【お兄ちゃん日誌⑤】三男・伏見直

 3月17日


 俺の住んでるアパートから実家へは車で10分。この距離なら別に実家から通勤しても良いんだけどさ、でも、けい兄一家も住んでるからな。いや、恵兄も万智まちさんも住めば良いじゃないかと言ってはくれるし、姪の椿つばきも甥のしゅうもまぁウェルカムなんだろうけどさ。


 いやいや、こっちが気を遣うっつーの!!


 ってだけじゃないけどな。

 ホラ、実家暮らしだと色々都合が悪いこともあるじゃん?

 俺は別に自炊も出来るし。アイツとは違うからさ。


 そうそう、潤といえば、だ。

 昨日、恵兄からCOnneCTコネクトが届いた。恵兄は兄弟の中でも一番無口で、顔も怖いし、かなり威圧感がある。身体もデカいので、国語の教師にも関わらず、保護者達からは体育教師かといつも間違われるほどだ。なのに、家じゃ万智さんの尻にしっかりと敷かれてるんだから、結婚ってのは恐ろしい。俺がなかなか覚悟を決められないのは、もしかしたら恵兄を見ているからかもしれない。


 って、それは置いといて。

 COnneCTの内容はこうだ、つまり――潤が温泉土産を送ってきたから、取りに来い。ついでに今夜の夕食は手作り餃子だから少し持っていけ、という。


 ……温泉土産?

 あいつ、先月慰安旅行に行ってなかったか?


 ははん、さては。

 あいつだな、ええと、そう、片岡。


 ほうほう、温泉でしっぽり、と、ねぇ……。

 こりゃ結婚まで一直線だろ、なぁ、潤~?



 って思ったわけよ、俺は。

 だから、ほら、若菜とな? 饅頭食いながらそんな話したわけよ。

 ウチの妹もとうとう結婚するかもしれねぇってさ。


 そしたら、何っつーのかなぁ、「潤ちゃんが気になるのはわかるけど、私は?」ってなるわけよ。やっべぇ、って思ったね。

 考えてるよ、考えてますって。っつーか俺が結婚する相手なんてお前しかいねぇんだから! ってまぁ口を滑らせたわけだ。


 ……はい、チェックメイト。

 ちょっと思ってた感じとは違ったけど、なんかプロポーズした形になってしまった。


 若菜も本当にこんなので良かったんだろうか。


 もっとほら、夜景の見えるレストランで――とかさ。

 あるからな? おしゃれな――ってのはちょっと厳しいかもだけど、レストランくらいあるから、本荘由利原市にも! ただまぁ……夜景は……うーん……ごめん。


 それにあとは何だ。指輪か。給料3ヶ月分の――ってやつだろ?

 え? 美容師がダイヤ付きの指輪なんか着けられるわけないでしょ、って? まぁそうかもしれないけど……本当にいらないのか? 一応、それなりのを買えるだけの準備は――わかった、わかったって。シンプルな結婚指輪だけで良いんだな? その代わりにちょっと良いネックレス? わかったわかった。カルティエでもブルガリでも――……うん、まぁ頑張るわ。


 あとは、ええと、その、それっぽい台詞っつーの? 毎朝俺のために味噌汁を作ってくれ――みたいなさ。

 いや、作れるよ? 味噌汁くらい作れるって。出汁からとるやつな。いいいいいや、別に顆粒出汁でも俺は全然……!! そうだな、共働きだし、飯は当番制だな、わかってる。わかってるって。


 ああええと、何だっけ。そう、そうだよ、潤の話よ。いや、潤の話じゃないのかな。いや、やっぱり潤の話なんだ。まぁ、こんな流れで、ではあったけれども婚約に至った若菜はとにかくもう浮かれてたんだな。義理の姉になる万智さんに早速報告したわけだ。あの2人、結構仲が良いんだよ。


 嫌な予感がするだろ?


 そう。

 そうなんだよ。


 若菜がな、言ってしまったんだ。


「潤ちゃん、そろそろ結婚なんですって?」ってな。


 さぁ、そしたらどうなるか。


 良いか、覚えておけ、夫婦の間にな? 隠し事なんてものはないんだ。

 つまり――、


「……直、潤に結婚間近の恋人がいるっていうのは本当か?」


 ってことだ。



 だからまぁ、つまり俺が何を言いたいか、というと――、



 ごめん、潤!



 

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