第50話『宇宙から底へ』

四隻で複縦陣を組んでいた『ベガルタ戦隊』は、戦隊旗艦駆逐艦《コンドル》の命令によって単縦陣に陣形を組み替えた。

 先頭は帝国軍から鹵獲した駆逐艦《ZB-1》及び《ZB-4》であり、その後ろにコルベット《TB-3》が続き、最後尾に戦隊旗艦駆逐艦《コンドル》が控える。

 各部署が戦闘配置に移行し、すべての武器の発砲準備が完了することが伝えられると、ファンリーベックは戦術データリンクを確認した。


 戦術データリンクは『ベガルタ戦隊』のみ適応され、オンライン表示となっている。

 画面には駆逐艦三隻とコルベット一隻の武装や船体状態などが表示されており、それらすべては異常なしオールグリーンだ。

 このまま敵装甲輸送艦に突撃すれば、おそらく損傷はすれど確実に三隻は沈めることができるだろう。


 だが、我々の作戦目的は敵装甲輸送艦の撃沈ではない。

 我々はベガルタ作戦を遂行する為に編成された『ベガルタ戦隊』であり、その目的はニュー・ワルシャワ前面における帝国軍前哨補給地点及び、戦力駐屯地点を攻撃することだ。

 なにがあっても、なにがなんでも、その目的を履き違えてはならない。



「戦隊を分割する! 駆逐艦《ZB-1》及び《ZB-4》は第二戦隊へ。旗艦を《ZB-1》とし地上爆撃を敢行せよ!」


『こちら《ZB-1》了解。第二戦隊旗艦を拝命いたしました』


『こちら《ZB-4》同じく了解。《ZB-1》の指揮下に入ります』


「地上軍援護は任せたぞ。俺達は目の前の輸送艦を撃破する。《TB-3》及び《コンドル》は全兵装使用自由オールウェポンズフリー!」



 先頭を進む二隻の駆逐艦がさらに降下していく。

 ファンリーベックは自らの判断が間違っていないことを祈り、願いながら、二隻となった戦隊に最大戦速を命じる。

 主砲、近接防護火器、ミサイル、魚雷、すべての兵装の安全装置が解除され、コルベット《TB-3》と駆逐艦《コンドル》は突撃した。


 速度を合わせるべき大型艦もなく、その速度を制限する必要もなく、二隻の戦闘艦は横一列に並んでいる装甲輸送艦へ突っ込んでいった。

 先頭を突っ走るコルベット《TB-3》は戦術データリンクに逐次状況をアップしており、ファンリーベックはそれと艦橋を見ながら叱咤激励を飛ばす。

 駆逐艦やコルベットの主砲の有効射程はまだ先だ。魚雷はもう撃てるが、この距離では当たらない。


 どうだ、撃てるものなら撃ってみろと、第二戦隊が地上爆撃に移ったのを確認しながらファンリーベックは身体を強張らせた。

 しかし巡洋艦クラスの有効射程に入っても、なんの砲撃も受けないどころか、火器管制装置による照準を受けている警報も鳴らない。

 先頭のコルベット《TB-3》の報告も同様であり、ファンリーベックは一瞬だけ罠の可能性を考えたが、それを排除し、別の可能性を導き出す。



「……敵は軌道降下中だ! 迎撃準備を取られるな! 接近しろ!」



 軌道降下猟兵オルビット・ファルシムイェーガーの母艦、装甲輸送艦。

 それを敵国軌道上、それも目下最前線のニュー・ワルシャワの上空に展開するということは、それ以外に考えられない。

 パーシュミリアにおいて行われた都市への直接軌道降下がどれほどの損害を出したのかを記憶しているファンリーベックは、拳を握り締める。


 パーシュミリア連邦首都、ビュークへの直接軌道降下。

 現地で直接見た者もいれば、軌道上でデータリンクされた映像を見た者も、ニュース映像で見た者もいる。

 降り注ぐ降下ポッドはビルや建造物に突き刺さり、無事に着地したポッドから這い出した兵士は、死に物狂いであらゆる目標を撃ちまくる。


 あんなことをニュー・ワルシャワでされたら、攻撃どころではなくなる。

 ニュー・ワルシャワ市街を防衛するのは、歩兵部隊と第七独立連隊『スカンチスキ』が主体だ。

 すべての軌道降下猟兵がニュー・ワルシャワに降り立てば、ニュー・ワルシャワの維持すら危うい。



「ニュー・ワルシャワに入り込まれたら爆撃できんな。降下する前に排除するぞ」


「アイアイ・キャプテン」


「コルベット《TB-3》がさらに先行。有効射程まであと十五秒」


「第二戦隊、作戦軌道上へ占位。軌道爆撃を開始しました!」


「よろしい」



 さて、ここからが正念場だと、ファンリーベックは口元を緩ませながら、装甲輸送艦を見据えた。 そうこうしている内に、装甲輸送艦の一隻、《レティムノン》が二隻の盾になるかのように船体を真横に晒し、格納されていた自衛火器を展開し始める。

 そんな状態だというのに、降下ポッド射出ゲートは解放されっぱなしで、なんなら現在進行形でポッドが射出されているようだった。


 母艦が動き回っている中で地上目掛けて射出された降下猟兵には、同情しかできない。

 宇宙空間ほど軽度のミスが予想も付かない数字で跳ね返ってくる空間はなく、その数字は地上で概算するには大きすぎる。

 おそらく目的降下ポイントから十数キロ、あるいは数十キロ、あるいは数百キロの誤差は覚悟すべきだろう。


 降りた先が陸であれば、文句も言うまい。

 降りた先が陸もなにもないただの大海原ならば、運命は決まったも同然だ。

 宇宙という大空から、海底という底まで、真っ逆さまに墜ちるだけだ。


 

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