第35話『会敵』

 補給線が延びきってろくに準備砲撃も出来ない敵に、僕らは突撃する。

 ロケットの雨が炸裂し、充填された爆薬が手当たり次第に当たりを爆風と爆圧によって制圧する。

 しかし、さすがにこうした妨害も一応想定に入っていたのか、包囲を狙う帝国軍部隊は二手に分かれた。

 すなわち、このまま敵後方へ進出する包囲部隊と、包囲を崩さんとする僕らを妨害する部隊とに。



『こちらトファルディ! 一個戦車隊を残し、我々は数の多い敵包囲部隊を攻撃する。任務部隊は妨害する敵機を迎撃しろ!』



 重装甲のシミュラクラと戦車の一団が、まるでなにかの演劇みたいな動きで右に緩やかに離脱していった。

 言ったとおり、トファルディ所属の戦車隊が一つ、僕らの前に残っていた。あちこちに弁当箱みたいな爆発反応装甲をつけた、平べったい戦車たちだ。

 僕らの襲撃に気付いた敵の部隊が牽制とばかりに火砲を撃ちまくってきたけれど、その弾幕は部隊規模から考えるにしょぼいとしか言えなかった。

 補給状況が芳しくない上、ここで迎撃部隊に砲弾を浪費してしまっては包囲した後にそれを維持できないと考えているに違いない。



『トファルディへ。任務部隊了解した。これより敵妨害部隊を破砕し、トファルディの包囲部隊襲撃を援護する。各機続け』


『『了解!』』



 第一班のマルコム、フィッシャー、メアリーの三機がぐっと機体を屈め、前面投影面積を出来るだけ小さくする。

 所謂、シミュラクラの戦闘マニュアルによる『突撃姿勢アサルト・ポジション』で、僕もそれに倣って機体を屈める。

 そんな状態でも時速八〇キロで僕らは進んでいるため、僕はこの体勢変更ですっ転ばないように気を使う羽目になった。

 仮想現実での演習でも、この姿勢は何十回と取ったし、体に染み付いている。

 その上、バランサーとS-175の補助もあるから、本当ならそんなに気にする必要はないのだが、それでもやっぱりすり身にはなりたくないのだ。



『こちらコードL、第二班も追従しますよ』


「ソニア伍長も了解」



 トファルディの戦車隊を先頭に、僕らは突撃していく。

 僕の隣にいる真っ赤なプレデターは、逆間接を生かしてヒト型ではできないような低さになっている。

 おまけに尻尾まであるから、その尻尾を使って重心やバランスを調整している。

 実用性としてならあれはあれでアリなのだと、僕は感心した。

 といっても、操縦している間、僕の足が逆間接になっておまけに尻尾も生えるとなると、乗るのは勘弁だった。



『ソニア』



 高速で過ぎ去る風景と、ロケットに続いて降り注ぐタグ付けされた砲弾の雨を見ていた僕は、S-175の声が硬いことに気がつかない。



「なに?」


『敵部隊は―――』



 ビーッ、ビーッ、ビーッ。

 耳障りなビープ音。僕はそれがミサイル警報だと知っている。

 急いでチャフを撒布しようとしたが、それよりも第一班のフィッシャーが部隊前面にチャフ・グレネードを展開するほうがずっと速かった。

 四〇ミリの小粒が、ぽぽぽぽん、と勢い良く前方に弾き飛ばされて、キラキラとしたものが前方に広がった。


 けれど、先行していたトファルディの戦車部隊だけはそのチャフ雲から突き抜けてしまったのが見えた。

 ビープ音が鳴っている。光の尾を引きながら、なにかが戦車に向かっていくのが見えた。ミサイルだ。

 そして、僕らの前でそれは炸裂した。


 トファルディの戦車隊の数は四両で、そのうちの二両にミサイルが直撃した。

 二両は砲塔と車体の間に直撃弾を貰い、弾薬が誘爆して重さ十数トンの砲塔が玩具みたいに真上に吹き飛んだ。

 運が悪かったとしか言いようがない。爆発反応装甲がない部分に直撃を貰うだなんて。



『二番車と三番車がやられた! スモークを―――』


『撒布するな! このまま迎撃しろ! ここで視界を切っても距離を詰められるだけだ!!』


『りょ、了解!』



 マルコム大尉が怒鳴りつけると、戦車隊の小隊長はおっかなびっくりしながら停車し、砲撃を開始する。

 それを追い越して僕らシミュラクラ部隊が突撃しながら、各々が持ちうるあらゆる妨害手段を使ってミサイルに対抗した。

 フィッシャーの機体はがちがちの右半身を前に、半身の状態で装甲し、左半身側の欺瞞手段をありったけ前方や周囲にぶちまけている。

 フレア、チャフ、撹乱用のなんやかんやが最大出力で放出され、続いて飛来した四発の対戦車ミサイルは見当はずれな方向へと飛んでいった。



『ソニア、敵部隊だが』


「敵の識別ができたの?」


『ああ、そうだ』



 プレデターと肩を並べ、僕の頭の中のプロトコルが戦闘反応を起こし、アドレナリンが噴出する。

 ハイになってしまいそうな僕をなだめるように、S-175が電子的鎮静剤を投与してなんとかバランスが取れているらしい。

 突撃する三機のシミュラクラの背中を見つめながら、僕はS-175の言葉を聞いた。



『敵はエーベルフドルフ家の黒いシミュラクラ部隊だ』


「………へぇ?」



 にたぁ、と口元が緩んだ。

 アドレナリンが、血が、流れていく。

 ぷつぷつぷつ、と僕の中のなにかが次々に壊れていく。



 壊れていく? それは不思議だ。



 僕は最初から壊れていたじゃないか。

  


 僕は最初に壊されてしまったじゃないか。



 僕は、僕は、僕は、僕は――――――。




「………あははっ!!」 




 僕は、僕を縛っているものすべてを解除した。

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