第29話『海から陸へ』


 LCACの乗り心地ははっきりと言って最悪だった。

 フィッティングを終え、弾薬の補給と各自最低限の四時間の休息の後に、彼とリンクした僕は海軍のエアクッション艇でコウォブジェクの浜辺へと上陸することになったのだが、流動食だけで食事をすませておいてよかったと心底思った。

 『ヴェパール』と原理的には同じエアクッション艇でも、LCACと呼ばれるものは輸送特化型のものだ。

 見た目は板の上にでっかい扇風機みたいなファンが二つ、お尻側についていて、それの縁に操縦席とかがへばり付いてるようなもの。

 真ん中あたりはすっぽりと補給品用のスペースになっていて、僕と彼はそのスペースの一番前に、膝をついて船旅をするはめになったのだ。



「こんなことなら《ヴェパール》に乗りたかった……」


『お前が《ヴェパール》に乗ってた機体をぶっ壊したからだろうが』


「それはそうなんだけど………うぇっぷ」



 胃袋の中で流動食が大航海時代になりつつある僕を見て、メアリーが呆れ顔で言った。

 大型で単独運用前提の《ヴェパール》はどう頑張っても《アスカロン》のウェルドッグには入らない。

 となれば、僕が今乗り込んでいるシミュラクラを《ヴェパール》に乗せるには、甲板上までエレベータで運搬し、クレーンを使い釣り上げて、血税によって賄われたヒト型兵器が海水の中にドボンするというプレッシャーと戦いながらゆっくりとそっと乗せなければならない。

