第45話『オレンジ色の酷いヤツ』

 オレンジ色が強すぎて危機感を煽るオレンジジュースは、酷い味がした。


 ニュー・ワルシャワの士官学校の独房から、僕ことソニアK51が最初にしたのは、シャワーを浴びることだった。

 メアリーとエルの持ってきてくれた食事を食べて、最後に食べたものをオレンジジュースで流し込もうという考えがいけなかった。

 僕はそう心底後悔しながら、床の踏み板に乗って、熱くもなく冷たくもないシャワーを頭から被って一息つく。


 オレンジジュースであることは間違いなかったが、粉っぽいし、オレンジというより風味の強い化学合成飲料的な味だった。

 そんなもので軍の厨房でぽいっと渡されたメニューを流し込んでしまったものだから、なんというか胸焼け気味で、酷い気分だった。

 たしかに戦闘行動の後で、しかも女性の体というわけだから、カロリーがいるのは承知しているけれど、これなら食べない方が良かったのじゃないかと思えてくる。


 ああ、せめてジュースの味が事前に分かってればヌガーを取っておいたのに。

 と、僕はシャワーを浴びながら軍の食料事情に対する愚痴をぶつぶつと呟きながら、シャワーの水をちょっと飲む。

 循環式なのでいくらシャワーを浴びても文句は言われないが、濾過フィルターの性能が悪かったら後で腹痛案件だろうなと、少しだけ思った。


 頭と体を洗って着替えてさっぱりした後、僕は部隊に合流する。

 シミュラクラ用のドライバースーツを着込んで、腰に拳銃を挿して。

 ヘッドセットとスマートグラスをかけて、僕はニュー・ワルシャワの街へと繰り出した。



―――  



 ニュー・ワルシャワの街並みを眺めながら、僕はスマートグラスに示された道を歩く。

 道は石畳で舗装されていて、中世風の景観が崩れぬように街灯の形状とかも古い感じになっている。

 赤い屋根が軒先を連ね、赤みがかった煉瓦作りの建物が整然と並び、白い窓枠と色と噛み合わせ方がいろいろある玄関先のアーチが僕の時代感覚を遥か昔へと引き戻す。


 そんな街の中のあちこちに陸軍兵士達がいて、徴用した施設で珈琲を飲んでいたり、武器の点検なんかをやっていた。

 中には書店の前に椅子を置いて、そこで無料配布のペーパーブックを眺めている兵士なんかもいて、なんだか見てて面白かった。

 民間人がいなくなっても、軍人達がこの街を護る為に、こうして街で暮らしている。


 もちろん、警察も避難してしまっているため、あちこちで軍警察MPの白い腕章を付けた連中が見回っている。

 もしも街の民家からなにか盗もうとしようものなら、あちこちに設置されている防犯カメラの映像からIDを特定されてMPたちに連行されるのだ。

 僕はもうすでにMPたちにお世話になっている身だから、大人しく目的地に向かうことにしている。


 十分くらい歩いて、僕はようやくそこに着いた。

 そこはニュー・ワルシャワの図書館で、駐車場には馴染みのシミュラクラが待機状態になっている。

 装備も武装も、迷彩もてんでバラバラな僕らの部隊、―――任務部隊一七八九だ。


 おかしな感想かもしれないけれど、家に戻ってきた気分だ。

 あまり人付き合いが得意ではない僕なりに、付き合い方を知っている人たち。

 それが臨時編成の、間に合わせでバラバラな、任務部隊一七八九。



「よう、独房から戻ったなソニア!」



 聞き覚えのある声がしたな。

 電子都市迷彩デジタル・アーバンのシミュラクラの肩に、にやにやしているメアリーがいた。

 整備の手伝いかなと僕は思ったのだけども、片手に握られたチョコバーがそうではないことを教えてくれる。


 長い付き合いとは決して言えないけれど、メアリーが善行章が貰えるような兵士ではないことは分かる。

 だからそのチョコバーの出所については不明のままにしておくことにして、僕は右手をあげてそれを挨拶に代わりにする。

 メアリーはにやにや笑いながら、チョコバーを掲げて返答にした。



「まあ、これでお前もMPに目をつけられた一人前ってことだな」


「そうかな……。ああ、でも、独房は静かで快適でいいところだったよ」


「戦争中で忙しいからな。お前だって一日もしないで出てこれただろ」


「………たしかに」


「MPとかが暇なときの独房はうるせーぞ? 隣に不名誉除隊待ちの馬鹿がいりゃさらに酷ぇんだ。さらには音痴で歌が好きだのほざく野郎がいると、この世の地獄だぜ?」


「その地獄を楽しそうに語られると、興味が出てくるんだけど」


「なに、戦争が終わってから独房にぶちこまれりゃいいんだ」


「嫌だよそんなの」


「好き嫌いしてんなよ。一回やってみろ、人生経験豊かだといいことあるぜ。多分な」


「多分で独房に好き好んでぶち込まれる人はいないと思うけど……」



 そりゃそうだ、とメアリーはチョコバーにかぶりついて、にやにや顔のままドライバーハッチにもぐりこんでいった。

 あれで整備兵にチョコバーの欠片やらフィルムとか見つかったら、間違いなく大目玉を食らうだろうなと僕は思ったけど、なにも言わないことにする。

 言ったところでメアリーが僕の言うことを聞くわけがないだろうし、聞いても笑いながら無視するに決まっているのだ。


 僕はそのままトルティーヤ・チップスをバリボリ食べながら、ドクター・ペッパーでそれを流し込むフィッシャーに軽く挨拶をして、自分の機体の元へ戻った。

 SIM-9E、機体番号51-1818。

 僕の機体、そして、S-175の機体。



「……ただいま、S-175」


『帰還を祝福する、ソニアK-51』


「ありがと。独房も良かったけど、僕はやっぱりあなたの近くが良い」


『私もドライバーの状態を把握し易い。異常はないか?』

 

「ないよ。レーションのオレンジジュースが酷かったってだけ」


『……? そうか』



 動かない機体。

 ヘッドセットから聞こえる、彼の声。

 僕はそれだけで、心が満たされていくような気がした。

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