第49話『馬鹿げたこと』

 第六駆逐隊の駆逐艦《コンドル》艦長、カレル・ファンリーベック大尉は高所恐怖症ではないが、眼下に広がるマリアネスを見るとなんともいえないもぞがゆい感覚に襲われた。

 宇宙とは言っても、それは一応高高度という概念の範疇にあるのだということが、ここからだとよく分かる。

 このまま落ちていったらどうなるのだろう、という考えが自然と頭に浮かんでしまうのだ。


 もちろん、このまま駆逐艦が落ちていけば大気圏突破時にバラバラになるか、突破したとしても隕石よろしく地面に突き刺さるだろう。

 そうなれば人間如きが生き残ることなど不可能で、本気で生き残りたければすべてを投げ打って救難艇やポッドに飛び乗って射出され、あとはすべてなす術もなく運命に身を任せるしかない。

 突然、真空中に吐き出されて死んでも、地面に叩きつけられて死んでも、受け入れるしかない。


 惑星大気圏上を航行するとはそういうことだ。

 もっとも、宇宙空間に放り出されてスペースデブリとなるよりは、遥かに暖かく人間味がある死に方だと思われているが。

 そうだとしても結果は変わらない、最終的になんだかんだあっても死ぬ。


 だとしても、と、ファンリーベックは思う。

 最終的に死が待っているとしても、人間というのはなかなか絶望しないものだ。

 最後まで立派に足掻いてもがいて、その最中にきっと死んでいくのだろうから。



「地上軍との通信、確立しました。出撃準備は完了しているとのことです」


「ここまでは順調だな。ここまでは」


「目標軌道、クリア。敵艦は見えません。地上爆撃準備を開始します」


「了解。許可する。―――戦隊全艦に地上爆撃準備と通達せよ」


「了解」



 慌しくなり始めた艦橋の中、ファンリーベックは腹をくくった。

 ここまでは順調だ、ここからはなんとしてでも地上爆撃を完遂する必要がある。

 地上軍の機動力は最大でも時速五〇キロ程度がせいぜいで、それ以上は求めていない。


 最大速力ではその二倍かもしれないが、部隊が部隊として無理せず移動するのはその位になる。

 そうした速度で行動する地上軍と、こちらは一瞬で数キロを移動してしまう宇宙軍だ。

 相対速度を落として同一地点になんとか居座るようにはするが、その機動力の差は隔絶している。

 

 だからこそ地上軍は攻撃開始を事前に受け、事前に出撃している。

 こちらが準備に入った時点で、この作戦の停止限界点は超えてしまったのだ。

 ここから先はいかにミスをせず、作戦を遂行するかにかかっている。



「先輩の期待に応えなくては、後輩の名折れだな」



 ファンリーベックが苦笑すれば、艦橋の要員達も控えめに笑う。

 フスベルタの噂は第三艦隊にはよく知られているし、そもそもファンリーベックのようにフスベルタの後輩という士官も少なくはない。

 軍人らしからぬ軍人だからこそ、ファンリーベックのような人間は、フスベルタに一定の信頼を置いているのだった。


 そうして、少しばかり雰囲気が緩んだ瞬間、艦橋に警報が鳴り響いた。

 何名かの肩がびくっと揺れ、慌しく各々の職務に従って艦や艦外、戦隊の状況を確認しはじめる。

 ファンリーベックはそうした要員達を見ながら声を張り上げた。警報がやかましいのだ。

 


「どうした? この警報はなんだ、状況報告!!」

  

「軌道上すれすれを三隻の帝国船舶が航行中! 識別は……な、こんな馬鹿げたこと――」


「貴様の所管はいい! 砲雷長、識別結果はどうなんだ!」



 あきらかに狼狽している砲雷長を横目にしながら、ファンリーベックは前面のモニターを睨みつけた。

 索敵され、拡大され、分析され、そこに映し出されたのは、惑星マリアネスの地平線からのっそりと現れた無骨なシルエット。

 装甲板にエンジンがついて飛んでいるような見た目に、ファンリーベックは口端を引きつらせ、砲雷長と同じことを呟いた。



「こんな、馬鹿げたことを……」



 その呟きを掻き消すように、砲雷長が識別データを読み上げた。



「帝国航空宇宙軍、装甲輸送艦『マレメ』『イラクリオン』『レティムノン』………軌道降下猟兵オルビット・ファルシムイェーガーです!!」

 

 

 出港からこのかた、きな臭いなにかを感じていた理由がようやく分かったと、ファンリーベックは意を得たとばかりに苦笑いを浮かべた。

 敵艦隊の出撃によって作戦が中止されることよりも、発見され逃走し作戦が中止されるよりも、この状況はもっと悪い。

 よりにもよって軌道上のほぼ同高度上で、宇宙(そら)から見れば点のように見えるニュー・ワルシャワ上空を、不意の遭遇で奪い合う。


 相手は装甲が施されたが三隻で、こちらは『ベガルタ戦隊』の四隻ときたものだ。

 装甲や防御においては圧倒的不利、質量から見ても相手の方がデカイから、よりタフで面倒なのは間違いない。

 はてさて、どうしてやろうか、とファンリーベックは思ったが、答えはすでに口から飛び出していた。



「全艦、総員戦闘配置! 総員戦闘配置!」



 そうだった、そうする以外に選択肢はない。

 なぜならもう我々は賽を投じてしまったのだから。

 作戦停止限界点は、ついさっき越えてしまったのだ。



「戦隊各艦へ、『ベガルタ戦隊』は我に続け。これより状況を開始する!」



 そして、駆逐艦《コンドル》は加速する。

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