第32話『覚悟』


 ヤン・ソビエスキー士官学校ならびに、ニュー・ワルシャワ市に集結した共和国軍は臨時編成の戦闘団を形成している。

 第四装甲騎兵師団『トファルディ』第七独立連隊『スカンチスキ』第九首都防衛師団『グルィフ』などなど、さまざまな部隊がここで再編成されている。

 僕らはここでようやく、国境周辺に展開していた部隊はほぼ全滅、あるいは包囲殲滅され軍事組織としては完全に消滅していることを知らされた。

 沿岸部は海軍の支援もあり犠牲は出たが退却に成功したものの、対する山岳部は離脱ルートが限られていたために脱出に失敗するケースが多かったのだそうだ。

 


「状況は芳しくない。政治中枢が所在不明であり、陸軍総司令部も連絡がつかず、我々は柔軟に対応する必要がある」



 ヤン・ソビエスキー士官学校の本館、二階。

 どこかのオフィスビルの一室のようなブリーフィングルームの一つで、フランシス・シュヴァルツ少将がそう断言する。

 年の所為か灰色がかった頭髪は短く纏められ、皺の少ない顔は表情筋が必要以上に発達してしまったような、厳つい風貌をしている。

 岩から生えてきましたといったふうな無骨な鼻に、常に睨みつけているような碧眼。

 失礼きわまりないけれど、僕はシュヴァルツ少将がたまに瞬きをすると、とても感慨深く思ってしまうのだ。

 ああ、この人って戦闘用サイボーグとかじゃなくって、本当に人間なんだな、と。



「では、目下この戦闘団は少将の指揮下にあるということなのですか?」


 

 毅然とした態度で声をあげるのは、ハル少佐だ。

 でもやっぱり見た目も声も十一才の彼女が軍服姿でそう言うのは、慣れていないとなかなかコミカルに映ってしまう。

 けれどシュヴァルツ少将はその碧眼で彼女を睨みつけると、静かに返す。



「そうだ。現在、私が最上級の指揮官として現場指揮に当たっている」


「シュヴァルツ戦闘団というわけですね。我々、海軍陸戦隊、任務部隊一七八九はその指揮下に入りますが」


「配置は考えてある。市街地郊外、北側の守備を頼みたい。セント・ジョージ宇宙港への脱出便がでている」


「宇宙港? マスドライバーでの脱出を?」


「空輸が主体だ。宇宙へは出ない。宇宙軍にそこまでの戦力はもうない」



 ハルの表情が曇る。

 宇宙軍はもうアテにならないと聞かされ、僕以外の面々の表情も曇った。

 僕のデータによれば、共和国宇宙軍はそれなり以上の規模を誇っていたはずなのだが。

 少し悩んだ後、ハルは再び声を搾り出した。



「空軍もセント・ジョージ宇宙港に展開しているのですか? 航空支援は?」


「小型機で編成された部隊が宇宙港には展開している。宇宙港周辺の防衛でこちらまで手が廻らないそうだ。幸い、制空権は取れているため、航空戦力による蹂躙という自体は避けられている」


「そちらも我々と同じ状況なのでしょうか。つまり、混成戦闘団という意味ですが」


「そうだ。あちらは空港警備隊を主軸とし、陸・空軍と、特別技術実証嚮導団からも何機かいるそうだ」


「特技団からもですか?」


「逃げ延びてきたらしい。なんにせよ、このニュー・ワルシャワへ援軍を送る余裕はないだろう」



 フムン、とハルは腕を組んで考え始める。

 ブリーフィングルームのフィルムディスプレイには、暫定的な戦線が引かれた地図が表示されていた。

 北の端っこはパーシュミリア連邦との国境、山岳地帯で、そこから南にいったところから、セント・ジョージ宇宙港、ニュー・ワルシャワ、グダニスクの三つの拠点が海岸までの線を引いている。これが共和国軍の防衛線、戦線であって、その戦線から西側はすでに帝国軍の占領地だ。

 ニルドリッヒ共和国首都、セント・ピーターズバーグは、国土のほぼ真ん中よりやや南西に位置していた。

 そしてニュー・ワルシャワはそのセント・ピーターズバーグから、東へと進んだところにある。

 


「オレたちの国は残り三分の一しかねえわけか。世知辛い世の中だぜ」



 メアリーが貧乏揺すりをしながらそう呟くと、隣に座っていたフィッシャーの顔に笑みが差し込み、白い歯が光る。

 


「俺の勤務地は国境周辺だったからここらは新鮮だな。このあとは連合行きときたもんだ。初めての海外が本土失陥による亡命のためとはな」


「オレだって初めて………じゃねえな。オレはパーシュミリアにも行ってたか。海外なんて楽しむ余裕も時間もなかったけどな」


「前の戦役は酷かったらしいもんな。俺はあの時も国境警備で選抜からは漏れちまった」



 ハルとシュヴァルツがまた話し合いを、今度は小さな声でしはじめると、二人は体勢を崩してまた喋り始める。



「志願したならつれてきゃ良かったんだ。お前の腕ならよく働けただろうによ」


「曲がりなりにも遠征軍だから、補給の都合もあるだろ。俺の機体構成じゃあ、ってことだよ」


「………ああ、たしかにあのトンチンカンな装備じゃ、補給も整備も楽じゃねえだろうな」


「そういうこった。国境警備の連中は、結構装備の自由度高かったからよ」



 苦笑しながら言うフィッシャーの表情は、遠くを見ていた。

 バルブレッジ・フィッシャー三等軍曹の所属は、国境警備を担当し、有事においては主力となるはずだった第1機甲師団、その第2連隊。

 第1機甲師団は帝国軍の進撃により戦線が崩壊したため、両翼援護なしで孤立し、包囲殲滅されたということが確認されている。

 フィッシャー達、第2連隊は包囲突破のための作戦行動中に本隊と切り離され、散り散りになりながらも少数が首都へ逃げ込んだのだと。


 他の二人、つまりはメアリーとマルコムの経緯も似たようなものだった。

 メアリーは第九首都防衛師団『グルィフ』所属で、シュヴァルツ少将の部下でもある。

 とはいっても、第九首都防衛師団『グルィフ』は政府命令により市街地での篭城ではなく、首都郊外へ進出した結果、戦闘で半壊し、生き残りも首都の市街地戦でほとんどが殲滅されている。メアリーはその過程でマルコム大尉に拾われて、今ここにいる。

 マルコム大尉はサイモン准尉と同じ教導隊の所属で、混乱する首都において各部隊を纏め上げ、後退を指示し殿となった結果、あの海軍工廠に逃げ延びた口だった。平時においては帝国軍として振る舞い、味方を相手に演習を行い、ほぼ連戦連勝という頭のイカれた部隊が教導隊、つまりはアグレッサーであり、それを考えればマルコム大尉の安定度も納得がいく。



 全員、修羅場を生き抜いてきた。

 それは僕を含めて、ということになるのかもしれない。

 少なくとも、ここに帝国軍を前にして怖気づいて一発も撃たない、なんてチキンはいなかった。

 僕らの覚悟は、とっくの昔に出来ていた。

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