第39話『ガムシロップを五つ』

 ソニアが次回出撃まで地下の独房に入れられることになっても、ハルは驚かなかった。

 部隊統括者として独房行きを了承したのはそもそもハルであったし、しない理由がなかったからだ。

 ハルが前線指揮を任せたマルコム大尉を無視しての独断専行は、明らかに命令系統を逸脱している。


 『ヴェパール』の艦橋で一人、ガムシロップを五つくらい入れた珈琲を手に、ハルは考えた。

 本来、共和国軍即製歩兵陸戦用0901マニュアルと共和国軍基本形態プロトコルがある以上、命令無視はありえない。

 それだというのに、現にソニアは独断専行で単機突入という危険極まりないことをやってしまった。



「……昔のプロトコルだから、穴も多いんでしょうか」


『そういう問題ではないと思いますよ、ハル。我々もずっと考えてはいるんですが―――』


「あなたには別の仕事を頼んでいたように記憶してるんだけど、ガーティベル」


『アレはもう計算が終わってます。あくまで理論値であって、あとの実践は第三艦隊に任せるしかないですが』


「出来るのと出来ないのでは戦略レベルで違ってくるから、成功してほしいところなんだけれど」


『成功する確率が極めて高くたってたまに失敗するんですから、祈るしかないでしょう』


「そうね、ベーコンに」


『カリカリのベーコンに。ベーコンを称えましょう』



 ずるずる、と甘い珈琲を啜って、ハルは続ける。



「ともかく、敵が攻勢限界に達しているのは間違いなさそうですね」


『間違いないでしょう。この場での包囲機動は今までの帝国軍と明らかに違っています。速さと投入戦力、そのどちらも』


「緒戦の帝国軍の戦術機動のデータがあるからこそね」


『戦術データリンクのシステム構成に共和国軍はかなり出資しましたからね。お金を出せばその分、システムも強固になります』


「……機械ってそういうものよね」


『機械だけじゃありませんよ。世の中の道理というものです。正しいものに正しい出資を。これが世界の理ですよ』


「すっごい皮肉に聞こえるのだけど」


『それは多分、我々がAIだからでしょうね』



 ぐっぐっぐ、という音が艦橋に響く。

 この変な笑い声もどこかのバグなのだろうかと、ハルはぼんやり思った。



「……それで、考えた結果は出たの?」


『ソニアK51のプロトコルですね。あれは古いですがプロトコルとしての要点は押さえてありますから、まずバグではないでしょう』


「じゃあ、なぜこんなことが起こったのか、説明できると」


『直結方式ですからね。ソニアK51に引っ張られてS-175がプロトコルの適用範囲を誤魔化したか、あるいは無力化した可能性もありますが……』


「ありますが?」


『無謀ですよ。自分の脳に焼かれたプロトコルを再度修正しようだなんて。AIが稼動しながら自分のプログラムを思い付きで修正するようなもんです』


「でも、それが現実に起こっていることなんでしょう」


『かもしれません。脳は繊細ですし、そもそも彼女の元々の所有権はあの地球連邦が握っていたんですよ。下手に関わりたくありません』


「それじゃ、なにが起きたのか分からないというわけね」


『分からないといっても、彼女が自らの自由意志によってそう選択した事は明白でしょう』


「まあ、そうなんだけど……」



 でもなんだか気になるのよ、とハルは呟く。

 珈琲をずるずると啜りながら、ただ時間だけが過ぎていった。

 前線にしては静かな夕焼けが、そっと紫がかった暗闇に蝕まれていく。


 ソニアK51。

 生まれたときから、彼女は戦争に適応するように迫らされてきた。

 もし、彼女が自らの意志によって、それを受け入れたとしたら。


 もし、その意思があらゆるしがらみを無効にして、適応化を続けるとしたら。

 それは、私が創造主にそうあれと設計されたように、戦闘に適応化した人類という姿になるのではないか。

 デザインチャイルドのハルは、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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