第30話『ザ・ファイト・ソング』


 機体を重トレーラーに載せた後、僕らはコウォブジェクを出発した。

 重トレーラーは非装甲の操縦席に戦術データリンクなどを搭載していて、そこからガーティベルが四両の重トレーラーの操縦と《ヴェパール》の操縦のすべてを担当するのだという。

 僕が心配して、



「余所見運転はやめてよね」



 と言ったら、ガーティベルはくぐもった笑い声の後に答えた。



「目が二つだけというのは人間の偏見に他ならないですね」



 なるほど、機械というのは目が二つだけという固定概念がないのか、と僕は感心した。

 僕ら人間という奴らは頭が一つ、目玉が二つ……という具合に、最初から形が定まっている。

 けれど彼らにはそれがほとんどないのだ。

 自分が操作できる身体が自分の身体、ということだろう。

 とても自由ですばらしいことのように思える。


 そして、この多重労働への見返りとしてガーティベルは、一つの提案をした。

 マリリン・マンソンのフリークであるハルに対して労働環境の改善策を提案を、だ。

 単純に彼は音楽チャンネルの譲渡を求めたのだが、ハルはこれに対して毅然とした対応を取り、結果として僕らの輸送風景のBGMはマリリン・マンソンの「アンチキリスト・スーパースター」を初めとするロックミュージックになった。

 民主主義の盾であるところの僕らが、デスボイスとシャウトで政府に中指を立てるマリリン・マンソンをBGMにするのはどうかと思ったけど、けれども他の人たちはそれが「ロック」だとして笑って了承した。メアリーなんかはハルの見た目と趣味のギャップに笑いすぎて、うるさいとしてボイスチャンネルから一度キックされた。

 