 もちろん、そんな時間はなかったし、僕が主張したところでそうなるわけでもない。


 ざぶん、ざぶん、と大きく揺られながら、僕は自分がぶっ壊した機体のことで本気で後悔しはじめていた。

 そうこうしている内にLCACはコウォブジェクの浜辺目掛けて突撃していき、おおよそ十分くらいでビーチングすることができた。

 浜辺にLCACが乗り上げ、ガスタービンエンジンの甲高い音が少しだけ落ち着き、ロードマスターが右手で「前進しろ」と指示を送る。



「了解。前進」



 胃袋の中身が逆流しないことを祈りながら、僕は彼の身体で立ち上がり、コウォブジェクの浜辺に上陸する。

 綺麗な砂浜に堤防があり、夏には観光客が群がっているであろう売店が、シャッターを閉じた状態で鎮座していた。

 海水浴シーズンから丸っきり外れているからか、民間人の姿はなく、堤防の上で陸軍の野戦服を着込んだ歩兵が即席陣地からこちらを睨んでいる。



『こちら《ヴェパール》、ビーチング完了。シミュラクラ隊は作戦通りに。ガーティベル、こちらは補給物資を貨物列車へ移送しましょう』


『陸軍は地に足ついてたほうがいいな。ソニア、こっちに来い。あとは補給部隊の仕事だ。《オレルス》のマルコム大尉と合流すっぞ』


「了解。……うぅ、また地面が揺れてる感じがする」


『吐くならリンク切ってオートにしとけ。今のお前の体重はトン換算ってことを忘れんなよ』


「りょ、了解……」



 とりあえず、僕はメアリーに言われたとおりにしてすっきりした。

 ここのところを詳しく書くつもりはない。書いたって僕が得をしない。

 すっきりした後、僕は再びリンクしてメアリー、フィッシャー、マルコムの機体と合流する。


 堤防を越えた先にある駅にまで歩いたけど、この短距離で僕は地面がアスファルトじゃなくて砂と土なので、少しだけ歩き方に工夫がいることを知った。

 こうした細かな点をドライバーが逐一調整していけるのが脳神経直結方式だ、とダンが言ってたっけ。

 反面、ドライバーの能力に左右され易く、遊びが少ないのが欠点だ、とも。


 実際問題として、僕はこの方式の操縦方法はなかなか利点と欠点が曖昧だと思う。

 ずぶの素人同然の僕であっても、S-175の補佐があれば十分以上に戦えているのは、僕が操縦ではなく機体を自分の身体として扱えているからだ。

 これがスティックとペダル、そしてスイッチやキーボードを用いてモニターを見ながらの操縦となったら、僕はなにも出来ずに死んでいただろう。


 その反面、僕という人間が機械の身体で動き回るために、機体各部の疲労があべこべになるという面もある。

 本来であれば負荷をかけないようにする部位にも、僕の動かし方によって負荷がかかってしまうことだってあるのだ。

 もちろんそうした点はS-175が補佐してくれるのだけど、それにしたって限界がある。いちいち僕の操作に介入してたら直結の意味がない。



『観測班動くなよ! HMG班も待機だ! ATM班、お前もだぞ!』



 堤防の上では下士官らしき人物が指差して怒鳴り声をあげている。

 他の陸軍の歩兵達が僕達シミュラクラ部隊を見上げて、口々に「頼んだぞ」だとか「やってくれよ」とか、呟いていた。

 土嚢で作られた即席のトーチカが堤防の上にいくつもあった。

 その中には重機関銃だったり、対戦車ミサイルであったり、砲兵隊の弾着観測班だったりがいる。

 即席の沿岸防御地点らしいが、どうやら仕事が終わったら逃げる前提らしく、兵員輸送車が堤防のすぐ脇に止まっていた。



『海軍陸戦隊、重トレーラーの準備は出来てるぞ。駅の向こうだ』


『こちらはハル少佐。陸軍のシコルスキ大尉ですね? 感謝します』


『なんてことはないハル少佐。こっちも避難民の退去完了次第、撤収する。ワルシャワを頼んだ』


『ありがとうございます』



 ハルが少しだけ弾んだ声で言うのを聞きながら、僕らは駅を避けて路線を跨ぎ、重トレーラーの元へと向かう。

 重トレーラーは僕らの機体の数だけあった。僕らはこれに機体を積み込み、それを《ヴェパール》が管制してニュー・ワルシャワへ向かう。

 生き残ったもう一隻のエアクッション艇である《オレルス》は、このコウォブジェクの市民避難任務を行い、そのまま《アスカロン》と共に撤退する。


 《アスカロン》を初めとする高速輸送分艦隊は、この任務でコウォブジェク市民五万人を移送する必要があり、そのため《アスカロン》は物資と武装弾薬のほとんどをこの補給任務で降ろす必要があった。

 幸いというべきか、不幸と言うべきか、首都脱出を果たしたエアクッション艇はたったの二隻であり、そのどちらにも民間人はほとんど乗っていない。

 そのためにニュー・ワルシャワ向けの余剰物資が出来、さらには《アスカロン》以外の艦艇を先行させ、すでに目標人数のほとんどは達成されている。

 あとに残った市民は、おおよそ八千人で、これを《アスカロン》と《オレルス》に乗せ、彼らは脱出することになる。



『ソニア、ここから先はドライブだ。運転はガーティベルに任せとけ』


「了解。僕はなにをすればいい?」


『寝てろ』


「ね、寝てろって……」


『てめえはこん中で一番体力がねえんだ。いざって時に備えて寝てろ』


「は、はい……」



 ちぐはぐ装備のフィッシャー機、渋染めのマルコム機、そしてカタナを背負ったメアリー機。

 それぞれが陸軍歩兵の「おーらい! おーらい!」という誘導の声と、セミオートの誘導装置で重トレーラーに装備と機体を載せていく。

 


『オートでも構わない』


「いや、僕がやるよ。なんでも任せっぱなしは悪い」


『了解した。ユー・ハヴ』


「ありがと。アイ・ハヴ」



 僕はそっと装備していた二〇ミリ機関砲を重トレーラーのラックに載せた。

 壊さないようにそっと、今度の換えはないのだと言い聞かせながら、そっと。

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