第42話『宇宙基本理念法案第4条』


 本来、資源惑星として認定されている天体に対しての軌道爆撃は、許可されていない。

 これは単に宇宙基本理念法案第4条の「資源惑星への攻撃、ならびに大量殺戮を伴う攻撃行為の禁止」に明記されているからだ。

 しかしながら、ニルス・オーラヴ・フスベルタは知的好奇心を満たすために、こうした条約関連には「絶対」がないことを良く知っていた。


 つまるところ、なんにしても「絶対に禁止」というのではなく、例外や適応範囲というものがある。

 この場合、フスベルタは「禁止されている攻撃の適応範囲」のことが気になったのであって、それは戦史編纂課勤務を熱望する彼にとって目下研究対象であった地球連邦艦隊による、占領下にある資源惑星への精密爆撃についての解決策になると思ってのことであった。

 本来、強大な力を持ち、人類生息域に巨大な影として君臨する地球連邦はひたすらに薄気味悪い存在なのだが、フスベルタにとってはただのワードの一つに過ぎなかった。



「………というわけで、駆逐艦クラスの質量攻撃を、大気圏ぎりぎりで射撃するならば、ぎりぎりで適応範囲外になるわけなんだ」



 会議室の立体映像たちにそう語りかけながら、フスベルタは面々の反応を待った。

 既に送信されているデータには、地球連邦があらかじめ宇宙基本理念法案第4条に添付していたデータと、その改訂版が乗せられている。

 曰く、宇宙基本理念法案第4条とは、



「人類生存圏確保のため必要とされる資源への損害、またこれの喪失は避けるべきである。そのため、資源惑星の鉱脈へ達する恐れのある攻撃に関しては、これを許容できない」



 ために存在する為にあり、曰く、



「また、同様に人類種の繁栄を害すると思われる大量殺戮においては、これを許可しない」



 のだと。

 つまりこれらから導き出される例外は、以下の通りとなる。



「鉱脈を破壊せぬ程度の威力による、通常の戦術級損害を与える程度の軌道爆撃」


 

 である。

 これを可能とするには、出来るだけ射距離を短くする必要があり、かつ威力は最低限でなければならない。

 戦艦クラスにもなると砲撃威力は計り知れないものとなり、また重力に引きずり込まれれば離脱するのにも一苦労だ。

 巡洋艦クラスは選択肢にはあるものの、これくらいのサイズになると隠密行動は望めないし、損失した時の代えがきかない。


 必然的に、この任務は駆逐艦クラスの戦闘艦が行うことになる。

 小型であるために隠密行動に向いているし、機動力においてはこれ以上はない。

 万が一、損失したとしても巡洋艦ほど大事ではないし、駆逐艦の修理ならMG04でなんとかできる。



『しかし……それでは、駆逐艦の単艦行動ということになりますが』



 駆逐艦《カミカゼ》の艦長のベアタ・キサラギ少佐が声をあげる。

 他の艦長たちが配布したデータと睨めっこしている中、真っ先に声をあげてくれたことにフスベルタは内心感謝した。

 こういう会議に慣れていないフスベルタは、沈黙が続くだけでも結構な負担になるのだ。



「そうなるのはさすがに不味いと思って、陽動作戦を並行して行うことにしているよ」


『つまり、本命の駆逐艦の他にいくつかの分艦隊によりこちらの作戦目標を掴ませないようにすると』


「その通り。そこで今回の作戦の概要を説明する。―――エドワルダ、頼む」


『かしこまりました』



 エドワルダが頭を下げると同時に、各艦長宛に作戦データが展開される。



『まず第三水雷戦隊の駆逐艦《カミカゼ》及び軽巡洋艦《ユリシーズ》は第六駆逐隊を率いて《MG01》へ向かってください。可能であれば連絡を取ることが求められますが、敵艦隊の存在を確認した場合、そのまま《MG01》に封じ込められる可能性がありますので、無理はしないでください』


『その場合の作戦中止決定権は、誰にある?』


『キサラギ少佐、あなたの判断に任せます』


『了解』


『次に、第二五巡洋隊はウルス軌道上への哨戒任務を。こちらも不利だと思えばその時点で作戦中止を判断してください』


『ウルスというのは、マリアネスの月で間違いないか?』


『間違いありません、マリアネスの月のウルスです』


『了解。第二五巡洋隊はウルスへ向かおう』


『そして第八補助工作戦隊ですが、高速輸送艦の《カウナス》《リガ》《クラクフ》の三隻で《MG02》の機材回収任務についてください。護衛は第四巡洋戦隊の軽巡洋艦の《ゲネラウ・ミハウ・カミンスキー》及び《ゲネラウ・ラルフ・アダムスキー》。作戦中止決定権はミズキ中佐、あなたに任せます。兵站事情を考慮し判断をお願いします』


『了解です』



 エドワルダが的確に説明と指示を与えていくのを横目に、フスベルタはやはりこういう役回りは誰かに任せるに限るなと思った。

 自分が注目されるのは小学生の頃からあまり好きではなかったし、そんなことよりも図書室で本を読んでいるほうがずっと好きだったのだ。

 だというのに、世界情勢というやつは、そんな願いも聞き届けられない状態にあるのだから、どうしようもないのだが。



『―――他、次の《ベガルタ作戦》においても指示のなかった艦艇については《MG04》の防衛任務となります』

 


 エドワルダが淡々と言葉を紡ぐのを聞きながら、フスベルタは《ベガルタ作戦》の参加艦艇リストを見た。

 使用されるのは、第六駆逐隊の駆逐艦コンドルと、さきの海戦において比較的軽度の損傷で鹵獲した帝国軍艦艇たちだ。

 臨時編成の《ベガルタ戦隊》は以下の通り、



旗艦・駆逐艦コンドル

  ・駆逐艦ZB-1

  ・駆逐艦ZB-4

  ・コルベット《TB-3》



 この四隻によって、共和国宇宙軍はニュー・ワルシャワ前面における帝国軍前哨補給地点及び、戦力駐屯地点を攻撃する。

 これによって敵軍によるニュー・ワルシャワ攻略を遅延させ、本土撤退における時間稼ぎを行うのが、今回の作戦の概要だ。

 現在、帝国軍はニュー・ワルシャワ及びセント・ジョージ宇宙港という要衝を前にして、戦力集中を始めている。


 この戦力集中部分に打撃を与え、攻勢準備を遅らせ地上軍の撤退を支援する。

 また、ニュー・ワルシャワからも高速の機動部隊を編成して軌道攻撃後で混乱している帝国軍陣地へ撹乱を行い、こちらの戦力を過剰に評価させる目的もある。

 こちらが小さくとも攻勢を仕掛けてきた、という事実があれば良いのだ。


 何も出来ず、要塞に引き篭もって蹂躙を待つことしか出来ぬというよりも、その事実はきっと松明の明かりのように輝くだろうから。

 

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