第2話 アジト

「取り乱してすまなかった。状況を整理しよう」


 ようやく落ち着いたのか掻きむしっていた髪から手を離してユウが少女を見据える。

 ちなみに何度も頭を掻いたせいでより髪の毛はボサボサになってしまっていた。


「まず、お前は目を覚ましたらここにいてさっきの『魔獣』に襲われたと。そんで記憶喪失だから家が分からないと。それでいいな?」


「……はい。その、マジュウっていうのはさっきの化け物のことでいいんですか?」


「……嘘だろ」


 少女の返答にユウは額を抑えて俯いてしまう。

 ひょっとして、マジュウ……恐らく当て字は『魔獣』かと思われるが、この存在は常識に当たるのだろうか。

 だとしたらわざわざ記憶を消す理由がよく分からないのだが。


「一応聞くけどどこまで記憶がないんだ? 自分の名前は?」


「名前は思い出せません。目を覚ます前のことも何一つ分からないです……」


「マジかよ」


 はあ、と再びユウは長い溜息をつく。

 だが彼女が迷惑そうな態度をすることに、少女はある程度納得していた。

 それもそうだ。襲われていた人間を介抱してやろうと思ったら自分の居場所はおろか名前すら分からないというのだ。確かにいい迷惑であろう。

 いよいよ少女はいたたまれなくなり本格的に落ち込んできたところでユウが口を開いた。


「っていうかさ、お前鞄持ってんじゃん。あたしと同じ『凪宮学園』の制服っぽいの着てるしワンチャン学生証とか入ってるんじゃね?」


「……!」


 ユウの言葉にはっと少女は顔を上げる。

 なぎみや学園、なるものは少女にはよく分からなかったがなるほど、確かに証明証があれば少女の名前ぐらいは載っているはずだ。

 早速、少女はガサゴソと鞄の中を漁る。そして校章と思われる模様が表紙に飾られた手帳を見つけた。


「あっ、もしかしてこれじゃないですか!?」


「どれどれ、よく見せてみろ……。えーと名前ははるみ……す、すい、すいな? あ、ふりがな振ってある。へぇーこれで『せな』って読むのか」


「って何でユウさんが最初に見てるんですか! わたしにも見せてくださいよ」


「あ、悪い」


 ユウから学生証を受け取り少女は表紙をめくる。

 そこには顔写真と共に名前が書かれてあった。この顔は間違いない、さきほどガラスに映った鏡像と同じものだ。

 そして名前には『春見はるみ彗那せな』と書かれてあった。つまり、これが自分の名前に当たるのだろう。


「はるみ……せな……」


「じゃあセナって呼ぶことにするわ。で、住所は載ってんのか?」


「いえ、流石に住所までは……書いてないです……」


「メモぐらいしとけよ。だからこんな目に遭うんだろ」


「いや書いてあったら誰かに見られた時悪用されるかもしれないじゃないですか! そもそも住所っていうのは書くまでもないことだと思いますが!」


「あ、それもそうか。ってお前が言えたことか!」


「うっ……」


 正論で返されて少女────セナは思わず口を噤んでしまう。

 名前までは把握できたものの、依然として何も思い出せないままだ。結局、家も分からないので今のセナには居場所がないのは相変わらずである。

 行く当てもなく途方に暮れていると、突然ユウがポケットからスマートフォンを取り出した。

 そして何やら操作をしていたかと思うと耳に当てて通話を始める。


「あー、もしもし? あたしだ、ユウ。民間人が襲われていたから保護したんだが面倒なことになってな。……そうそう、そういう訳でこっちで預かりたいんだがいいか?」


「……?」


 何やら不穏な会話が行われているのをセナは不安げな表情でユウを見守る。

 対してユウは心底嫌そうに顔をしかめ頭を掻きながら電話の相手と会話する。


「なんだか知らねーが記憶喪失らしくてな。とりあえず診てほしい。もしかしたらヒメコの奴が住所特定してくれるかもしれないし」


