第55話『暗黒時代』
ファンリーベックは作戦終了の信号が届くと同時に、全艦に戦域離脱を指示してありったけの欺瞞手段を使って敵装甲輸送艦の火器管制を妨害した。
先行したコルベット《TB-3》はまるで中世の戦列艦のように片舷の自衛火器で応戦する装甲輸送艦《レティムノン》からの攻撃を強かに喰らい、航行することもままならないようだった。
軌道上地上爆撃を終えた駆逐艦《ZB-1》及び《ZB-4》は、《ZB-4》がアプローチで突っ込みすぎて大気に入りかけ軽度の損傷があるが、《TB-3》ほどの損害はない。
コルベット《TB-3》からの通信は音声のみだ。
この小さな鹵獲コルベットが切り込んだおかげで、敵の軌道降下猟兵のほとんどは目標であるニュー・ワルシャワに降下できなかっただろう。
奇跡的にできたとしても、戦闘の余波で投げ出された降下ポッドが地面に叩きつけられ一瞬で圧死するか、敵陣のど真ん中で即射殺されるかのどちらかだ。
その代償が鹵獲したコルベット一隻とその乗員程度ならば、決して悪い賭けではない。
まるで自分にそれを言い聞かせるようにファンリーベックが胸の中で呟けば、真っ暗な通信画面から《TB-3》の艦長の声がした。
ファンリーベックは通信担当に指示を出し、通信を艦内に流すようにさせる。
『こちらは《TB-3》、ダメージコントロールを試みているが状況は芳しくありません。乗員は
「こちら戦隊旗艦駆逐艦《コンドル》のカレル・ファンリーベックだ。状況は理解している。君たちの活躍で軌道降下猟兵どものほとんどは無力化できた」
『―――それが聞けて良かった。幸運を、ファンリーベック大尉』
「私は君の判断を尊重する。君らの良き航海を祈っている」
『ありがとうございます。《TB-3》交信終了』
つぷり、と音声だけの通信はそうして途絶えた。
劣勢にある共和国宇宙軍は一撃離脱、機動力が重要であり、ここで鹵獲したコルベット一隻を曳航しようものなら、袋叩きにされるのがオチだ。
それらをすべて理解して《TB-3》は切り込んでいき、被弾し、大破したのだ。
「よし、《ベガルタ戦隊》はこれより《MG04》へ帰投する」
できることはもうない。
勝ったというには渋すぎる思いを噛み締めながら、カレル・ファンリーベックは《TB-3》から救命艇が射出されるのをじっと見つめた。
戦闘中に弾き出された敵の軌道降下猟兵たちと違って、彼らはきっとニュー・ワルシャワに降りれるに違いない。
―――
ニュー・ワルシャワに戻った僕らを待っていたのは、破壊された街並みと損耗した友軍の姿だった。
街路に散らばる人間だったものの残した血だまりは、降下ポッドごとシミュラクラの砲撃で破砕された軌道降下猟兵の名残らしい。
他にも赤レンガ造りの民家を突き破って地面にめり込みぺしゃんこになったポッドや、石畳の通りを抉った末に城壁に激突したポッドもあった。
第七独立連隊『スカンチスキ』の三色の
軌道上からの爆撃と同時に降下してきたシュリーフェン帝国の軌道降下猟兵たちは、一部はニュー・ワルシャワに降下でき、一部は戦線にばらまかれた。
大多数はそもそも降下に失敗し、クレーターの中で圧死しているか、ここではないどこかに降下してしまって呆然としているかのどちらかだと。
『とはいえ、我々たちの協議ではおおむねベガルタ作戦は成功したと判断されました。皆さん良かったですね』
グッグッグ、と特徴的な笑い声を響かせながらガーティ・ベルが言うと、早速メアリーが唇を尖らせながらつっかかる。
『どこが良かったんだよ。サイモンが戻ってこなかったらあの尺取り虫みてえなヤツにアウトレンジされちまうところだったんだぜ?』
『おやまあ、実際にはニール・サイモン准尉と第501機甲連隊の合流で我々は損害を最小限に抑えることができましたよ』
『屁理屈を述べたてんのがお前らの仕事かよこのポンコツ』
『起こらなかったことの仮定をして成功から目を逸らすのがあなたの仕事ではないのは確かですよ』
『んだとてめえ』
『怒らないでくださいよ。一度シミュラクラから降りてカリカリのベーコンを食べればストレス軽減ですよ。さあ、ベーコンを称えましょう』
『そんなに食いてえならてめえの穴という穴からラードぶち込んでやる!!』
「はは、ははは………」
メアリーとガーティ・ベルの言い争いがうるさくなったので、僕は黙って一人と一基をミュートした。
この言い争いも、もう恒例って言っていいんじゃないだろうかと思いつつ、僕は迎えに来たトレーラーにシミュラクラを固定させる。
そうして、僕はS-175のコアブロックを腰のアタッチメントに着けて、彼に言った。
「エル、サイモンと再会できて良かったね」
『肯定する。戦力の補充という意味でも喜ばしいことだ』
「それと……作戦が成功して、本当によかった」
そうだな、とS-175はいつも通りの声で応じてくれる。
僕はその言葉に「そうだよ」と相槌を打って、ようやく区切りがついたのかなと肩の力を抜いた。
ベガルタ作戦が成功に終わったことにより、帝国軍の攻勢戦力は損耗し僕らを追撃する余裕はない。
一方、僕らは鉄道や空路を使ってありったけの物資と人員を連合領まで脱出させれば勝利なのだ。
すでに首都は陥落し、軍も甚大な損害を負っているにもかかわらず、勝利というのは少し変かもしれないけれど。
でも、生き残った僕らにとってそれは間違いなく勝利であるし、この勝利はきっと未来に繋がるものだ。
「ねえ、S-175」
『なんだ』
「僕らはずっと、ずっと……一緒でいられるかな?」
『私は可能である限り、君と共にある』
「……ん、ありがとう」
僕は空を見上げて、満足して深呼吸する。
一週間もたたずに僕らはこのニュー・ワルシャワから、そして共和国を後にするだろう。
その先は、きっとそれを取り戻すための長い長い戦いになる。
長く苦しい戦いだった。
僕らがそう言える時に、僕らはそこに立っていることができるだろうか。
今の僕には分からない。誰にも、その答えを持ってはいない。
砂交じりの青空を見上げながら、僕はその青空に手を伸ばす。
けれど、その分からない答えに向かって歩き続けることはできる。
僕と彼の一人一機で、この空の下を歩き続けること。
それが今の僕の考える、精一杯の願いだった。
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