◆5◆ 長男・恵による『面接』が開始する。
とりあえず、
「えっ」
なぜか樹さんは「何で僕?」と言って、自身を指差し、自分よりも大きな息子達にすがるような視線を向けた。
「何でじゃねぇだろ、それが筋ってもんだ」
と直さんが言えば、
「潤さんとお付き合いをさせていただいております、片岡藍と申します」
床に手をついて頭を下げてから、思う。
あれ、これって「娘さんを僕にください」の時のやつなのでは? と。
ちょっと重くなりすぎたか? 今日はそういう話をしに来たわけじゃない、というか、もう純粋に『ご挨拶』のはずだったんだけど。しかし、やってしまったものはもう遅い。
「片岡君ね、いや、藍君の方が良いのかなぁ。僕は樹といいます。樹さんでも、お義父さんでも、もう何とでも。あっはっは」
と、何とものんびりした声が聞こえる。
その声でゆっくり顔を上げると、苑子さんが、さっき渡した『
「まぁ、お父さんったら、まだ早いわよぉ」
「そうだぞ父さん。まだ直の結婚が決まったばかりなんだし」
「いーや、俺は早い方が良いと思うぜ? だって、潤、今年30だろ? いまは晩婚だっていうけど、こいつの場合、片岡を逃したら確実に後はねぇって」
「ちょ、え? あの……」
有りうるー、と声をそろえるご両親に、直さんは「だろ?」と返す。直さんは必死に「そんなことはない!」と食い下がっている。潤さんはそれを見て、呆れたような顔をしていた。
何だか和やかな雰囲気だな、と肩の力を少しだけ抜いたその時。
恵さんが、ごほん、と大きな咳ばらいをした。
「それで、だ。片岡君」
「は、はい」
直さんのように『片岡』と呼ばないところに壁を感じる。
「見たところ、君は潤より若いようだが」
「はい、26です」
「あらぁっ、潤より3つも下なのね? 若い子捕まえるなんて、やるじゃない、潤~! そりゃあ
「……母さんは黙って。それで? 今年26か?」
「いえ、ええと、11月には27になります」
「そうか。何かスポーツの経験は?」
「バレーを、高1までやっていました」
「バレーかぁ。すらっとしてるからてっきり潤と同じで陸上かなぁって思ってたよ、僕は」
「私はサッカーかと思ったわ。ほら、何とかって選手にそっくりじゃない! えーっと、誰だったかしら、ねぇ、お父さん」
「僕、サッカーの方は全然わからないなぁ」
「父さんも母さんもうるさい。しかし高1とは随分中途半端な時期で辞めたな。潤との付き合いも中途半端では困るぞ」
「すみません、その、家庭の事情で、と言いますか……」
「ほう、家庭の事情、と」
そこで恵さんは困ったような顔をした。
そりゃあ普通に考えれば『家庭の事情』なんて他人が踏み込んで良いものではない。
まぁそんなに重い話でもないんだけど。
「まぁ、ご家庭の事情で? 苦労したのねぇ、藍君」
「え、いや、その、そこまで苦労したとかではなく……」
「まぁ! そうなの?!」
と、苑子さんの目が輝き出した。これはきっと、聞きたくてうずうずしているのだろう。別に、妹の桃のためというだけだから、話すことは全然やぶさかではないんだけど――。
「駄目だ、ここだと父さんと母さんがいて話が進まん。片岡君、場所を変えようか」
「あ、はい」
「潤はついて来るなよ。男同士の話だからな」
俺と同時に腰を浮かせかけた潤さんに釘を刺すと、潤さんは、ちっ、と舌打ちをした。
「藍、後でお茶持って行くから」
そう小さな声で告げる。心配してくれているのだろう。
「ありがとうございます」
「何かおかしなことをされたら大声で助けを呼ぶんだよ」
「大丈夫です、ちゃんと備えてきました」
「備え? 何の?」
潤さんが眉間にしわを寄せて首を傾げる。
それはですね、と言おうとしたところで、恵さんがこちらを見た。
