第54話『Wellcome back』
彼は猟手だった。
貴族であると同時に、彼は狩猟を趣味としている。
若い頃はよく馬で領地の猟場へ早駆けして、猟犬に獲物を追わせたものだ。
それは今でも変わる事は無い。
そこが領地の猟場であっても、本物の戦場であっても、それが狩りということに変わりは無いのだ。
火薬と鉄の不思議が彼を猟手たらしめ、科学の力は彼に安全をもたらしてくれる。
(だが……惜しい)
アイゼナッハ公爵、ゴットリープ・フォン・オレンブルクは、静かな高揚感の中で口を緩める。
愛機たる《ファルバイル・ツヴァイ》は帝国の
六本脚の多脚兵器で、180mmカノン砲を積み込んでいる多脚自走砲。
《ファルバイル・ツヴァイ》は複数のUAVや他機体とのデータリンクによる視覚情報を統合し、あらゆる目標への測距を行うことのできる砲戦機となっている。
この機体とゴットリープ・フォン・オレンブルクに適う相手などいないと、彼は自負してきたのだ。
パーシュミリアでも彼はそうしてきたし、彼の人生の勲章は戦場において獲得してきた、実力の証明であった。
遠距離から目標を撃ち抜き、勝利する。
それが誇りであり、生きざまであり、高揚だ。
だからこそ、惜しい。
「……見事だ、ニルドリッヒの
放たれた一〇五ミリ
中心点からわずかに外れているとはいえ、損傷した機体でよくもまあ、この距離を当ててきたものだと感心する。
砲身の長さも口径も、さらには観測装置や視覚装置さえも、この《ファルバイル・ツヴァイ》より劣るだろうに。
「失礼ながら、名前を聞いてもよろしいかな?」
老体に響く高揚感をたしかに感じながら、彼はノイズの混じる声を聞いた。
『俺の名前はニール・サイモンだ。
「ニールか……。我が名はアイゼナッハ公爵、ゴットリープ・フォン・オレンブルク」
『………なんて呼べばいい?』
「ゴットリープで構わない、良き狙撃手よ。素晴らしい腕前だ、この《ファルバイル・ツヴァイ》を初撃で射抜くとは」
『ならゴットリープ。脱出しろ。その機体じゃもうなにもできん』
淡々とした言葉に確かな矜持を感じ、彼は口元を綻ばせて喜ぶ。
「心配には及ばない。君たちの戦場に私はいないのだ」
『なるほど、遠隔操縦か。なら次は―――』
「ああ、そうだな。次こそは―――」
ノイズが一層に酷くなり、機体が限界であることを示す警報が一斉に視界になだれ込む。
けれども彼は心底楽しそうに、笑い声すら混じる声で、相手も同じように笑っていることを信じて言うのだ。
声しかわからない相手であっても、その矜持は本物だと信じ。
『「次こそは、決着をつけよう」』
瞬間、《ファルバイル・ツヴァイ》の信号が消失した。
―――
ニール・サイモン准尉の機体の脱出システムが作動した瞬間、エルの機体が全速力で突っ走るのを僕はただ眺めていた。
視界には作戦中止の文字が煌めいていて、首都からどうにかして脱出してきたらしい第五〇一機甲連隊の戦車どもが全速力で僕らの方に向かってきている。
いつの間にか軌道上からの爆撃は止んでいて、軌道降下猟兵の降下ポッドの追加もない。
いったいなにがあったんだろうと僕が困惑していると、すぐ横をメアリーの機体が後方に向けて疾走していった。
作戦中止ということは、僕らはまたニュー・ワルシャワに戻らなければならない。しかも、ニュー・ワルシャワは軌道降下猟兵の降下を受けていた。
残敵が残っていてもおかしくはない、と僕は思った。
けれども、僕は左手に剣をぶらさげながら、しばしの間だけ赤色の恐竜が一人の男を持ち上げるさまを眺めていた。
人型とはいえないシルエットにもかかわらず、ラプターは嬉し気に、そして儚げに、ニール・サイモンを持ち上げる。
永遠の離別を覚悟したというのに、彼女と彼は再開することができたのだ。
『―――おかえりなさい、サイモン』
『………ああ、ただいま。待たせてすまなかったな、エル』
僕はそうして少しばかりの間だけ、感傷に浸っていた。
けれどもそれも軍隊には要らぬものだったようで、一五秒後にはメアリーの不機嫌な怒号が僕の鼓膜で音割れを起こしながら炸裂するのだ。
まったく、と僕は口元に笑みを浮かべながら思う。
まったく、軍隊ってのも楽じゃない、と。
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