第38話『悔い改めよ』

なるほど、そういうことかと、僕は冷静に考える。

 捨て身の突撃体勢に見えるが、実際は二機のシミュラクラの縦陣だ。

 一機目を盾として突撃し、二機目が白兵戦闘に持ち込もうという魂胆なのだろう。


 そんな戦法で白兵戦に持ち込めて勝てるなら、人間は銃火器になんて頼らなかっただろうに。

 僕は再装填したばかりの二十ミリ機関砲を、アルフレッドとかいう家臣の機体目掛けて、撃った。

 最初は足首を狙ったが、このアルフレッドは筋がいい。


 僕の狙いを察して機動を変え、突撃姿勢を取って再加速した。

 バランサーの許容範囲ギリギリ、安全速度を上回っての突撃。

 こいつはさっきから筋がいい。


 物凄く、―――ウザイ。



「こいつ仕留めて近接戦闘!」


『了解。近接防護兵器準備レディ



 ガコンッ、と超硬ナイフのロックが外れる音がした。

 僕はそれと同時に、マガジンに残った二十ミリ砲弾をすべてアルフレッドの胴体部目掛けて叩き込む。

 完全に胴体部のみを狙って撃ち出された二十ミリ砲弾は、剣ではなく剣を保持しているマニュピレータを破壊する。


 そして保持を失った剣が地面に零れ落ちると同時に、続く砲弾は胴体部に満遍なく着弾した。

 最期の瞬間までアルフレッドは両腕を使って胴体部を防護しようとしたが。

 僕は既に、銃身下に搭載されている一二〇ミリ迫撃砲の引き金を引いていた。

 

 一二〇ミリ多目的榴弾は、ロケット補助推進によって加速してシミュラクラの胴体前面に直撃した。

 戦車ほどの前面装甲ならば防げたかもしれないが、シミュラクラの装甲は重ね着しない限りそこら辺の装甲車クラスだ。

 炸裂した多目的榴弾は、物理法則に従ってシミュラクラの前面装甲を貫徹してドライバーを即死させる。


 感慨に浸ることもなく、僕は弾切れになった二十ミリ機関砲を捨てて両手に超硬ナイフを握る。

 エーベルドルフと初めて対峙したとき、S-175はこのナイフとハンドキャノンだけで立ち回って見せた。

 僕にだって、それが出来るはずだ。

 

 いや、僕と彼の二人なら、出来ないはずがない。

 なぜならば、僕と彼がこんなところで終わるはずがないからだ。

 僕らはもっと先へ、もっともっと先へ歩いていくんだから。



「だから……こんなところじゃ、終われないんだ……」



 爆炎の中から、エーベルドルフの黒鋼のシミュラクラが飛び出してくる。

 剣を振りかぶって、鬨の声をあげながら、全力の一撃を繰り出さんとして。

 でも、それですら僕らにとって遅かった。


 その剣が振り下ろされる前に、僕は超硬度ナイフを黒鋼のシミュラクラの胴体と左腕の隙間に捻じ込んだ。

 左腕の操作系が破壊され、右腕だけで振り下ろされた剣を僕は回避し、勢いそのまま地面にめり込んだ剣を、僕は横から蹴り飛ばす。

 武器もなにもなくなったシミュラクラは、無様に対人機銃をぶっぱなしはじめた。

 


「もっと先に―――」



 呟きながら、僕は次に右腕を使えなくしてやった。

 逃げられると面倒極まりないので、ダンに怒られるだろうなと思いながら簡易ナックルダスターを展開し、頭部を思い切り殴りつけてやる。

 なかなか硬い手ごたえだったが、黒鋼の頭は首から折れて転がっていった。


 その瞬間、エーベルドルフが全速後退しそうだったから、僕は人間がやるように足払いしてやった。

 無様に地面に転がったシミュラクラの膝関節を、僕は思い切り踏みつけてぶち壊してやる。

 人間の間接より幾分か融通がきくようになっているとは言っても、シミュラクラのスタンプ攻撃には対応していないらしい。



『嬲り殺すつもりか!? 動け! 動け動け……なぜだ、なぜこんなことになった!?』

 


 貴族がなにか喚いているが、僕は無視した。

 エーベルドルフの持っていた剣を手に持って、両手で握る。

 こうして手に持ってみると、なかなかいい武器のように思えた。


 その切っ先を、僕はシミュラクラの胴体部へと向ける。



『ば、化け物め……』


「もっと先に、僕達は行くんだ」


『ひ、ひひっ……貴様ら共和国の未来など、ない! 帝国か連合か、どちらかに属するしかなかったのだ!』


「……国なんて、どうだっていいんだ」


『な、に?』


「僕は国なんて、どうだっていい。S-175と一緒なら、そこが僕の居場所だ」



 剣を振り上げる。

 切れ味なんてどうだって良かった。

 綺麗に切れてくれれば、真っ二つ。


 切れなければ、こいつはジェシカみたいに潰れるだけ。

 金属と人間の身体が分別されずに、叩きにされたような音を残して。

 ぐしゃ、ごり、べき、がしゃ、ぶつり、って。



『なぜ……どうしてだ……エーベルハルト家は、私は、どこで……』



 呆然としたような声が、僕の耳に入る。

 ここで通信を切ってしまったら、復讐にならない気がした。

 せめて最期の言葉だけでも聞いてやろうと思って、僕は剣を振り下ろす。



『……神よ―――』



 がしゃん、と音がした。

 シミュラクラは真っ二つになっている。

 オイルなのか、はたまた血なのか、なにかが地面に漏れ出していた。



「……神だって?」


 

 ただのジャンクになったモノを見下ろし、僕は呟く。

 剣を投げ捨てて、はっきりとした侮蔑の感情を抱いて。

 僕は死者に言ったのだ。言ってやったのだ。



「神を口にするなら、悔い改めてからにすれば良かったのに」



 復讐は果たされたはずだった。

 けれど、胸の中にある感情は消えてくれない。

 僕はジャンクになったモノを踏みつけ、壊し、蹂躙する。


 足を上げて振り下ろした。

 べきり、という音が鳴って胴体が酷く歪む。

 けれど、あの貴族はもう死んでいる。


 なにも言わない。

 なにも喚かない。

 懺悔も後悔も、しない。


 踏み潰された動物のように、



『ぎぃっ』


 

 と鳴いてくれればおもしろかったのに。

 足が潰れたとか腰が潰れたとか膝が切れたとかお腹になにかが刺さってるとか。

 そう言ってくれれば、良かったのに。


 踏んで、踏んで、踏み潰して。

 僕は念入りに胴体を踏みつけて、潰して、黒いオイルと赤いオイルと、鉄と赤い有機物と砂が交じり合うまでそれを続けた。

 人が人でなくなるまで破壊を続け、他の敵機を始末し終えた友軍の迎えを見ながら、僕はかつて人だったものにぼそりと呟いた。



「……もう少し、僕たちを楽しませてくれたら良かったのに」



 僕はそう言って、返事が返ってくるのをじっと待った。

 返事はない。死人は言葉も口も持っていない。

 僕らは、ニュー・ワルシャワへ帰還する。


 独房が待っているかもしれなかったが、僕にはもうどうだってよかった

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