第31話『ニュー・ワルシャワ』
棄てられた車だらけの国道を全速力で走って、僕らはまだ陽があるうちにニュー・ワルシャワへ入場した。
途中から二機の攻撃ヘリコプターが護衛として付いて来てくれたらしいのだが、何分直線距離で二キロも離れたところで低空飛行していたそうなので、いったいどんな機体でどんな色をしていて、どんな武装を搭載しているのかすら、まったくもって分からず仕舞いだった。声も顔も分からない相手に護衛されていたっていうと、なんだか変な気分だ。
とはいえ、そのお陰なのか僕らはなにも問題なく拠点へ来れたのだ。
ニュー・ワルシャワはかねてより防衛拠点として都市設計がなされ、またそのための土地を平時においても利用する為に士官学校が設けられている。
士官学校は敷地内に鉄道路線を有していて、さらには武器庫や格納庫、整備工場まで完備している上、広大な校庭はヘリコプターや短距離離着陸機の滑走路にもなる。
市街地にしても見た目は観光地のような中世風の趣きがある、背の低い建物が並んでいるけれど、その中にだって一部が軍用施設であることさえあるという。
きっと城塞都市をなにかの間違いで近代化してしまったら、こうなってしまうのだろうなというのが、ニュー・ワルシャワの全貌だった。
「城塞なんて意味あるのかな」
『遮蔽物としては有用だ。費用対効果の政治調整が難しかったらしいが』
「……政治家の仕事も大変そうだね」
『調整したのは軍高官なのだが』
「……ごめん」
『謝る必要はない』
背の低い城壁の門をくぐって、僕ら重トレーラーの車列はニュー・ワルシャワ市街へと入った。
さすがに大型エアクッション艇である『ヴェパール』は市街地にある門では入らないため、士官学校の敷地から入ることになったため、別行動だ。
別行動といっても相変わらず重トレーラーの運転はガーティベル任せで、そのベルなんかは不機嫌そうにデヴィッド・ボウイの「アンダー・プレッシャー」を調子っぱずれに歌っているものだから、キャビンで寝ていた僕なんかは耐えられなくなってキャビンを密閉し、結局はシミュラクラのドライバーシートで、S-175と繋がったまま熟睡していた。
シミュラクラのセンサーで捉えたニュー・ワルシャワ市街は、とても綺麗だった。
赤い屋根が軒先を連ね、赤みがかった煉瓦作りの建物が整然と並び、白い窓枠と色と噛み合わせ方がいろいろの玄関先のアーチが僕の時代感覚を遥か昔へと引き戻す。
センサーの情報として僕はこの市街地にほとんど民間人が残っていないということを知っていたし、重トレーラーが向かう先の検問などでは、道路の端から端までが土嚢を積み上げて作った簡易要塞と化していることまで分かっていたけれど、この街並みはいもしない人々の活気や暖かさが染み付いているようで、僕の心は暖かく、そして同時に寂しくもなった。
市街には陸軍歩兵たちがあちこちに展開しており、それぞれが連絡を取り合っているようだった。
シミュラクラ部隊は城壁付近に小隊規模が分散して配置されているのか、あまり見かけなかった。
代わりによく目に付いたのは歩兵の友ともいえる装甲車の類で、中には対空機関砲が砲身を水平位置に向けている姿もあった。
時折、ドォンッというとてつもない轟音がびりびりと大気を震わせ、市街の窓ガラスという窓ガラスを振動させる。
士官学校の方から榴弾砲が砲撃しているのだ、と推測することは僕の頭の中に入っているマニュアルが導き出せたけど、そんなことよりも僕はいつか窓ガラスが許容限界を超えて榴弾砲の発砲音とともに一斉に割れはじめて、無数の破片が僕ら目掛けて降り注ぐのではないかと気が気でなかった。
陸軍歩兵たちの誘導で市街をあっちこっちへと運ばれていると、メアリーが暇で退屈で刺激もなくて、今まさに死にそうだといわんばかりの顔で通信を開いてきた。
『んで、オレたちゃどこに向かうんだよベル。このまま奇跡を探しにヴィスワ河くんだりを作るわけじゃねえだろうが』
『ポーランドのヴィスワ河の奇跡ですか。それもよいですね。まあ、それを再現するのは無理であっても、我々はここをモスクワにすることくらいはできるでしょうね』
「モスクワって攻防戦の度に廃墟になってなかったっけ……」
『おい、ニュービーがなんかすげえ物騒なこと言ってるぞベル』