「状況ってどうなってるの?」


『敵軍は制空権と兵站の攻勢限界に達しており、我々はその限界線よりも後方で防衛線を張っている』


「なるほど?」



 つまりは、だ。

 敵軍はMP切れみたいな状況にあっており、万全の状態で戦闘ができるような状態ではない。

 加えて、こちらの空軍はなんとか敵の攻撃を押し止めつつあり、空から攻撃される危険も少ない。

 他にも地理の問題や補給の問題もあり、帝国軍の全面的な攻勢の勢いは象の歩みとなりつつある、ということだ。



「ニュー・ワルシャワはその防衛線を構成する拠点の一つ、というわけだね」


『そういうことだ。軍事上の拠点というだけではない。脱出路でもある』


「……分かってる。ここがもし陥落すれば、脱出に必要な輸送手段に制限がかかるんだね」


『鉄道路線、整備された道路、飛行場にそれらの整備場がある上に、一定の要塞化がなされているのはニュー・ワルシャワしかない』


「ここが正念場ってわけだ」


『ああ、そうだ』



 重トレーラーのキャビン上で胡坐をかき、風になぶられながら僕はゼリーを飲み干す。

 なにもない道路を、四台の重トレーラーがディーゼル・エンジンの轟音を吐き出しながら進んでいく。

 一際でかい《ヴェパール》は僕らの後方にいる。いざとなったら猛スピードで援護しに来てくれるそうだ。



「そういえば、ハルってなんであの見た目でマンソンなんか好きになったんだろ」


『不明だ。ガーティベルは知っているかもしれないが』


「………戦いが一段落したら、聞いてみようかな」


『それがいい。生き残って、その疑問に答えを見つけるといい』


「うん。やることがあるっていうのは、いいことだもんね」


『向かうべき道を見つけるのもまた、人生だ』


「……良いこと言うね」


『よく言われる』



 くすり、と僕は苦笑しながら、キャビンの上から銃座に入って車内に入る。

 大型のトラックのように広々とした車内で、僕は横になって目をつぶった。

 以外にも、心地よい眠気は僕の瞼の裏からやってきて、つんけんとしている意識を安らかな睡眠へと連れ去っていった。



―――



 共和国の民主政治の守護者であるところの、海軍陸戦隊ハル少佐は艦長席で小さく丸まっていた。

 《ヴェパール》の艦橋(ブリッジ)はハルだけがおり、ガンガンと大音量でマリリン・マンソンの「ザ・ファイト・ソング」が流れている。

 インダストリアルな響きが鼓膜を震わせ、悪魔のようなメイクで国家社会主義党のフレーバーを添えたマンソンが「戦え!」と歌っていた。

 けれど、ハルは一人ぼっちで膝を抱えて、背中を丸めて、ただでさえ小さい体をさらに小さくしている。



『ハル、我々は人間のいうところの、慰める、という行為には疎いのですが―――』


「無理しなくてもいいの、ベル。私は軍事目的のための人造人間デザイン・チャイルドだから、頭では分かってる。今はただ、感情が整理できないだけです」


『そっくりそのまま言葉を返しましょう、ハル。我々はどこをどう見たって人工知能ですよ。人間を助け、おちょくり、悪友として共に歩むための人工知能なのです』


「……でも、ベル。あなたは私を優しく抱き締めたり、頭を撫でてくれたりはできないでしょう?」



 静かにハルが言えば、ガーティベルは押し黙った。

 お喋りで冗談と皮肉が大好きなこの英国風味の人工知能が押し黙るのは、なかなか珍しいことだった。

 ハルが落ち込む理由は単純だ。彼女は産み出されてから親のように慕っていた艦長のうち、もっとも親しくしていた二人を失ったのだ。


 アンソニー・マルセイユ、レフ・ボリスニコフの二人は、まるで本当の娘のようにハルを可愛がって、時に厳しく、時に優しく付き添った。

 どちらも妻に先立たれ、実子は軍役につく父親に愛想をつかしてすでに家を出て独立しており、もう十年近く顔も見ていないという男二人だった。

 本当の父親としては失格かもしれないし、休日のときの過ごし方がとってもつまらなくて、まだ小さいハルが二人を連れまわしていたこともあった。


 ゲームセンターや球場、水族館や博物館に遊園地。

 軍役とはまったく無関係の明るく楽しいところへ、ハルは二人を付き従えてよく出かけていた。

 そんな三人に誘われず、皮肉抜きで手を振って見送って、いつもの「まいったな、またか」と呟くのが、《フォルネウス》のアーサー艦長だった。


 生き残ったのはハルと、そのアーサーだけだった。

 二人の良き義父たちの顔は炎上するエアクッション艇のシルエット共に、ハルの記憶の中に焼き付いている。

 ハルも押し黙ったまま三分ほど経ったとき、フィルム・ディスプレイが展開され、アバターが表示された。



『ハル、こう言うのは恥ずかしいんだが』



 シルクハットに燕尾服の、いかにも英国紳士然とした青年のアバターである。

 こんな見た目をしていながらあんなとぼけたことを言っていたのかと、シミュラクラ・ドライバーは思うだろうか。

 ガーティベルはフィルムの中でシルクハットの鍔を下げ、目元を隠しながら言った。



『たぶん、マルセイユやボリスニコフのように、我々もまた君の育て親の一人だと思うんだ』


「……ええ、そうですね。だから、なにが言いたいんですか?」


『マリリン・マンソンの歌声と歌詞にだって耐えて見せるから、だから、落ち込むなとも言わないから、顔をあげてくれるかな?』



 帽子の鍔の下から青い瞳を覗かせて、ガーティベルは言った。

 そもそもガーティベルが自分のアバターを使うことなど、滅多にないことだった。

 自称人間の悪友は、この『ヴェパール』にホログラム投影装置がないことを理由に、自分というキャラクターを『ヴェパール』のあちこちにあるカメラ・アイに落とし込んでいて、人間的な見た目を持つアバターなどの利用はほとんどしないのだ。

 実のところ、ホログラム投影装置がある艦でもガーティベルは『ヴェパールに搭載されているカメラ・アイの切抜き画像』を使って会話するので、ハルは真実を知ってる。


 ガーティベルは恥ずかしがり屋のネット弁慶だ。人工知能なのに。

 こうしてアバターをさらして話しかけているということだけでも、立派に意味があるのだ。

 涙と鼻水でトッピングされた幼い横顔に、苦笑というスパイスを添えて、ハルは鼻で笑った。



「紳士って、もっともっと優しくって頼りがいがあるものなんですよ、ベル」


『………あのですね、そいつはさすがに我々も傷つきますよ、ハル』



 フィルム・ディスプレイが収納され、不満げにガーティベルがカメラ・アイをちかちかと点滅させた。

 ハルは心の底から、この人工知能がいてくれて良かったと思った。

 でも、それは恥ずかしいから口にはしなかった。誰かさんに似て。

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