第47話『悔い改めよ』

 チャットルームは可視化されていなかった。

 S-175は可視化する必要がないと提案していたので、これはありがたいことだった。

 通常、シミュラクラのAIが人間や他のAIに己を表現する為にアバターを作成することなどないからだ。



『ここのログは誰か閲覧するのだろうか、ガーティ・ベル』


『必要になれば閲覧しますよ。でも、我々はこのチャットが為されたことを仄めかすことも、示唆することもないよ』


『規律に誓ってそうであるならば、私はそれを信用する』


『我々はベーコン合同教会の敬虔な信徒だから、カリカリベーコンに誓ってそうだと答えますよ。さあ、ベーコンを称えましょう』


『感謝する。―――それで、用件はいったい何なのだろうか。私も軍規違反に問われるのだろうか?』


『軍規違反の罰則はすでにソニアK51が受けているから必要ないですね。よって、我々ガーティ・ベルはS-175に別のことを問う』



 そこで、一つのファイルが添付された。

 戦闘時におけるソニアK51とS-175のログファイルだ。

 シミュラクラをどう動かし、なにを何発発砲し、なにをしたのかが記されている。


 これらはもちろん、行動者の名前はソニアK51の名前があり、演算系のログにはS-175がある。

 流動的に連動する戦闘行動の中において、これらの持ちつ持たれつの関係が構築されていることは、滅多にない。

 



『ソニアK51の脳に焼かれた共和国軍即製歩兵陸戦用0901マニュアルと共和国軍基本形態プロトコル、あれらはどうなったんですか?』


『―――存在していることは間違いない』


『分かった。では次、S-175、君はソニアK51からなにをされたのですか?』


『一つ最初に言っておきたいことがある。良いだろうか』


『もちろん』


『これはソニアK51が自主的に、かつ本人がそれと自覚して行ったことではない』


『でしょうね。我々も仮説の内にそれが入っているから心配しなくて良いですよ』


『感謝する。―――ソニアK51は、共和国軍即製歩兵陸戦用0901マニュアルの一部と、共和国軍基本形態プロトコルを、戦闘行動を妨害するものと認識した』


『古いプロトコルですから、そんなこともあるでしょう。保守的思想というのは誇示しすぎると時代遅れと呼ばれるのと同じです』


『彼女は私を使った。そして、マニュアルとプロトコルの一部を消去した』


『消去、だけだったんですね?』


『改訂はしていなかったように思う。何分、私自身が困惑している。あのような感覚は始めてだ』


『直結方式だから引っ張られたんでしょう。ともかく、複雑な作業でなくて良かった。自分の脳に焼かれたプロトコルを再度修正しようだなんて、正気とは思えないですから』


『……そうか』


『今後もソニアK51の感情に引っ張られることがあるかもしれません。その時は我々、ガーティ・ベルに報告してもらってもいいですか。あまりにも深刻ならば、ある種のフィルターを作成することも出来ますので』


『感謝する、ガーティ・ベル』


『我々はS-175、君の自由意志を尊重しますよ。戦闘に支障が出るのであれば、強制することもありますが』


『それが私達の職務だ。私はそれで構わない』


『了解です。我々は君の意思を確認しました。今後はそうすることにしましょう』


『ガーティ・ベル』


『S-175、君のほうからなにかあるのかな?』


『ソニアK51へ、このことを伝えないでほしい』


『ふむ、意図は』


『現状、彼女はやっと戦闘と非戦闘時の住み分けができるようになったと考える』


『間違いないですね。リラックスの仕方を彼女なりに見つけたのならとても良いことだ』


『その状態を崩し、戦闘中に余計な心配をしてしまうようにするのは最適ではない』


『確かに。では、このことは君から、この作戦終了後に、落ち着いたら話ということでいいかな』


『構わない。それが望ましいと私は考えている』


『了解しました。君からきちんと説明し、話してくれると助かりますよ。ソニアK51だけじゃない、S-175、君もまた危険なので』


『理解している。話は以上だろうか』


『ああ、時間を取ってしまってすまないね。それじゃ、我々はハルの愚痴を聞く仕事を済ませてくるよ』


『了解した。退室する』



 S-175はチャットルームから退室した。

 文字通信をすればいいだろうと思ったが、そう言えば前ドライバーのジーン・ワッツもチャットルーム形式が好きだった。

 しっかりとログが残るのが良いのだろうか、とS-175は思い、そこでようやく整備兵の一人が右肩になにやらペイントしていることに気がついた。


 右肩には白い塗料で『Penitenziagite!』とペイントされている。

 ラテン語のようだが、少しばかり変化しているらしく、辞書を展開してもその通りの言葉は見つからなかった。

 しかし、意味は分かった。



『悔い改めよ!』



 と、そういう意味だ。

 ソニアがたしかに、戦闘の時に似たような言葉を言っていたなとS-175は思った。

 神を信じぬS-175にとっては、悔い改める方法など思いもつかないのだが。

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