第52話『I'm back』

 

 最大速力で疾走する、シミュラクラの戦列。

 昼過ぎの太陽は天に高く昇って僕らを照らし、その天からの落し物のように宇宙軍からの軌道攻撃が降り注いでいる。

 それらはタグ付けされてはいたが、落下速度が速すぎてタグが高速移動するのが視界の邪魔だったので、僕は手早くそのタグだけを排除した。


 第四装甲騎兵師団『トファルディ』のシミュラクラは、砂塵が舞い上がる中で補足した目標目掛けて一斉に対戦車ミサイルを発射する。

 補給の目処がつかないからと、それまで温存されていた対戦車ミサイルは、シミュラクラに搭載された四連装チューブの中から、水を得た魚のように飛び出した。

 そうしてロケットの火の尾を引きながら、数十発の対戦車ミサイルが宇宙軍から爆撃されている最中の帝国軍に殺到する。


 射程四キロの対戦車ミサイルを、接近しながら順次発射し、敵の迎撃限界を飽和させてしまおうという第一波攻撃。

 そして、主力戦車の主砲から発射される主砲発射式対戦車ミサイルが第二波として発射され、第一波のミサイルを追うかのように飛んでいった。

 距離はドンドンと縮まっていくが、敵からの反撃はほとんどない。


 視界隅のミニマップには、軌道上からの爆撃の着弾ポイントが表示されている。

 データリンクによって得られる情報は確実で、共和国軍がこのシステムにどれだけの金と時間を注ぎ込んだかに感謝したくなるほどだ。

 けれども、そうした着弾ポイントではない地点に、実体弾が着弾した。


 僕はそれに驚きを持ったけれど、S-175はそれを先回りして結論を弾き出す。

 視覚内に情報がアップロードされ自動表示。けれど突撃中の僕は視覚からの読み込みが上手くいかない。

 そのため簡易化された情報が頭に直接入り込んでくる。



―――軌道降下猟兵オルビット・ファルシムイェーガーの降下ポッド



「なら、問題ないね」


『無論だ。直撃の危険は低い』


「了解。緊急回避権はあげるよ」


『了解』



 軌道上からの爆撃によって巻き上がった土が空を茶色く汚し、降り注ぐ土がベチベチと装甲にぶちあたる。

 対戦車ミサイルの飽和攻撃と軌道上からの爆撃によって帝国軍の反応は微弱となり、タグ付けされた目標も次々に破壊されていく。

 戦車砲による直撃を受けて真っ二つになるシミュラクラがあり、シミュラクラの機関砲による攻撃で蜂の巣になるシミュラクラがいる。


 逃げ惑う歩兵が、軌道上爆撃の余波で身体が水風船のように弾け飛んでモノになる。

 四輪駆動車が全速で逃げようとして、同じように逃げようとした装甲車に突っ込んでまとめて機関砲で耕される。

 僕はそうした情報を沈静化パッチをあてながら冷静に処理しつつ、起動したばかりのシミュラクラを機関砲で撃ち抜く。


 逃げ惑う歩兵を対人機銃で掃射し、装甲目標に対しては機関砲を発砲する。

 メアリーの電子都市迷彩デジタル・アーバンのシミュラクラが、散弾銃から榴弾をぶっぱなしながら前進し、カタナを片手に陣地内部へ殴りこんで暴れまわる。

 それに続いてマルコム大尉とフィッシャーの機体も陣地へ突入し、ありったけの火力をもって歩兵や装甲車などを掃討した。


 僕らは陣地外に逃げ惑うシミュラクラなどを壊して回る。

 僕とS-175が機関砲で淡々と壊して回り、エルのプレデターがまるで恐竜映画のティーレックスみたいに暴れている。

 四十ミリグレネードをぶっぱなし、陣地から逃げてきたシミュラクラの胴体正面装甲をパイルバンカーでぶち抜く。


 重心制御のための尻尾で歩兵をなぎ払い、赤い装甲を鮮血で染め上げていく。

 そんな独立愚連隊のような僕らの部隊を尻目に、トファルディの連中はさらに前へと突撃し、敗走する帝国軍の背中に火砲をぶっぱなしていく。

 攻勢準備のための兵力はあっという間に蹴散らされ、第一目標であるこの陣地はすべて破壊した。


 軌道上からの爆撃によって土が舞い上がり、雨のように土くれが降り注ぐ。

 中には動作不良を起こした降下ポッドがしてクレーターを作ったり、バラバラになった降下ポッドの破片が装甲にガツガツとあたったりしている機体もある。

 完全に混沌とした状態にも関わらず、僕らとトファルディは統制を失わずに第一陣地の破砕に成功したと判断。


 次へと向かう。 

 先鋒はトファルディのシミュラクラ部隊が、そして戦車が続き、僕らと、そして第九首都防衛師団の快速部隊が加わる。

 トファルディのシミュラクラに、第九首都防衛師団の電子都市迷彩デジタル・アーバン、黒一色のシミュラクラが入り乱れる。



『パーカー大佐! 軌道爆撃の雨が薄いようです!』


『それがどうした! 今更作戦中止など出来んのだ! 足を止めるな、突撃せよ!!』


『―――こちら第九首都防衛師団グルィフ、敵第二陣地より赤外線放射を受けている。注意されたし』


『首都防の連中が前に出たぞ! トファルディ続け、先鋒を譲るな!』


『こちらトファルディ4号車、残り主砲弾16発。対戦車ミサイル残弾なし』


『こちら9号車、同じくATM残弾なし』


『こちらリシャルド・パーカー! トファルディはこのまま先鋒を務める! 戦車部隊は火力援護せよ!』