「住所特定……!?」


 物騒な言葉が飛び出し面食らうセナ。

「そんじゃまた」とやや乱暴気味に通話を切り、ユウはスマホをポケットにしまう。


「と、特定って犯罪では……!?」


「今さらこんなこと言ってられるかよ。それにあいつなら悪用しないよ……たぶん」


「たぶん!?」


「いいから行くぞ」


 徐々に不信が募るセナに構わず、ユウは彼女の手を握ってせかせかと歩き出す。

 面食らいながらもセナはユウに尋ねる。


「行くってどこにですか……?」


 ユウは振り返らずに一言だけ答えた。


「決まってんだろ。あたしたちの『アジト』だよ」






※※※※






『アジト』に着くまでの間、セナは様々な疑問をユウにぶつけていた。


「そもそもその格好は何ですか? 刀も持っていますし……」


「見りゃ分かるだろ。あたしたちは『魔法少女』だ。変身して魔法と武器を使って魔獣たちを退治するのが仕事」


 どうやらこの世界には『魔獣』と呼ばれる獣が大量に出現しているらしく、それらを退治するのが魔法少女の仕事らしい。

 本来、魔獣は『異界』────いわゆるこちらとは違う世界にいるらしいのだが、夜になると人間たちを食べようとこの世界に干渉してくるらしい。

 具体的には狙われた人間は魔獣たちがいる異界に引きずり込まれ、孤独になったところを襲うのだそうだ。


「だから、この街には今誰もいないのですか……」


「ああ、その通り。そんであたしたちは引きずり込まれた人間がいないか確認するためにパトロールしているのさ」


「ちなみに、何で襲われた人間に記憶を消す薬を?」


「そりゃ、日常に帰った時にあんな記憶持ってたらトラウマになっちまうだろ。怯えて暮らさないようにと家に帰したところで薬を飲ませ、目を覚ました頃にはいつもの生活に戻るという算段さ。ま、お前は記憶喪失だからそういう訳には行かなかったんだけども!」


「うっ、誠に申し訳ございません……」


 威圧するようなユウの言葉に萎縮するセナ。

 それからふとユウの言葉に疑問を覚えたセナは再び彼女に一つ尋ねる。


「あの、さっきパトロールしてると言ってましたが……。わたしに構ってアジトに戻っていいんでしょうか?」


「さっき電話して許可が下りた。向こうには魔獣探知のエキスパートがいるし大丈夫だろ。基本一日に多くても三体しか湧かないし」


「そういうものですか……」


「着いたぞ」


 と、そうこうしているうちにセナたちはとあるビルの前に着いた。

 中から明かりが見えていることからまだ中に人はいるのだろう。

 正面のドアにはポスターが貼られており、水色の髪に毛先が紫のグラデーションがかかった幼い少女の写真と共に『困ったら魔法少女に頼ろう! 魔獣退治から落し物探しまで何でもござれ!』と文句が書かれている。

 その張り紙を見たセナは顔を引きつらせながら、思わず感想を呟いてしまっていた。


「あ、あの……見るからに胡散臭いんですけど……」


「うん、そうだな」


 頷きながら若干適当に返すユウ。

 ユウは早速扉を開けて中に入ってしまう。セナも不安に駆られながら後に続いた。


「とりあえずただいまー。例の子連れてきたぞー」


「はぁ!? ざっけんじゃねえよ、テメェ! 乙ってんじゃねえよ芋りプレイばっかしやがって!!」


 中に入るなりいきなり少女の罵声が響き渡ってきた。

 あまりの口汚さにビクリとセナは体を震わせつつ、奥を覗き込む。

 ヘッドホンを被った幼い少女がパソコンでゲームしながら罵声を浴びせていた。

 毛先に掛けて紫色のグラデーションが掛かった水色の髪をツインのハーフアップに束ね、左目は水色で右目は紫色のオッドアイという特徴的な容姿を持っていた。外見上は小学生高学年ぐらいと言ったところか。幼い容姿ながらも非常に整った可愛らしい顔立ちをしているが、先程から続いている罵声が全ての雰囲気を台無しにしていた。

