第43話『即席の紅茶の味は』

 作戦の内容の説明が終わり、それぞれがどのような役割を持つかを認識し終え、会議は終わった。

 いつも通りに「解散ディスミス」とフスベルタが言い終え、ほとんどのホログラムたちは消失する。

 今回残ったのは、キサラギ少佐でもパンコ大佐でもなく、第六駆逐隊の駆逐艦コンドル艦長、カレル・ファンリーベック大尉だった。


 フスベルタの士官学校時代の後輩で、どこかの大学生のような風貌も、常に悪戯を頭に思い描いてそうな不敵な笑い方も、その時からほとんど変わっていない。

 奇策を嫌って常識的かつ無理のない戦術を好むフスベルタに対して、この不敵なファンリーベックは、いつだってなにか絡め手を使いたがる傾向にあった。

 そういうわけで、面白そうな学生運動であればイデオロギーの違いなど蹴り飛ばして大手を振って参加しかねないこの男は、現在進行形で楽しそうにしている。



「いいですねえ、こういう殴り込み戦隊の旗艦を拝命できるとは。ありがたいことです。最初に第六駆逐隊の名前があがった時、落胆しましたからね」


「大尉、すまない。あれは少し混乱する言い方だったし、そういう順番だったね。いやエドワルダ、君にもすまないと思ってるよ」


『ええ、ええ。私がその点の修正をしようとお伺いを立てたときに、そんな修正はいいから計算結果を頼むよ、と紅茶片手に仰ってたのは代将ですものね』


「これからの第三艦隊の動きについて考えてたんだよ……。なにを笑ってるんだファンリーベック大尉。失礼だぞ」


「申し訳ありません代将、まるで女房の尻に敷かれているようで、つい」


「ついじゃないが」


『代将の不足は私が補っていますから、そういう意味でしたらたしかに夫婦みたいですね』

 

「そういう意味じゃないが」



 冷静にフスベルタが不機嫌そうに紅茶を啜ると、ファンリーベックは失礼にも声をあげて笑った。

 まったくもって失礼だ、とフスベルタはさらに不機嫌になるが、不機嫌になってもこの男を更迭しようとか、独房にぶちこんで代わりの艦長を探そうとは思わなかった。

 士官学校時代の付き合いということもあって、フスベルタはファンリーベックの能力と人となりを知っている。


 奇策を好みはするが、それを実行するために、なによりそれを成功させるための努力を怠らない。

 そして肝心なのが、奇策を成功させる為に作戦目的を変更したり、作戦目的の価値を勝手に変更しない。

 奇策が通じるならそれを使い、通じないのであればまったくもって常識的な戦いに転じて、相手を揺さぶる。


 そういう心理戦染みたことと、損得勘定の計算の速さがファンリーベックの戦術の土台になっているのだ。

 だからこそ、フスベルタはこの《ベガルタ作戦》の中核となる《ベガルタ戦隊》の指揮を、彼に任せたのだ。

 彼ならば、不測の事態に陥っても作戦上、なさなければならないことを咄嗟に弾き出せるし、損害の許容という面においてすばやく動ける人間だからだ。



「………人を笑うのは構わんがね、きちんと生きて戻ってくるんだぞ。ファンリーベック」

 


 口元を隠してくすくすと笑っているエドワルダに、口をへの字に曲げながらフスベルタがぼやくように言った。

 そうしているのが本当にいいように扱われている亭主に見えるし、それでもあらあらと笑っているエドワルダがいるから、余計に尻に敷かれているように見えた。

 けれども、ファンリーベックは一頻り笑い終えて、やはり不敵な笑みを口元に浮かべながら敬礼するのであった。


「先輩方よりさきに死ぬ気はありませんので、ご安心ください、フスベルタ代将」



 捨て台詞を吐いて、ファンリーベックのホログラムが消えた。



―――


 紅茶を飲みながら、フスベルタは座席に深く腰を降ろして溜息を吐いた。

 実戦での艦隊指揮がここまで疲れるものだとは、士官学校では誰も言ってくれなかった。

 作戦立案だけしていればいいという気楽な立場ではなく、作戦立案後の責任まで背負わなければならない。


 練習艦隊である第三艦隊には、フスベルタの士官学校時代の後輩もいる。

 さっきのファンリーベックのように、よく知っている者から、顔と名前がまだ一致していない者まで様々だ。

 そうした者たちを戦場へ送り出す立場なのだと、フスベルタはようやく実感して、また紅茶を飲む。


 即席の紅茶は、相変わらず酷い味がした。

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