第41話『ベガルタ作戦』

 目が覚めると、ドアが乱打されていた。

 文字通りなにかの取立てみたいに、ガンガンと鳴っている。

 寝惚け眼をごしごしと擦りながら僕がドアまで歩いていくと、ドアの小窓ががらっと開いた。



「おせーよ」


「寝てたんです……今さっき起きたところで……」


「知ってる。独房入りなんて寝るくらいしかすることねえよな」

 


 小窓の先に居たのは、メアリーだった。

 ドライバースーツからツナギに着替えていて、右手に簡素な食事が乗っかっているトレイを持っている。

 悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる褐色肌の女性の、ウェイターに見えるかもしれない。

 

 でも実際、メアリーにウェイターは向いていない。

 接客業ってイメージじゃないし、なによりクレーマーとかに全力で喧嘩売っていくだろう。

 原隊でも問題児扱いされていたから、間違いない。



「んでよ、飯くってなかったろ。食堂から持ってきてやったぜ」


「あ……、ありがとうございます」




 独房のドアの脇にある箱にメアリーがトレイを入れて、それをこちら側に押し込んだ。

 僕は独房側に押し込まれた箱の中からトレイを取り出して、そのメニューに苦笑する。

 薄っぺらくのっぺりしてるビーフステーキに、クラッカーとパン、それにピーナッツバターとヌガー。


 カップの中身のオレンジ色が強すぎて危機感を煽る飲みものは、たぶんオレンジジュースなのだろう。

 それにいくつかの調味料、塩と砂糖とケチャップがあって、ナプキンとお手拭がついていた。

 食器はプラスチック製のスプーンだけで、フォークはない。


 僕はとりあえずそれをベッドに置いて、ドアの前に戻ってくる。

 メアリーが食事よりちょっと顔貸せ、って感じに、ドアをガンガン叩くせいなのだが。



「礼ならこっちのエルに言えよ。こいつは最高に狡賢いぜ?」


「そんなことないですよー、ひどいこと言いますねメアリー少尉」


「ユニットじゃなきゃオレに悪知恵吹き込む必要もなかったのにな、マジで」



 メアリーの後ろからひょこっと顔を出したのは、コードLだ。

 くすんだ赤毛をボブカット気味にしていて、こっちは甘えるイエネコみたいにころころと笑っている。

 身長は一五〇あるかないかで、深い青の瞳がとても綺麗だ。


 こんな娘があの恐竜みたいなシミュラクラに乗っているのだから、びっくりだ。

 この前の戦闘ではパイルバンカーで一機を串刺しにしていたし、ピーキーな機体を完全に制御して操っている。

 僕と同じ境遇の発電ユニットで、僕よりもずっと前に、この世界に目覚めた人だ。



「大体、独房にいるユニットに食事持っていくって真面目に言うのがダメなんですよ。嘘はつかずにそれっぽく言葉を選ばなきゃ」


「めんどくせえことは嫌いなんだよ。ハゲちまう」


「あはは、メアリーさんとお付き合いする人はハゲちゃうかもしれませんね」


「オレと付き合うようなタマなら、そんくらい受け入れるだろうが」



 お互いに笑いあっている二人に釣られて、僕もくすっと笑ってしまった。

 それを見て、メアリーとコードL―――エルの二人も、なんだか安心したようにもう一度笑う。

 なんだかんだで、メアリーはやっぱり僕のことを心配してくれているらしい。



「ありがとう、ございます。本当に、二人とも」


「気にすんなよ。こういうのは形式的にそうするしかない、ってヤツだ。大尉だって本気で怒ってるわけじゃねえ」


「物事にはルールがありますからねぇー……。それを破ったら罰を受けなきゃならない、と」


「そうしねえと、オレたち軍人はただのアウトローになっちまうからな。オレもよくぶち込まれたぜ、独房」


「んふふ、だから天才ドライバーと呼ばれてても少尉どまりなんですよねー?」


「るっせーな。お前の彼氏よりは上だぞ上」


「サイモンは尉官ってタイプじゃないですからねぇー」


「どういう理論だっつーの……オレだって尉官ってガラじゃねえよ」



 うんざりした口調で言うメアリーに、エルはくすくすと笑って、僕を見る。

 その瞬間、セント・ピーターズバーグで、あの川下りでのことがフラッシュバックする。

 突撃する《サレオス》と、ボリスニコフ艦長、そしてサイモン准尉のことを。



「………ごめん。仲良くしろって言われたのに。今まで、声もかけられなかった」


「いいんですよ。……ボクはサイモンが思ってるより、ずっとしたたかなんです」


「それでも、ごめん」


「んふふ、ありがとうございます。優しい人、ボクは好きですよ」



 僕は優しい人なんだろうか、と僕は思った。

 たいした自覚も無いままに戦争に巻き込まれて、人殺しをして、復讐をして、まだ満足できていないこの僕が。

 それでも、エルの青い瞳にじっと見つめられていると、本当にそう思い込んでしまって、納得してしまいそうになる。

 

 かわいらしくて、それでいてしっかりとしている、不思議な女性だ。

 サイモン准尉のことはあまり知らないけれど、彼が好きになるのも納得できる。

 僕は複雑な心境を抱えながらも、苦笑するしかなかった。



「ま、あと三時間もすりゃお前の独房生活も終わりだ。それまで楽しんどけよ」


「………え?」


「次の作戦が決まったんだよ。残存してる宇宙艦隊との合同作戦だ」



 用は終わった、と言いたげにメアリーがにやにやしながら、ドアの小窓のシャッターに手をかけた。



「《オペレーション・ベガルタ》だってよ」



 そう言うや否や、メアリーはピシャリと小窓を閉めた。

 僕はリアクションを取ろうとするのをやめて、ベッドの上の食事を胃袋に入れることにした。

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