第28話『Do your best』
僕は双胴輸送船『アスカロン』のウェルドックで、次の搭乗機とのフィッティングをするはめになった。
この短期間に二機のシミュラクラをぶっ壊したという前科は、補給のないこの撤退戦においてかなりハンデとなる。
いくらシミュラクラの原型が作業用機械であったといっても、台数は限られている上にこれは自動車より大分思いしデカイ。
そんな兵器がポンポン壊されていることが知れたら、血税の無駄遣いだと糾弾されるに違いない。
『ソニアK51、本来であればフィッティングは複数回行うものではない。健康上の懸念からこれを拒否すること出来る』
「ん、ありがとS-175。でも僕は大丈夫だよ。むしろ、こんな時に戦えない方が辛いんだ」
『君がそう言うのであれば、私にそれを拒否する権限はない。ドライバーの安全は私が護ろう』
「頼もしいね」
『前任者は死んでいる。保証はない』
「分かってる」
『そうか』
静かにそう答えるのは、新しいシミュラクラに取り付けられたS-175だ。
僕の新しい機体、そして彼の新しい身体は、練習機などではなく、れっきとした戦闘用の機体だ。
安定性は練習機と比べて落ちてはいるものの、その分だけ即応性が上がっている。
共和国正式採用機体、最新型のSIM-9。
それの標準装備、というよりかは、バニラと言った方が良いだろうか。
部隊ごと、あるいは個人ごとに装備のカスタマイズが認められている中でも、これはまったくの手付かずのままだ。
「工場から持ち出してきたんだろう」
と機付長のダンは言っていた。
丸っきりの新品は中古品よりも手強い、とも苦笑しながら零していたなと、僕は慌しく動いている整備兵たちを見ながら思う。
ダンを初めとする整備兵と、その整備兵たちを支える補給部隊、補給部隊が運ぶ物資がなけらば、僕らは満足に戦えないのだ。
今、僕は市販の迷彩服ではなく、共和国海軍陸戦隊のネイヴィーブルーが特徴的なドライバースーツを着込んでいる。
これはシミュラクラの機動によって生ずる、身体への負荷を減少させる役目があるものだ。
しかし、拳銃弾程度の防弾と防刃性を持っているとはいえ、なんでこんなにぴっちりとしているんだろうと思う。
生地自体は思ったより薄くないけど、薄い部類に入るかもしれない。
むしろ防弾と防刃性能を満たすために柔らかくもなく、一部は思い切りごわごわしていて硬い。
しかもそれでいて保温性能まで求められている上に、ヘルメットを付けて防護服になるようにも設計されている。
僕のは海軍陸戦隊仕様のものなので、ここに防水性を盛り込み、潜水時のためのフラッシュライトなどがヘルメットに内蔵されている。
それと、僕の腰のホルスターには発電所からの付き合いになる四五口径の拳銃が入っている。
レプリカとはいえ、この拳銃はずっしりとしていて、大口径の割に僕の小さな手にしっくりと合う。
四五口径なんてのは軍の正式採用口径である九ミリよりずっと大きいけれど、その重さは僕に自信を与えてくれる。
「………僕はやれるかな」
『やれると言ったほうがいいか?』
「なにも言わずにやれるって言ってくれた方がよかったのに」
『すまない』
「いいよ」
『ありがとう』
とても落ち着く声だ、と僕は胸が安らぐのを感じる。
彼の声は人間の声ではなく、データとしての人工物、あるいは人間のそれを模倣したものに過ぎないのに。
僕は人間の声よりもその声に引き寄せられ、心を癒されている。
こんな、何気ない会話でも僕という人間は、大いに満足しているのだ。
それをたかが機械との他愛無い会話と呼ばれたって、気にするものではない。
僕は僕自身の感性にしたがって、彼に癒され、彼に安らぎ、胸をときめかせるのだ。
潮の匂いと機械油の匂いが混じり合い、灰色の艦内を白色電灯が照らしている。
ここにあるシミュラクラは僕のために宛がわれたSIM-9と、補給用予備の三機がある。
そのどれもが陸軍などよりも色合いの濃い深緑色で塗装されていた。
他には上陸のための揚陸艇などが並んでいて、補給物資が山積みになっている。
武器弾薬はもちろんとして、日用品と飲用水に、あとは水浄化装置用の燃料などだ。
篭城するには兵士がおり、兵士を支える為に多数の軍属がおり、それを持たせるには物資がいる。
僕らよりも物資が優先されているのは、そのためだ。
撃つための弾がなくては戦えず、戦うための身体が万全でなければならない。
それを保つための補給であり、補給部隊なのだ。
「……僕らが戦うための補給線は、大丈夫かな」
『幸いにして、補給の問題は帝国軍も同じ状況だ。電撃的作戦展開に、補給がついて来ていないだろう。各地で共和国軍が基幹インフラの破壊工作を行ったからな』
「鉄道とか?」
『他にもいろいろだ。私からは言いたくはない』
「……分かった」
きっと、生活インフラも含まれているのだろうな、と僕は察した。
発電所を初めとする、近代的な人間に必要なインフラを破壊することで、駐留する軍隊のみならず、その占領地の不満を増加させ、統治者への反抗を促す。
もちろん、この反抗―――俗に言う、レジスタンスやパルチザンと呼ばれる活動には、軍関係者が潜り込んでいて、あの手この手で武器爆薬を供給して敵を主戦線とは別の場所に一定数貼り付けさせるのだ。
放置するには過激すぎ、鎮圧するには労力がいるという、この手の面倒くさい事柄は、古来より優勢な敵軍に対するもっとも卑劣でオーソドックスな反抗スタイルなのだ。
「………長くなりそうだね」
『我々の働き次第だ』
僕がこの戦争の行く先のことを考えて、ぽつりと言うと。
彼は静かにそう言った。
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