「片岡君、こっちだ」
「はい。いま行きます。潤さん、大丈夫ですから。では」
ちょっと不安そうな顔をしている潤さんの手を軽く握ってから、まぁ、と何やら驚いている苑子さんと樹さんに一礼し、恵さんの後に続いた。
案内されたのは奥の和室である。
ぴしり、と背筋の伸びた恵さんが、しゃ、しゃ、と畳の上を歩くと、ここが何だか柔道場のように思えてしまう。成る程、俺はここで投げ飛ばされるのだな、と思い、背中を嫌な汗が伝う。
「さて」
ぴたりと足を止めそう言われれば、いよいよその時か、と身体がびくりと強張る。しかし予想に反して恵さんは、壁に立てかけてあった折り畳み式のちゃぶ台を中央に置くと、すとんと腰を下ろした。
「座りたまえ、片岡君」
「は、はい」
向かい合って座り、しばし沈黙が流れる。
目を逸らしたら負けだ。といっても、勝ち負けじゃないのはわかっている。だけれども、これはある意味戦いなのだ。どんなに睨まれても、もし本当に投げ飛ばされるのだとしても、絶対に逃げてはならない。大丈夫、ここに来る前にトイレは済ませてきた。
「潤のことだが――」
「はい」
恵さんがゆっくりと口を開いた。
「あいつは君よりも年上だ」
「はい」
「それに、管理職でバリバリ働いていて――」
「はい、俺――僕の上司です」
「成る程、職場恋愛というわけか。潤らしいな。――じゃなくて。可愛げもないだろう。年上で、その上、上司だなんて」
「そ、そんなことは!」
確かに潤さんは年上で俺の上司ではあるけれども、それと彼女の可愛さはまた別の話だ。
「なぜ潤なんだ」
一際重くそう吐き捨てると、恵さんは、ため息をついて首を振った。
なぜ。
なぜ潤さんなのか。
「僕は……、見ていただいてわかるように目付きが悪くて、正直、見た目でかなり損をしてきたと思います」
そう言うと、恵さんは「そうか?」と小声で呟いて軽く首を傾げた。そういえばこの家では誰も俺の顔というか目について言及しない。そりゃあ初対面の人間――しかも娘の恋人に対して、顔が怖いだの目付きが悪いだのとは面と向かって言ったりはしないだろう。けれども長年この顔でさんざんビビられてきたのだ、口には出さずとも、表情でわかる。
なのに、誰一人。
誰一人として、驚いた顔も、嫌な顔も、怯えた顔もしなかった。まるで俺の家族みたいに、ごく自然に出迎えてくれたのだ。
「学生時代も、社会人になってからも、長く付き合っていけば見た目通りの人間ではないとわかってはもらえるんですが。でも、潤さんは、入社1日目から僕と普通に接してくれまして――」
「まぁ……あいつはそういうところあるかもな」
「上司としてももちろん尊敬していますし、プライベートでも、向上心があって、裏表がなくて、優しくて、きれいで、今日はまた一段ときれいで、それから――」
「よし、もう良い。そこまではもうわかった。俺も今日の潤は一段と可愛い。天から女神が降りてきたかと思ったほどだ」
えっ、ここからなのに?
まだ潤さんの魅力の10分の1も伝えられていないんですけど。ていうか恵さん、さらっと凄いこと言ってませんか。女神って。
「別に俺は潤との交際を反対しているわけではない」
「そ、そう……なんですか……?」
「潤ももう30だし、兄とはいえ、俺が口を出すことでもないだろう。――しかし!」
「――!!」
強く握った拳を畳に叩きつける。鈍い音と振動がこちらにも伝わり、びくりと身体が震えた。
「なぜだ! なぜお前なんだ!!」
「えっ……? な、なぜと言われましても……」
やっぱりこの顔だろうか。こんなに目付きの悪い男はやはり駄目なんだろうか。
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