【大槻×夏果】雨降って地固まる? の巻
♡ 1 ♡ 岬夏果、自信を無くす。
「ちょっと、ねぇ、あの人?」
「そう、あの人」
「えぇ? まじ? ヤバくない?」
「ヤバくないよ、すごく良い人だよ?」
「そうじゃなくて! めっちゃ恰好良いじゃん! あたしタイプ! ああいうマッチョ系!!」
「へぇ……そうだっけ……」
いやいやいやいや。
そう言いたいのをぐっとこらえる。
抑えろ。抑えろ、私。
店の中に入ってきた
それを何やらオーバーなアクションでかわし、どうもどうもなんて手刀を切りながら、狭いをところを通ってこっちへやって来た。
「すみません、遅くなりました」
「いいえ、先に飲んでましたから」
「そうですよ~、大丈夫大丈夫~」
初対面だというのに、莉子はもう大槻さんの肩を親しげにぺちぺちと叩いている。
確かに、温厚で話しやすい人だとは言ったけど、さすがにちょっと馴れ馴れしすぎるんじゃないだろうか。
「大槻さん、何飲みます?」
いつもの彼ならまずビールなのだろうが、今回もそうとは限らない。そう思って、メニューを手渡そうとすると、それを受け取ったのは向かいに座った大槻さんではなく、隣の莉子だった。
「ナツってば、気が利かないなぁ。こういうのはぁ、ドリンクのページ開いて渡さないとぉ。はぁい、どうぞぉ~」
と、ページを開いて彼に手渡す。そして「あたしも次何飲もうかなぁ~」と言いながら、そのページを上から覗き込んだ。そうなれば、優しい彼のことだ、当然――、
「では、どうぞ、お先に」
となる。けれども莉子は首を横に振る。
「良いですよぉ。一緒に見ぃーましょっ?」
なんて首を傾げて。
莉子は高校時代の友人で、いまでもこうやってたまに飲んだりはする。
だけどそれは仲の良いグループで、という話であって、いまみたいに2人で飲むことはまずない。仲良しグループのメンバーは6人いて、その中でもさらに小グループみたいなのがある。私と莉子は別のグループに属していたので、例えば班行動とか、お昼を食べるとか、そういう時は一緒にいるけど、プライベートでは特別仲が良いというわけでもなかった。
でも今日、たまたま莉子がウチの店に来たのだ。
上司のお遣いで花を買いに来たんですけどぉ、なんて言って。
私が働いていることに気付くと早速値切り交渉を始めたのにはびっくりしたけど。その上、領収書には正規の値段で書いてよね、なんて。そんなこと出来るかぁっ!!
それで、ブーケを作っている間、彼女は一方的に色々しゃべってきたのだ。聞いてもいないのに、ぺらぺらと。
最近別れた彼氏がいかに恰好良かったかとか、それなのに、もらった指輪とネックレスを返せと言われたとか、そういう内容ばかりで正直辟易したけど。とりあえず、当たり障りのない返事をして。
「ねぇ、さっきから私ばっかりしゃべってるけどさぁ~、ナツはどうなの?」
いやいや、私別にしゃべってほしいとか言ってないし。
「別に……普通だよ」
「普通って何よ。ナツっていつもそうだよね。THE平凡、みたいなさ。彼氏とかもいないんでしょ、どうせ」
どうせって何よ、どうせって。
そこでちょっとカチンときたんだと思う。
いや、彼氏がいないのは事実だけど。
だけど、気になる人くらいいるんだから、って。
「ちょっとはさー、何ていうの? キープっていうの? 繋ぎっていうか? そういうさぁ、男友達とかいても良くない? だいたい真面目すぎるんだよねぇ、ナツはさ――」
「いるよ」
「は?」
「でも、莉子が言うようなキープとか繋ぎとかじゃないから。今日も夜ご飯行く約束してる」
そう口を滑らせてから、しまった! って思った。
確かに今日、大槻さんと会う約束はしてる。
だけどきっと、莉子のことだから――、
「良いなぁ。ねぇ、あたしも行きたい! てか、行く!」
