☆ ☆  中堅社員・牧田博之は見た!

「エーシさん、さすがに何か食いましょうよ」

「……そうだなぁ」


 ちょいちょいと小休憩をはさみながら多種多様のスライムを狩り続け、どちらともなく寝落ちして迎えた朝――というか、ほぼ昼。彼らの胃の中には消化しきれていない揚げ物や乾きものがまだ詰まっていて、その上、アルコールも抜けていないとくれば、今日の予定も決まったようなものである。


 ――誇り高きスライムハンター(共に上級)として、再び狩場へ赴くのみ。


 というわけで、腹の中が落ち着き、アルコールが抜けきるまで再びゲームの世界に没頭することとなったわけである。


 けれどもさすがに16時に差し掛かると腹の虫も騒ぎ始める。テーブルの上に残っていたわずかな燻製をちびりちびりと噛んでごまかしていたのだが、そろそろ限界がきたようだ。


 で。


 冒頭の会話に繋がる、というわけなのだった。


「今日も泊まって行くっスよね?」

「良いのか?」

「別に良いスよ。近くに銭湯もあるんで、買い出し終わったらひとっ風呂浴びて、飯食ったらまた狩りに行きましょうよ」

「昨日結局出なかったんだよなー、炎涙」

「あれレア素材っスもん、仕方ないスよ」


 そんな会話をしながら徒歩10分のスーパーの中を歩く。

 牧田も川崎も独り暮らしが長いため、それなりに料理は出来る方だ。そして共に三十路ともなれば、多少健康に気を遣って――というのか、今日はちょっと野菜を食べたい気分である。

 ふと、川崎が何気ない風を装って自身の腹に触れてみると、かつてはぺたんと引っ込んでいたその部位は、ふわりと贅沢な肉が柔らかなカーブを描いている。

 

 だから、「今日はさっぱりと鍋にしないか」と川崎が提案すると、牧田も、「鍋はさすがに暑くないスか」なんてことも言わず「良いスね」と即答した。やはり彼の手も腹に添えられているのだった。


 そうだ、今日はサウナでたくさん汗をかいて、それから野菜たっぷりの鍋をつつこう。


 牧田がそんなことを思い、ふと、数メートル先の青果売り場に視線を滑らせた時。


 ……片岡?


 いたのだ。

 職場の後輩である片岡藍にそっくりな人物が。いや、あれはどこからどう見ても本人だろう。だって――、


 その隣にはその片岡藍が愛してやまない伏見潤がいたのである。

 

 もし彼女がいなかったら、他人の空似で済ませたかもしれない。最も、あれだけの眼力を持つ他人がいれば、の話ではあるが。というのも、片岡の住むアパートはここからかなり離れているため、このスーパーで遭遇する可能性はほぼ0と思っていたからである。けれども、伏見の方は、どうやらこの辺りに住んでいるようで、休みの日にかち合うことは良くあるのだった。2人の交際がいつ始まったのかはわからないが、恋人同士ということであれば泊りに行くこともあるのだろうし、となれば、こうしてばったり遭遇することもあるだろう。


 でも、声をかけたりしたらまずいんだろうな。


 そう思ったのは、2人が職場でそれをオープンにしていないからである。別に社内恋愛が禁じられているわけではないし、いまのところ、二課では課内のカップルこそいないものの、相手が他課にいる者はいる。とはいえ、二課には中西主任がいるため、あまり大っぴらに恋愛話は出来ないのだが。


「エーシさん、先に鍋つゆ見に行きましょう」

「え? 野菜じゃねぇの?」

「まず味を決めてから具っスよ」

「お、そっか」


 2人を見つけた川崎がどんな反応をするのか。

 そもそも2人が抱き合っているのを最初に目撃したのは川崎なのである。その時彼は「陰ながら応援しよう」と言ったのだ。だから恐らく、ここでギャーギャーと騒いだりはしないだろう、とは思う。

 思うのだけれども。

 それでも、「大丈夫、自分は全部知ってますから」とでも言いたげな態度でにやにやと接近していくような気がしてならないのだ。昨夜、川崎曰く「一般人のみならず警官までもぶっ飛ばしてきた」ような形相でドラッグストアにいたというのも、もしかして例えば避妊具でも買いに行っていたのかもしれない。だとしたらなぜ缶詰コーナーで桃缶を睨みつけていたのかという謎は残るわけだが、それは良いとして。


 エーシさんなら、「昨日エビ薬にいただろ」なんてこともノリで言い出しかねない。


 そうなると、主任の方はまぁ良いとしても、問題は片岡だ。もう何もかもバレていると思い込んで動揺するだろう。いや、動揺するだけならまだ良い。それがもとで再起不能になってしまうかもしれない。気が弱くて繊細な片岡のことだ。充分に考えられる。


 20代の若者が再起不能とか、シャレにならねぇからな。


 そう思った牧田は、どうにか川崎が2人とばったり出くわさないようにと細心の注意を払うのだった。



 そして、週明け、牧田は片岡の肩を優しく叩き、こう言うのである。


「片岡、お前俺に感謝しろよ?」

「へ? あ、ありがとうございます……?」


 片岡は何が何やらと思いつつも、そう返して頭を下げた。



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