第37話『黒鋼のシミュラクラ』

 黒鋼のシミュラクラ。

 装備は一般的な二十ミリ機関砲に、帝国貴族御用達の白兵戦闘用の剣。

 人間が古代から中世、近代まで使っていた歩兵用の剣をそのまま巨大化させたもの。


 ただの剣ではなく、帝国の分子加工技術によりシミュラクラくらいの装甲ならば切断できる。

 柄に貴族風の装飾をつけ、特注らしい鞘にそれが収まっているのは、なんだか笑えてしまう。

 僕ははるか未来の戦争に巻き込まれているのに、たまにこうしてアニメみたいなものが実在してしまう。


 SF小説で描かれたテクノロジーが、次々に実用化されるのと同じなのだろうか。

 といっても、僕にとって感慨に浸る為に必要だった年月は、虐殺と炎の中に消えてしまっている。

 僕が頭の中に浮かび上げるのは、こいつらがやったことだけ。


 血と、鉄と、炎と。

 そして、涙と、死と。

 それが、僕の中にあるモノ。



『我がエーベルフドルフ家を敵にしたことを後悔させてやろう! 行くぞアルフレッド!』


『御意のままに』



 こいつらはそれを知らない。

 僕の中で燻っているこの感情を。

 決して消えることのない、憤怒。


 なにもかもを飲み込む、虚無の感情を。

 だから、僕を相手にしてまだ平気でいられるのだ。

 ただの小僧だと、小娘だと、鉄屑から出来た案山子だと。



「舐めやがって………」



 敵は左右に散開しながら二十ミリ機関砲による牽制。

 僕はそれを敵火器管制装置の偏差射撃性能を逆算しながら回避。

 敵が半手動でこちらへの偏差を修正することも考えたが、そうなればすぐに分かる。


 共和国軍正式採用機SIM-9は、性能に差はあれAIを搭載し戦闘補助を司る。

 対して、帝国軍のシミュラクラ、共和国軍名称通常型戦列機一式こと《レギオン》。

 こいつはシミュラクラ統一規格に加えて、その汎用性を最大限に生かせるよう、フレーム自体は八方美人気味になっている。


 装備の換装によって最大限の性能を発揮するタイプだ。

 その《レギオン》に代わり映えのない、標準的装備を載せれば、見事に八方美人になる。

 機動性も、火力も、装甲も、なにもかもが、中途半端だ。


 電子戦能力も、僕らに及ばない。

 僕とS-175の力は、こいつらでは止められない。

 止めさせてなるものか。



『FCS分析終了。回避パターン修正』


「さあ、僕たちの力を見せてやろう。S-175」


『訓練の成果を見せてくれ、ソニア』


「もちろん!」



 障害物もなにもない場所で、敵弾を回避する方法。

 これは僕がシミュレータで身をもって知った。

 敵の照準の癖を把握し、掌握し、こちらを補足させないこと。


 敵がFCSによる偏差修正に頼り切っているならば、それは容易い。

 僕はシミュラクラを意のままに操ることが出来、S-175は敵の情報分析にかけて最強だ。

 結果として、僕らはまるで踊るように、避ける。


 スライドし、回転し、急加速しては急減速。

 重力加速度に振り回され、ほとんど空っぽの胃が振り回される。

 シミュレータの結果は、僕の体と頭に染み付いて馴染んでいる。


 次の手を、次の次の手を。

 敵よりも一手先に行動し、予測し、把握し、御する。

 ワインを舌の上で転がすように、掌の上でダイスを弄ぶように。



『なぜだ……なぜ当たらん!?』



 エーベルドルフの焦った声が聞こえ始める。

 マガジンを交換し、再びやたらめったら撃ち始めるが、当たるわけがない。

 僕はほくそ笑みながら三点バーストでエーベルドルフの二十ミリ機関砲を破壊する。


 最初にカラクリに気がついたのは、賢しい臣下のほうだ。

 彼はエーベルドルフが武器を射抜かれたタイミングで、僕に誘導照準器を使った。

 けれども、それは間違いなんだ。


 僕がそれを考えていないとでも、思ったのか。

 その方式はたしかに誘導、捕捉はやってくれろだろう。

 けれど、偏差に関してはお前が修正してやらなきゃいけないんだ。



「あは、外れ!」



 予め考えていた通りに、僕は横方向へのスライド機動と後進と前進を組み合わせた陰湿な回避パターンを行う。

 バランサーを最低限にしているといっても、僕の体と頭は大分シミュラクラに慣れていて、こいつは最高に楽しい。

 回避パターンを実行しながら、アルフレッドの方も三点バーストで二十ミリ機関砲を破壊してやった。



『固定武装は対人機関銃のみだ』


「知ってる。あとはあの剣だけだ」


『再装填を』


「分かってる」



 壊れた武器を捨て、鞘から剣を抜き放つ二機のシミュラクラ。

 僕は彼らが今、どんなことを考えているかを思って、笑った。

 僕は本気で彼らを殺したかった。殺してやりたかった。


 それが、こんなにも上手くいくなんて。

 感動と歓喜で叫びたかった。中指を立ててやりたかった。

 でも、人間っていうのは、いつだって面倒なことをしやがるんだ。



『………主人、臣下の勤めを果たさせて頂ます』


『うむ。こやつを手向けとし、この戦果、お前にくれてやる』


『ありがたき幸せ。―――ヴァルハラで』


『ああ、ヴァルハラにて、再び』



 アルフレッドと呼ばれた男のシミュラクラが、両手で剣を構えた。

 胴体部、コックピットを両手で挟み込み、剣で正面装甲を補完する。

 攻撃されることを前提に、防御姿勢を取り、そのシミュラクラは突撃してきた。

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