そう言うと思った。
「いや、でも……」
「良いじゃん。別に彼氏じゃないわけでしょお?」
「そうだけど……」
「あたし見てみたいもん、ナツの男友達! ねぇ、良いでしょ? ね? ね?」
「でも……」
「チラって見たら、すぐ帰るから! お願い!」
「ちょ、ちょっと莉子、声大きいから」
「お願いお願いお願いっ!」
「も、もう、わかった。わかったから、お店で騒がないで」
「やったぁ!」
「その代わり、すぐ帰ってよ?」
「わかってるって。邪魔はしないから」
そう言ったくせに。
「大槻さんの、胸筋、まじヤバくないですかぁ?」
「い、いや……特にヤバくは……」
「めっちゃ鍛えてるっしょ~。ジムどこ行ってるんですかぁ? あたしあたし、『
「あぁ、『Be One』ですか。そこはちょっと自分には合わなそうというか……」
「あ、やっぱりそうです? 結構お客さんからも言われるんですよねぇ。ウチのメインターゲットって、マダムとかぁ、ママさんとかぁ、小学生とかぁ、そういう感じっていうかぁ」
「一度見学に行ったんですけど、やはり女性とお子さんが多くて」
「ですよねですよね~」
「俺みたいなのが行ったら雰囲気を壊しそうっていうのもありましたし」
そういえば莉子は東北に支店を持つ大手フィットネスジムで働いているのである。といっても、受付ではあるんだけど。ただ、受付でも採用の条件もなかなか厳しいらしくて、ある程度動けないと駄目なんだとか。
莉子と大槻さんは、どこそこのジムにはこんな器具があってとか、効率的な筋肉の鍛え方とか、そんな話で盛り上がっている。そのやり取りをぼぅっと見つめていると、やっぱり大槻さんには莉子みたいな人が合っているのかも、なんて思ったりする。
私も身体を動かすのは嫌いじゃないけど、ジムで鍛えたりとかそういうのがしたいわけじゃないっていうか、テニスとか、バドミントンとか、あと、そうだな、ボルダリングとかそういうのなら。あとは、ボウリングとか……スキーとかも良いかも。でも、出来れば、ハイキングとかが良いかな。桜を見たり、野草とか、寒くなったら紅葉とか……うふふ……
「……
「……あ、はい!? あれ? 莉子?」
「お友達なら、トイレに行きましたけど。あの、どうしました?」
「い、いえ! 何でもないです!」
いけないいけない。私ったら、ちょっと飲みすぎたのかも。こんなこと考えちゃうなんて。
「すみません、こっちでばっかりしゃべってしまって」
「良いんです。私の方こそ、急に友達呼んじゃってすみませんでした」
「なかなかパワフルなお友達ですね」
「そうなんです。私とはあんまりタイプが違うというか……」
そう。あの頃は学生で、授業だとか宿題だとか、否応なしに共通点があった。だからタイプが違っても一緒にいれたのだ。だけど、いまは違う。私達は別々の世界に生きている。もう無理をして一緒に笑う理由なんてない。
だけど。
「ど、どうですか? 彼女」
「はい? どうですか、っていうのは?」
「何かお話も弾んでましたし。それに、莉子って、結構美人ですしね? あはは……」
私、何言ってるんだろ。
何で莉子のこと勧めてるんだろう。
「いえ、俺は……」
「わ、私、何かすみません、いつもお花の話ばかりですし、筋肉も、ほんと最低限っていうか、その、スクワットしかしてなくて」
「あの、夏果さん? 何を……? もしかして、酔ってます?」
「酔ってま! ……すかもしれませんけど……」
心配そうに私を見ている大槻さんの顔がちょっとぼやける。
泣いてるのかな、私。
駄目だよ。泣くなんて反則だ。
顔を隠そうと俯くと、おしぼりの上に滴がぽたりと落ちた。危ない。おしぼりの上で良かった。
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