 ……というより、この子は正面に貼ってあったポスターに写っていた少女で間違いないだろう。ポスターで見たときはまるでアイドルの如く綺麗な笑顔を浮かべていたのだが、こちらは鬼気迫った表情でゲーム画面を睨みつけており、とても同一人物には見えない。


「っしゃあ! 勝ったぞ! はい雑魚乙ぅ!! ま、僕が天才だったからなんだけどね!!」


と、勝利したのだろうかガッツポーズを上げてはしゃぐ少女。

その背後にユウが回ってヘッドホンを取り上げる。


「おい、お客さん来てるぞ。いつまで醜態晒してるんだアホ」


「何するんだよぅユウちゃん! 今僕は忙しいの……って!?」


 ようやく少女はセナの姿に気付き、目が合う。

 セナは苦笑いを浮かべながら「……どうも」と何とか挨拶を返すことはできた。

 対して少女は驚愕した顔でしばらく硬直した後。

 ふわあ、と柔らかい笑顔を向ける。


「ああ、ごめんなさいね。このヒメコちゃんとしたことがお客さんの姿に気付かないなんて! ねえお姉さん、さっきのヒメコの姿見てないよねー?」


「え、えーっと」


 年相応の可愛らしい笑顔を浮かべながら少女はセナに距離を詰めてくる。

 気まずい雰囲気に加え、どことなく少女から有無を言わせないような雰囲気を感じ、思わずセナは返答に詰まってしまった。

 カッ、と少女の目が見開きセナの両方を掴む。


「見てねぇよなぁ?」


「みっ、見てないです!! 何のことだか全然知らないですぅ!!」


「おっけー」


 ぱっ、と両手を離し再びはにかんだ笑顔を見せる少女。

 その態度の変わりようにセナは最早恐怖すら覚えていた。


「あ、自己紹介遅れましたぁ。僕の名前は古神ふるかみヒメコ。一応アイドルやってますっ。よろしくね、お姉さん!」


「あ、はい、よろしくお願いしますヒメコさん……」


「ヒメコちゃんでいいよー。お姉さんのお名前は?」


「セナです、春見彗那。じゃあ、お言葉に甘えてよろしくねヒメコちゃん」


「うん、よろしくー」


 と握手を交わすセナとヒメコ。

 先程の態度は間違いか警戒でもされていたのだろう。年相応の姿にセナはホッと胸を撫で下ろす。

 そして手を離すその直前で、そっとヒメコはセナの耳元に唇を近付けて囁いてきた。


「さっきの光景、誰にも話すんじゃねぇぞ」


「はいぃぃ!!」


 そんなことなかった。

 がたがたと震えるセナをよそに再び笑顔を浮かべスキップしながらヒメコはゲームに戻る。

 ユウが苦笑いを浮かべながらフォローしてきた。


「ま、まぁ性格に難はあるけど悪い子じゃないから……な?」


「だとしても難ありすぎですよ! まず口の汚さを直した方がいいと思います!」


 今時の小学生はあんな感じなのだろうか。いや、それはないだろう。むしろあって欲しくない。

 とセナが辟易していたところで、背後から別の人物の声が掛かった。


「あら、おかえりなさいユウちゃん。もしかしてこの子がお客さん?」


 今度は誰だ!? と振り返ると一人の女性が立っていた。

 黒いスーツを着込んだ長身の女性。。大人びた雰囲気ながらもどこか異質な一面を感じさせるような、存在感のある人物だった。

 女性の言葉にユウは笑顔を浮かべ詰め寄る。


「何だ、いたのかさん。そうそう、こいつが例の子でさ。とりあえず診てくれないか?」


「なるほど、了解したわ」


 柔和な笑顔を浮かべ、咲良と呼ばれた女性はセナにそっと手を差し出してきた。


「初めまして、私は彼岸ひがん咲良さら。魔法少女部隊『HALF』の指揮官にして、この子達の保護者です。よろしくお願いしますね」


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