第36話『復讐の機会』

 

 間違いない。

 何度確認しても、その気障ったらしい黒鋼色を見間違えるわけがない。

 全身の血液が沸騰して、歓喜と怒りでどうかなってしまいそうだった。



「こんなところで出会うなんて! 僕は運がいい……!!」


『ソニア、なにを―――』


「殺してやる。あいつらみんな、殺してやるんだ!」



 機体の負荷なんか知ったこっちゃない。

 僕は最大出力で電子妨害装置をぶん回しながら、さらに加速する。

 思い切りアクセルを踏んだみたいにぐんっと、僕らは突撃した。

 

 マルコム大尉の怒声が聞こえた気がしたけれど、気にならない。

 あっという間に僕は隊列の最前列に突出し、チャフ雲を突き抜けると同時に敵機をロック。

 視覚照準で胴体脆弱部をさらけ出していた三機に向け、最大発射速度での三点バースト。

 反動を感じる前に三発の二十ミリ機関砲弾は、射的みたいに敵機の胴体脆弱部に吸い込まれていく。

 思考が、感覚が、僕の感じるすべてが、彼と同化して光のように加速していく。

 計九発で三機の撃墜。これはいい点数が取れそうだ。


 チャフ雲から遅れてマルコム隊の三機が突撃し、面食らった貴族連中は僕に対処するため五機を残して分散する。

 マルコム隊の方にあの貴族様が行ったらいやだなと思っていると、黒鋼色のシミュラクラの一機が律儀にオープン回線で愚痴ってくれた。

 顔面の神経がイカれてしまったんじゃなかってくらいに、僕はにやにやしまくっていた。


 笑いが止まらなかった。

 こいつは遠隔操縦じゃない。

 ここにいる。ここにいるんだ。


 僕を、僕たちを。

 あのニートたちを。

 踏みにじったアイツが。



『なんと……ええい、またしてもS175か……!!』



 因縁めいたものを感じてくれているのか、貴族様がのたまった。

 困ってくれているようで僕は最高に感動している。

 ああ、こいつを困らせて痛めつけて、最終的に殺してやるまで、どれほどの罪を悔やませることができるだろう。


 それを考えるだけで脳幹が痺れるような感覚が弾ける。

 戦闘適用反応どころではなく、僕は今、生まれて初めて。

 この戦闘が起きたことを歓んで、楽しんでいる。



「ああそうだ、僕が相手だ。腐れ貴族」



 僕の前にいるのは、五機。

 けれど、そうこうしている間にチャフ雲から制御不能なF1カーみたいな速度で、プレデターが突っ込む。

 最初に反応した奴は僕が最大発射速度での三点バーストで黙らせ、最大出力で加速して砲弾を回避。


 真っ赤なプレデターが手近な一気に取り付くと、右手で思い切り殴りつける。

 右腕部に装着されている二連装一二〇ミリ成形炸薬弾頭が、杭のように胴体部に叩き込まれた。

 杭のようにと言ったけれど、実際にプレデターの右腕部に装着されているそれは、杭だ。


 二連装対装甲パイルバンカー。

 一二〇ミリ戦車砲弾の先端部を流用して作られたそれは、シミュラクラ程度の装甲なら容易く貫徹する。

 炸裂音がするとほぼ同時に、着弾点とは反対側から爆風が吹き抜けていった。



『突くのは得意でも突かれるのは不慣れみたいですね?』



 コードLの声が、静かに響く。

 不意打ちに慣れていないのか、不用意に一機がプレデターの方へ機体を傾かせた。

 僕は回避運動のスライド機動をとりながら、そいつの胴体側面に二十ミリをぶちこんでやる。


 どうやら直接シミュラクラを操るのに慣れていないらしい。

 だから視野が狭いし、反応が場当たり的で、その瞬間に敵に狙われるという危機感がない。

 まるでリィンハイトにしてやられた僕みたいに。



『小癪なぁ……!!』



 貴族野郎の機体らしき一機が、僕目掛けて機関砲をぶっぱなしてくる。

 僕はそれを、急加速と左右へのスライド移動、そして急速後退で避ける。

 スーツバランサーの安定性を最低にまで引き下げて、超高速でローラースケートをやってるみたいだ。


 それが楽しかった。

 残った四機は僕に貴族野郎ともう一機、そしてプレデターに二機と隊列を組みなおす。

 僕らは二機で、あっちは四機だ。


 それでも負ける気がしない。

 いや、違う。

 僕は負けるわけにはいかない。


 ここで負けてしまったのなら。

 僕は復讐の機会を永遠に失ってしまうかもしれない。

 この貴族が、僕の手の届かぬところで、死ぬかもしれない。


 それは許さない。

 僕は奴が僕らにしたことを、赦せない。

 だからこそ、僕はここでこいつを、殺さねばならない。



「僕の名前はソニアだ。腐れ貴族……お前が首都で殺した、発電ユニットの一人……」



 黒鋼のシミュラクラが、僕を睨む。


 

『どこまでも小癪な……発電機風情が、二度も私の顔に泥を……!!』



 怒りに震える声を聞いて、僕はざまあみやがれ、と思った。

 僕はここでまず、初めの復讐を果たそう。

 帝国に対する復讐の、まず一歩として。

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