 肩に赤いストライプを描いたシミュラクラが、右手の機関砲を掲げている。

 それに呼応してトファルディのシミュラクラ部隊は速度をあげ、戦車部隊は後ろに下がった。

 土ぼこりを巻き上げながら、最大速力で突撃するシミュラクラの後ろに、僕らも取り付く。


 第一陣地で暴れまわったメアリーの機体は汚れに汚れ、左手にカタナを、右手に鹵獲した機関砲をぶら下げていた。

 被弾も損害もなく、僕らは敵の第二陣地へと向かおうと、速力をあげた瞬間。

 トファルディの最前列にいたシミュラクラが、粉々に弾け飛んだ。



『ヘンリク機がバラバラになったぞ!?』


『こちら第九首都防衛師団グルィフ、敵第二陣地より赤外線放射を受けている。長距離砲撃の可能性が高い』


『マジかよ、あいつらの爆発反応装甲が効果なしか!?』



 トファルディの誰かと、グルィフの誰か、そしてフィッシャーの声が響く。

 爆発反応装甲は対戦車榴弾や、ある程度の徹甲系統の弾頭を防ぐことが出来るはずなのだ。

 それが作動せず、あるいは作動しても無力化されて機体が粉々になって弾け飛ぶなんて、規格外だ。


 S-175が赤外線放射のパターン分析をしているのを理解しながら、僕はエルの隣について『突撃姿勢アサルト・ポジション』を取った。

 トファルディの面々も素早く陣形を変更して装甲のある戦車を前面に押したてるが、今度はその戦車の一両が被弾して通信が途絶する。

 主力戦車の装甲をブチ破る主砲弾―――、有効射程内の戦車砲、ネガティブ、有効射程内に戦車はいない。


 対戦車ミサイル、ネガティブ、実用的誘導手段ならば発生するレーザー誘導はない。

 長距離砲による間接砲撃、ネガティブ、間接砲撃による精度での二弾連続直撃は不可能。

 であれば―――、一五五ミリ以上の口径のカノン砲による直接低這長距離砲撃。

 


『射距離測定、砲音照合。およそ七キロ。こちら海軍陸戦隊、S-175。赤外線放射発生源複数確認、複数の観測ドローンによるものと推察する』


「七キロ? 僕らの武器じゃどうやったって届かない」


『肯定する。脅威判定更新』


了解ラジャー。ランダム回避パターンにシフト」


『確認。パターン、オスカー・ズールー・フォックストロット』


「ランダム回避パターン開始。―――くそ、これが敵か」



 僕の視界内に、推察できる敵の情報がポップアップ。

 新規格戦列機《ヴェアヴォルフ》の内の一機種、ホルニッセ。

 六本脚の多脚兵器で、180mmカノン砲を積み込んでいる多脚自走砲だ。


 

『―――こちらはシュリーフェン帝国、アイゼナッハ公爵、ゴットリープ・フォン・オレンブルク』



 瞬間、オープンチャンネルで低い男の声が響く。

 名乗りだと僕は思い、体が反射的にカッと熱くなってアドレナリンもドバドバと吐き出された。

 貴族だ、帝国の腐れ貴族だ。


 両手で保持していた機関砲を片手保持に切り替え、左手でラックに保持されている剣を握る。

 ハンガーラックの爆砕ボルトを起動、破裂音がすると同時にラックが左右に開き、左手に加重がかかる。

 剣装備時の重心プリセットに変更し、僕はS-175が沈静化プログラムを起動しているのを知りながら、更に加速をかける。



『貴君らの第一目標は達成された。退却せよ。さもなくばさらに血を見ることになる』


『S-175の戦術情報を共有。敵機体ホルニッセ、グルィフ各機はアクティブ防護システムを展開し測距を混乱させろ』


『命令を了解』



 陣形の再変更がなされ、僕らは再び槍となって軌道上からの爆撃の中を突っ切っていく。

 だれもが砲弾が我が身に当たらぬようにと願いながら、突撃姿勢でその大砲へと突っ込んでいくのだ。

 土くれが装甲にぶちあたり、ひき潰した死体から血が噴き出し、通信でぼそぼそと罵声が呟かれる。


 そんな中、僕らは聞いた。

 土の降り注ぐ中、僕らは見た。

 軌道上爆撃と降下ポッドという名の鋼鉄の棺桶が降り注ぐ中で、確かに僕らは見て聞いた。



『―――狙撃兵スナイパーが大声をあげるとは、失格だな。猟師ハンター気取りは楽しいか?』



 え、とエルの小さな声が通信で漏れる。

 僕はぽかんと口をあけて、聞き覚えのあるそのを聞いた。

 同時に、ミニマップに友軍のアイコンが表示される。


 第五〇一機甲連隊。

 そして、任務部隊一七八九。

 ニール・サイモン准尉。



『こちらニール・サイモン、任務部隊タスクフォース一七八九に復帰する。待たせたな、エル』


『……遅刻するのは女の子の特権なんですよ?』


『埋め合わせはする。―――第五〇一機甲連隊と共にそちらに合流する。そこの六脚野郎は任せてくれ』



 ニール・サイモンの機体と、ホルニッセの距離は五キロ。

 土と土埃が視界を遮っているような中で、ドローンの観測もなしにそれを成し遂げられるとは思わない。

 だが、彼は言ったのだ。以前の別れの時のように。




『―――貫通させる』




 今度は、誰もその言葉に疑問など持たなかった。

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