【大槻×夏果】まだかまだかと桜を待ちて、の巻
♡1♤ 春はまだか、桜は咲いたか
「むむむ……」
出勤ギリギリの時間までテレビにかじりつき、リモコンを忙しなく動かしてはニュースやら情報番組をチェックする。最早これが最近の日課になっている。
「もう! そんな芸能人の離婚がどうとかどうでも良いから!」
私が知りたいのは桜が満開か否か、ただその一点のみ!
どうやら関東の方はもう咲いているらしいけれども、東北は――というか、秋田県の
「ううう……こっちはもう結構咲いてるんだけど。さすが北東北……」
結局今日も満開の一報は届かずにタイムアウトである。しぶしぶコートを羽織り、鞄を持って立ち上がった。
どちらが先に角館の桜が満開になったことに気付けるかレースが始まって数日が経った。もうすっかり春だというのに、急に寒くなったり雨が降ったりして、今年はちょっと咲くのが遅いらしい。関東は例年より数日遅いくらいなのだが、東北――とりわけ宮城よりも北に位置する秋田や青森の方は遅れ気味だ。
お互いが考えた罰ゲームは、花見の当日に見ることになっている。罰ゲームの内容を書いたメモ用紙を、それぞれ別々に茶封筒の中に入れ、交換したのだ。中を見たり出来ないようにきっちり封をして、お互いのサインなんかもして。
『額に肉』とかだったらどうしよう。いや、大槻さんに限ってそんな。でもやっぱり罰ゲームといったら『額に肉』だよね。
そんなことを思いながら、冷蔵庫にマグネットで貼り付けているその封筒を見つめる。
さらっと名前を書くだけで良いと言ったのに、わざわざ胸ポケットから筆ペンを取り出して墨痕鮮やかに『大槻隆』と記されたそれを見て、私も筆ペンで書けば良かったかな、と、ピンクのサインペンで書いた自分の字を思い出す。
大槻さんの字は、彼の人となりをよく表している……というか、端的にいうと、大きい。それに比べて私の字は小さい。端っこに、ちこっと書かれたピンクの文字。それが自信のなさを表しているような気がしてならない。
「今日もやっぱりお守りに持っていこうかな」
そんな独り言を呟いて、冷蔵庫からその封筒を取ると、それを鞄の中に入れた。折れたりしてしまわないように、内側のポケットに。何だかんだで毎日持ち歩いてしまっているのだ。
で、帰宅すると、明日は持って行かないから、と言いながら、冷蔵庫に戻す、というのがいつもの流れ。
それがお守りとして機能するわけがないことくらいわかっている。だってその中に入っているのは私への罰ゲームが書かれたただの紙なのだ。だけれども、ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ心強い気持ちになる。
ドアを開けると、頬に触れるのは冷たい風だ。
朝はまだまだ寒い。お昼くらいになれば結構暖かいんだけど。
「もう、こんなんじゃいつまでたっても桜咲かないじゃん!」
そんな愚痴をこぼしつつ、鍵をかけた。
とりあえず、お昼休みにもチェックしなくちゃ。
絶対に絶対に絶対に、勝ぁーつっ!
「よし、今日も頑張る!」
ぺちっと頬を叩いて気合を入れ、職場である『フローリストMISAKI』へと急いだ。
♤ ♤ ♤ ♤ ♤ ♤
真夜中である。
枕元に置いたスマートフォンが、ぴろりん、と鳴る。それが誰からのものかなんて、わかりきっている。クリックしたが最後、『登録完了しました』なんていかがわしいサイトに飛ぶような迷惑メールの類でもない。眠い目をこすってその内容を確認し、「まだかぁ」と呟いて、俺は再び目を閉じた。
「大槻君、最近寝れてないの?」
会社の廊下でばったり出くわした同期の伏見から、そんなことを言われる。
「いや? 昨日も22時には布団に入ったぞ」
「そうなんだ。いや、目の下に隈が出来てるからさ」
「何? 隈?」
「朝鏡見なかったの? あとでトイレで確認してきなよ」
「お、おう」
早めに床には就いているんだが、やはり、夜中、というか明け方というか、とにかく一度起きたりしているからかもしれない。
しかし、かといって、止めるわけにもいかないのだ。
その夜もまた、スマートフォンを枕元に置く。音量はMAXに設定している。危うく会社でマナーモードにするのを忘れ、どえらい目にあったりもしたが、仕方がないのだ。ヴォリュームを最大にしないと気付かずにぐうぐうと眠り続けてしまうかもしれない。
頼むぞ、今夜こそ。
そんな夜を過ごして、幾日かが経った。
彼女から無料メッセージアプリ
今夜もまた枕元で、ぴろりん、という音が聞こえる。豆電球の淡い明かりの下で、それを手に取って、ホームボタンを押す。ふわりと画面が明るくなった。
「……ついに来たか」
それを見てにやりと笑う。
そして、いつもは何のレスポンスもしていなかった(しなくて良いと言われているのもあったが)、そのCOnneCTに「ありがとうございました」とだけ返事を打つ。
「ふふふ……。これで俺の勝ちだ」
そんなことを呟いて目を閉じた。
絶対に夏果さんに美味しいスイーツを食べさせてやるんだ。俺の奢りで。
「ふふふ……ふふふ……」
しかしその日は何度二度寝しようと思っても、幸せそうに和パフェを食べていた夏果さんの顔が浮かんできてしまい、なかなか寝付けなかったのであった。
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