『まあ都市なんですからたまに廃墟くらいにはなりますよ、ええ』
『ダメじゃねえかよこのドアホ』
『我々の労働にケチをつけるならストライキを起こしますよ』
『起こしてみやがれシリコン頭』
『我々に頭部と呼ばれる部位はありませんので該当しませんな』
ぐっぐっぐ、というガーティベル特有の笑い声が響く。
そこで煽ってどうするんだよ、と僕が苦笑すると、予想通りにメアリーの罵詈雑言が炸裂した。
さらにそこに油を注いで水をかけるような振る舞いをガーティベルは続け、大炎上不可避となった辺りでチャンネルから離脱する。
どうやったら人間はあれほどの罵り言葉を言えるのだろうかという疑問と、人工知能が人間煽りまくることについての疑問が一挙に押し寄せてきたけれど、僕は冷静になって、いやいやどう考えたってあんなん真面目に考えることじゃないって、とその二つの疑問を同時にゴミ箱にドラックしてぽいっと捨てた。
僕らはゆっくりと士官学校への道筋を辿っていく。
―――
ヤン・ソビエスキー士官学校は市街の街並み同様に、これまた歴史的な建造物を思わせる見た目をしていた。
正面にはギリシャの神殿みたいな柱が並んでいて、それでいて作りの一部は僕に馴染み深いモダンな感じもあって、ちょっとちぐはぐに感じた。
たぶん、見た目だけでもしっかりとしたものにしようと、予算内でなんとかやりくりした結果なのかもしれないな、と僕は思った。
榴弾砲の砲撃音はもうかなり近く、腹の底まで震えるくらい音圧を感じる。
榴弾砲自体が見えていないのに、この距離になると僕の中の歩兵陸戦用0901マニュアルと、共和国軍基本形態プロトコルが反応して、榴弾砲の種別なんかを浮かべてくる。
今はそんなもの必要ないんだよ、と僕は僕自身の頭に囁きかけながら、シミュラクラのドライバーシートから荷台に降りる。
重トレーラーはヤン・ソビエスキー士官学校の校庭の端に縦一列になって停車しており、反対側には『ヴェパール』が見えた。
『ヴェパール』の近くには陸軍の兵站関係の兵士達が集まっていて、積み込んできた物資弾薬の荷降ろしをしているところだった
その隣には所在無さげに恐竜のようなシルエットの、赤いシミュラクラ、プレデターが佇んでいる。
シミュラクラは他にもいろいろいたけれど、僕らのような―――つまり、海軍任務部隊一七八九のような統制の取れてない編成ではなかった。
爆発反応装甲を装備した重装備のシミュラクラには第四装甲騎兵師団『トファルディ』所属であることを示すエンブレムが描かれている。
他にも国境防衛に当たっていた第七独立連隊『スカンチスキ』の生き残りや、第九首都防衛師団『グルィフ』の部隊がいた。
それらの部隊は僕らの部隊のように雑多な装備ではなく、それぞれが装備を揃え、迷彩も所属によって微妙に異なり、整っている。
彼らが正規軍だとしたら、僕らはまるで義勇軍かなにかみたいだなと、ちょっとだけ思った。
僕らは今のところ、元の所属も機体構成も、なにもかも違っている寄せ集めだ。
『ソニア、プレデターを確認した』
「うん。分かってるよ。仲良くする」
『サイモン准尉は―――』
「まだ死んだわけじゃない。彼は言ってただろ? 必ず迎えに来る、って」
『そうだ』
「だったら僕はそれを信じるよ。……
『私もそれは知っている。彼女は君と同じ、発電所生まれのドライバーだ。通じ合うことは可能だ』
「そうだね。僕だって友達が欲しい。僕の仲間はあの戦いでほとんどが死んじゃったし」
僕が苦笑しながらそう言うと、彼は困ったような唸り声をあげた。
どうやら彼はあの戦闘の惨状の一端が、自分にあると感じているらしかった。
そんなことないのにな、と僕は機体をそっと撫でる。
『ソニア―――』
「ううん。いいんだ。僕は救われた。救われてる。それは君がいるからなんだ、S-175」
『そうか』
「そうだよ?」
『フムン』
わざと悪戯っぽく僕が言うと、彼はむっとしたように黙ってしまう。
胸の奥がすっとして、とても安らかで楽しい気持ちが湧き上がってくる。
この感情の名前はなんだろうか、と僕は思う。
僕はまだ、この感情につけるべき名前も、ついているかもしれない名前も、知らないでいた。
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