第4話:対応に追われています
幸い列車の遅延は十五分程度で、出社時間に問題はなかった。とはいえ、中央給電指令所のオフィスは、
電気の使用量を二十四時間、監視しているため、このセクションでは常時スタッフが滞在しているが、夜勤帯の社員もまだ作業に追われている様子だった。
飾り気のないオフィスの一番奥で、携帯端末を片手にキーボードを弾いていた
「海崎くん、すまない。今日の午後、予定は空いているかな?」
中央給電指令所 システム開発部長の肩書を持つ彼は、電力需要予測システムの中枢である汎用型人工知能、ミソラの開発責任者でもあった。
「あの……。停電の方は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、原因は良く分からないのだけど、現在は復旧している。ただし、問題が一つ」
「問題……ですか」
問題は無関心が関心に切り替わった瞬間に生じる。問題と捉えるか、あるいは問題と捉えないかは、人の認識の問題だ。多くの場合において、問題そのものが問題だったりする。
「ほら、今日の午後、社会科見学の予定が組まれているでしょう。小学生たちがここに来ることになっているんだよ」
来宮はホワイトボードのスケジュール表を横目に話を続けた。
「いつも学生に説明してくれてる
来宮の向かいで端末を操作していた
田部は、海崎が技術戦略研究所から中央給電指令所に異動になった年に入社してきた事務スタッフだった。当時、体調の優れない海崎の仕事をサポートする中で、好奇心旺盛な彼女は、グリーン・オルガネラやその発電システムに詳しくなった。専門的な解説を求めることもしばしばあり、その的確な問いの立て方に海崎もたじろぐほどだった。
「こういう報告書関連の仕事は、もう田部さんがいないと回らなくてねぇ……」
今回の停電を含め、ここのところ頻発している給電トラブルを、本社が看過するはずはない。国家を代表する電力事業会社の威信といえば極端かもしれないが、
「海崎さん、ほんとごめんなさいっ。小学生のお相手、お願いしますっ」
東亜電力では、文部科学省の要請に応え、小中学生向けの社会科見学プログラムを用意していた。年に数回、近隣の小中学校から学生がやってきて、電気の仕組みや送電システムについての座学、さらに発電設備、給電指令所やグリーン・オルガネラの中央操作室まで見学することができる。田部はそのプログラムの責任者も兼任していたから、学生相手の解説はもっぱら彼女が担当だった。
「あ、ええ。僕で良ければ大丈夫ですよ」
「ありがとうございますっ。御礼に、今度ご飯でもおごります。ラーメンで良ければですけどねっ」
「あ、いえ、田部さん、僕は大丈夫ですから。本当に」
「ああ、ラーメン、いいねぇ。僕も行きたいところなんだけれど。まあ、このとおり、本社からの風当たりがね……。今回は電車止まっちゃったから」
「カスタマーサポート、大変なことになっているみたいですねぇ。のんきにラーメン食べてたら怒られちゃうかも……」
そういって田部は再び苦笑しながら端末モニターに視線を戻した。
「あの発電システムを説明できる人は、田部さんを除けば海崎君しかいないでしょう。そう言えば技術戦略研究所の、
海崎と同じ研究室で学び、東亜電力にも同期入社した
「出身の研究室も同じです。まあ、神尾も宮部に劣らず天才なので、僕と比較できるような人物ではないですけど」
田部の端末キーボードを叩く音が一瞬止まった。空調音とハードディスクの唸り声は相変わらずオフィスの空気を震わしている。
「ああ、えっと。まあ、それはそれとしても……。とにかく、海崎君、午後はよろしく頼むよ」
「ええ、大丈夫です」
「助かるよ。今回の送給トラブルについては、全てこちらで処理しておくから、海崎君は学生たちが帰ったらそのまま帰宅していい。そう、ゆっくり休んだ方がいい。門脇のところへはまだ通っているのかい?」
「昨日、お会いしました。このまま様子を見ようって」
「そうか。あいつにまかしておけば間違いないさ。まあ、無理はしないことだ」
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