記憶を失う前の自分は知り合いがいなかったのだろうか。
連絡先は『学校』、『チサト』、『アパート』と非常に少なかった。
「この『チサト』っていうのは恐らくあなたの友達ね」
「そうですかね……。見たところトークアプリにも『チサト』の名前がありますし」
「でも、この『アパート」っていうのはあなたの家かもしれないわよ? 固定電話なら十中八九調べれば住所も当てられるし」
「! なるほど! ついでに家族もいるか試しに掛けてみます!」
と、セナは早速『アパート』の連絡先に電話を掛けてみる。
だがそれから時間が経てども聞こえてくるのは『プルルルル……』というコール音のみ。
時計に目をやると午後の九時。学生を育てている大人としては寝るには少し早い時間帯ではないだろうか。
「出ませんね……」
「じゃあ、あなたは一人暮らししているのかもね。とりあえず、ユウちゃんと一緒に向かってみましょう?」
「え、ユウさんとですか?」
「そりゃそうよ。また魔獣に襲われたらどうするの? 護衛に加えてパトロールにもなるし」
「それもそうでしたね……」
早速セナは地図のアプリを開き、先程の『アパート』の電話を検索する。するとあっさりと住所が出てきた。
まだ自分の住処だという確証はないが一歩前進しただけでもセナにとっては大きな喜びであった。何も分からなかった頃に比べて判断材料があるというだけでも安心感を得られる。
一方、咲良はソファで完全に横になっていたユウを「起きなさい」とゆすっていた。
「ふああ……。どうした咲良さん。説明は終わったのか?」
「ええ、とりあえずは。もしかしたらセナの家が分かったかもしれないから一緒についてあげて」
「つまりは護衛任務ですか。良かったな、お前」
と、ユウは柔らかな笑みをセナに向ける。
初めて向けられた少女らしい笑顔にセナはドキリ、と心臓が一瞬だけ高鳴りつつも安堵を覚えた。
ようやくユウと信頼を深められたような気がしたのだ。
「はい、ありがとうございますユウさん! 咲良さんたちもありがとうございました!」
「んじゃ、行ってくるわ。またヒメコにサポートさせてやってくれ」
「行ってらっしゃい。二人とも気を付けるのよ」
ぺこりとセナはお辞儀し、ユウはおざなりに手を振って退出した。
残された咲良は「はあ」と溜息をついて一人呟く。
「……おとぎ話、か」
しばらく呆けていたがぺちぺちと両の頬を叩くとヒメコの元に近づいた。
未だ罵声を浴びせながらゲームをしている彼女の耳からヘッドホンを奪い声を掛ける。
「こら、ゲームはやめなさい。『仕事』の時間よ」
「ちぇー」
咲良の指示にヒメコは不機嫌そうに頬を膨らませながらもゲームを中断させ、あるソフトを起動させた。
「咲良さんが言うなら仕方ないや。んじゃ、ヒメコ頑張ります!」
※※※※
「あの、ユウさん」
「何だ?」
一方その頃。
セナのアパート(仮)を目指し、セナとユウの二人が街中を歩いていた。
異界ではなく現実に戻れたのか外は明かりに包まれ、人々の喧騒も聞こえてくる。ユウも魔獣はいないと判断したのか私服のままであった。
「『HALF』っていうのは咲良さんが立ち上げたんでしょうか?」
「ああ。咲良さんは元々『魔法連盟』に所属していた研究者らしくてな。つっても分からないか」
「……すみません」
さも当たり前のように『魔法連盟』なる組織の名をユウは口に出すが、当然ながらセナには聞き覚えのない単語であった。
謝るセナに対し、ユウは気にしていない様子で続ける。
「まあ『連盟』は名前だけメジャーで実態はさっぱりって人も多いからな。簡単に言えば魔法に関係するお偉いさんたちや研究者たちを集めた組織で国連とかEUみたいなものさ」
「こくれん? いーゆー?」
「あちゃあ常識まで失ってやがる……」
セナの反応にユウは額を抑えて嘆く。
ユウの様子を見るにどうもセナはある程度の一般知識まで失われてしまっているらしい。早急に勉強しなくては、とようやくセナは身に置かれた状況に焦り始める。
「色んな国とか地域で魔法少女たちが活動しているんだが、その彼女らを指揮するために『連盟』から派遣されてくるんだとよ。で、咲良さんはこの新宿区並びに『HALF』の指揮を任されたのさ」
「そうなんですね。それにしてもユウさん、結構咲良さんに信頼抱いてるんですね」
咲良の名前を口に出すたびにユウは目を輝かせ笑顔を浮かべていた。
自らを『保護者』と咲良は名乗っていたが、もしかしたら本当の親子のように二人は接しているのかもしれない。
セナの言葉にユウはやや目を伏せて答えた。
「……まあ行き場のなかったあたしを拾ってくれたからな。親みたいなものだよ」
「…………」
その言葉を聞いてセナはとっさに『間違えた』と思ってしまった。
きっと、これは彼女の後ろめたい過去。思い出したくもないような出来事を回想させてしまったのかもしれない。
咄嗟に話題を変えようとセナは冷や汗を流しながら口を開く。
「そ、それにしてもどうして『HALF』なんでしょうねぇ~……」
「そりゃ、答えは簡単だよ。あたしたちがハーフだからさ」
「え?」
意外な答えにセナは思わず立ち止まってしまう。
歩みを止めたセナにユウは怪訝そうな顔を向け、口を開く。
「そこまで驚くことか? 目には目を、歯には歯を、だろ? なら化け物には化け物を、だ」
「えっ、と。つまり?」
ユウの言葉にセナは本筋が見えず思わず聞き返してしまう。
セナが抱いた純粋な疑問。どうして組織名が『HALF』なのか。
その衝撃的な答えを、あっさりとユウは言いのけてしまった。
「あたしたちは魔獣の細胞を注入して魔法少女になった。つまり、あたしたちは人間と魔獣の『ハーフ』なんだよ」
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