第46話『小さな怒り』
ニュー・ワルシャワ図書館のオリエンテーション・ルームは広かった。
そんな広々とした空間で、なぜか僕らは一箇所に纏まらず、最前列にも誰もいかず、思い思いの場所に座っている。
部屋は分厚いカーテンが掛かっているから薄暗くて、壇上にはハル少佐がちょこんと椅子に座りながら作戦説明をしている。
作戦名、ベガルタ。
欺瞞用の第二作戦名は、シンプルに《小さな怒り作戦》なんだそうだ。
引用元はケルト神話らしかったけれど、僕はベガルタなんてものがあること自体を知らなかった。
作戦内容の説明は簡単なものから、詳細に至るまで。
内容自体は単純だ。単純じゃなければ作戦じゃない。
要するに、陸上軍と宇宙軍共同での敵侵攻軍への打撃。
これによって敵侵攻を長期化させ、本土撤退の時間を稼ぐ。
ということだったが、僕としてはここまでの情報を共和国が保持していることに驚いていた。
なにせ敵の貴族達が引き上げて、あちこち戦力不足だという情報が確実視されている。
劣勢にある状態で、こうして敵情が把握できているのだ。
制空権も確保出来ているそうだし、これは中々に上々と言える。
制空権があれば空爆されることもないし、情報有利だから弱点を点かれることもない。
「任務部隊一七八九も打撃部隊に選抜されています。他には第四装甲騎兵師団『トファルディ』と第九首都防衛師団『グルィフ』からも部隊が参加します」
「おうよ。古巣との共同戦線ってやつだな。燃えるぜ」
「実戦で大破炎上はしないでくださいね、メアリー少尉。第九首都防衛師団『グルィフ』は部隊内から快速選抜部隊を編成し、今作戦に当たるそうです」
「さすがに第七独立連隊『スカンチスキ』の方はまだ再編成やらが終わっていない、ということだろうか、少佐」
「いいえ、マルコム大尉。第七独立連隊『スカンチスキ』の再編成と再装備は完了しています。彼らは今回、ニュー・ワルシャワ防衛を担当しています」
フィルムディスプレイの表示が切り替わり、第七独立連隊『スカンチスキ』の装備と配置が映し出された。
第七独立連隊『スカンチスキ』は国境付近に展開していた部隊の生き残りで、部隊間連携を密にした装備をしている。
また、センサー装備も充実していて、武器も四十ミリから五七ミリといった大口径で固めている。
迷彩は国境付近に展開する部隊に未だに使用されていた三色の
『トファルディ』とは違って重装備というわけではなく、火力を持った軽歩兵のようなものだろう。
専門的に言うなら、レンジャー部隊ってあたりかもしれない。
ハルの説明を聞いていたマルコム大尉はふむふむと頷いてから、机の上のボトルを取って水を飲む。
僕はと言えばいつもの調子で、S-175がいないのでただ黙って説明とかを聞いているだけで精一杯だ。
とはいえ、作戦自体は単純で、僕らがやることも単純なので、なにかを忘れてヤバイってことはない。
「それで《ヴェパール》は今回、どこに陣取るんだね」
マルコム大尉がふう、と一息入れながら続けた。
ハルはその質問を待っていたかのように、えっへんと無い胸を張りてきぱきと答える。
それがなんだか小学生の発表会みたいで、僕は苦笑を噛み殺すのに苦労した。
「《ヴェパール》は軌道爆撃後の混乱を見計らい、敵陣地へ進出しシミュラクラ部隊を援護します。近距離防空程度ならこなせますし、撤収時にはいた方がいいでしょう」
「それまでに弾貰わないようにしねえとな。デカブツな割に装甲はペラペラなんだからよ」
「こ、今回は戦車用のアクティブ防護システムを増設しましたし、一定の攻撃になら耐えられますから……」
『統合規格バンザイと言っておきましょうか。我々としては純粋な装甲値でないため、とても不安なのですが』
「ベルが言うとおり、純粋な装甲ではなく、あくまで攻撃を迎撃するシステムなので、そこは考慮してください」
「オレたちは考慮してるぜ?」
「まるでこちらが考慮してないかのような発言は上官侮辱罪になりますよ、メアリー少尉?」
「うへぇ……冗談キツイぜ」
ジト目で言うハルに対して、メアリーの表情は年下に冗談言われている年長者のソレだ。
一応、僕としての立場を表明するとするなら、本当に上官侮辱罪を届け出して憲兵隊にメアリーを突き出せる立場にあるハル少佐の味方につく。
というか、これは完全にメアリーのやり過ぎであって、からかいが過ぎるってやつなのだ。
壇上の上でハルが頬を膨らませているのはとてもかわいいけど、それはそれでこれはこれだ。
へらへらと笑っているメアリーと、ぷるぷると震えているハルの間に火花が散っているように見えた。
そしてそれは段々とバチバチと大きくなっていき、
「ぐぇっぷ……おう、トルティーヤチップスとドクペを腹ん中で混ぜすぎちまった」
突然、まったく関係ない所でゲップが炸裂し、ハルの爆発の矛先はそちらに向いた。
そこにはにかにかと笑いながら腹を叩く面白黒人ことバルブレッジ・フィッシャーがおり、そしてその笑顔は眩しいくらいに良い笑顔だった。
フィッシャーは「ごめんなっ」とでも言いたげにその笑顔で面々に頷きかけ、僕はそれに苦笑を返し、ハルは無言で背後の黒板からチョークを引っつかんで、内野手が素早く一塁にボールを送球するような無駄のないフォームで、それをフィッシャーの顔面にぶちこんで面白黒人を撃破した。
これ、軍隊なんだよな、と僕は苦笑するしかなかった。
でもまあ、こんな部隊だから僕はやっていけるのかもしれないと、そうも思った。
そうこう考えている内に、フィッシャーが痛みに呻き声をあげながら椅子ごと引っくり返って、床が揺れた。
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