第三章:戦略的撤退
第27話『目的地まで何マイル?』
僕らが補給を終えると、行き先はすぐに決まった。
それは共和国のマリアネス連合側にある、ニュー・ワルシャワ市だ。
士官学校を有するこの都市は、現在陸軍を中核とした部隊が終結中であり、連合側への脱出する人々や物資が集っているというのだ。
「我々、任務部隊一七八九は陸軍軍事計画【プロジェクト11】の援護のため、これより沿岸部へ上陸しニュー・ワルシャワへ向かいます」
僕らが再び多くのものを失ったのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
この会議室の中に集まったのは、各艦艇の主要メンバーとシミュラクラのドライバーたちのはずだったのに。
今ではもう、その数は半分ほどになっている。
簡素な椅子に座ったのは、僕ことソニアK51と、コードL、マルコム・フレミング大尉、メアリー・ラッセルズ少尉、バルブレッジ・フィッシャー三等軍曹。
他には生き残ったエアクッション艇の機関長の二人と、陸軍や軍属から掻き集められた整備班の班長の二人に、共に生き残ったエアクッション艇の《フォルネウス》のアーサー艦長、そして
着席はしていないものの、AIであるガーティ・ベルに、ペチュニアもこの会議に出席していることになっている。
「具体的な作戦案はあるんだよな?」
足を組んだ状態でメアリーが
ハルは表情を変えずに答える。
「作戦案もなしに行動はしません。我々はこれより沿岸部のコウォブジェクへ上陸し、ここに臨時橋頭堡を確保します」
「橋頭堡確保後は、《アスカロン》からも小型揚陸艇での物資支援を行う予定だ。物資は陸軍が確保した列車によりニュー・ワルシャワへ先行輸送する。シミュラクラ部隊は陸軍からトレーラーを受け取り、それによってニュー・ワルシャワまで移動してくれ」
ハルが沿岸の都市を指し示し、アスカロンの艦長のルドヴィーク少佐が作戦説明を続ける。
長身だが長身というだけで、とりたてて太くもないルドヴィーク少佐は、後方勤務の軍人というにはぴったりな見た目をしているな、と僕は失礼ながらに思った。
それにしても、距離というやつは面倒この上ない問題だ。
海から上陸するというだけでも一苦労だというのに、それから先にまだ陸が続いている。
僕らはこの距離を無事に踏破しても喜ぶ間もなく、ニュー・ワルシャワ市の防衛に駆り立てられ、戦うことになる。
精神をしっかりと休めるポイントは、やっぱりこの陸路の中になるのだろうが、いつ帝国軍に襲われるとも知れない中で、眠れるのだろうかと僕は不安になった。
「移動後は展開中の第九首都防衛師団『グルィフ』のフランシス・シュヴァルツ少将の指揮下に入ります。他にも、第四装甲騎兵師団『トファルディ』や第七独立連隊『スカンチスキ』などの残存戦力が合流し、少将の指揮下にあります。命令系統のトラブルを防ぐためにも、命令違反や独断専行は慎むようにお願いします。」
「すまんが少佐、一つ質問があるんじゃが」
「どうぞ、フレミング大尉」
律儀に手を挙げて発言したのは、マルコム・フレミング大尉だ。
見るからにベテラン、見るからに老齢であるにも関わらず、首都脱出の際にはほとんど休みなしでシミュラクラを操縦し、目立った損傷もなく生き残った。
中肉中背。いつも黒い野球帽を被り、白い口ひげを生やした五十歳半ばの老骨は、少し躊躇うような間を置いてから口を開く。
「つまり我々は、このまま海軍任務部隊一七八九へ臨時編入されるということだね?」
「その通りになります、大尉。現状では即時陸軍との合流が不可能であるため、現段階に置いてはそうせざるをえません」
「なるほど。……つまりはこの軍事計画が完遂されるまで、我々は一蓮托生というわけだな」
『泥船ではありませんので、ご安心ください』
「ベル!」
『おおっと』
ぐっぐっぐ、とくぐもった音が流れたので、僕はこの質の悪いジョークの発信源が大抵、ガーティベルのものであるということがすぐに分かった。
会議室の中で気まずそうな苦笑と押し殺し君の笑い声が少しだけ漂っては、そのまま霧散してハルが咳払いを一つ。
「………シュヴァルツ少将からは、可能な限りの支援をすると連絡がありました。直援で支援部隊を差し向けてくれるそうです」
「そいつぁ、シミュラクラの部隊なのかい? それとも戦車?」
無精髭の生え始めた顎をさすりながらフィッシャーが声を上げる。
「現状では陸上戦力での援護は時間的余裕に乏しいため、攻撃ヘリになるそうです」
「はー……、よく陸軍航空隊が許可したもんだ。燃料も弾薬も当てがないってのによ」
「それだけ我々の戦力に比重を置いているということでしょう。兎に角、我々はニュー・ワルシャワに着かねばなりません」
ハルが断固とした声で言うと、フィッシャーは頷いてそれきり黙ってしまった。
僕はどうしても気になったことがあったので、控えめに手を挙げながら言った。
「着いた後の脱出計画は……どうなってるんですか?」
「……状況によります。マリアネス連合が我々、正規軍の通行を許可してくれるのであれば、脱出は可能でしょう。元より我々はそうなることを見越してこの計画に従ってきたのですから」
「そこは政治屋たちの塩梅次第というやつじゃわな」
助け船を出すようにフレミングが口を挟む。
たしかに友好国だったとしても軍事通行権――軍隊が他国領土内を通行するのは禁止、というのはありえる。
なにせ軍隊というのは禄でもない奴が一定数はいるもので、僕はそれをアミール・ラダンという事例で嫌というほどよく知っている。
力と権力を持った大馬鹿野郎という奴は、自分が死ぬ瞬間まで自分がいかに何もしてこなかったのかを理解しないものだ。
とはいえ、さすがに僕であってもそれはないような気もした。
連合だって帝国と敵対しているのは同じであるし、パーシュミリア連邦のときは民間人たちを受け入れてくれたのだ。
きっと、僕らも大丈夫だと僕は思うことにした。
そっちの方が気楽で良い。
「そういうことになりますね」
ハルが大尉の言葉を受けて、苦笑しながら言う。
確証ではないということは、依然として共和国政府中枢との連絡は絶たれたままというわけらしい。
政府は完全に機能停止状態で、今や軍部が完全に独立して撤退作戦諸々を遂行中。
軍事独裁政権が出来てしまうのにも納得してしまいそうな構図に、僕は苦笑いすることしかできない。
「分かりました、ありがとうございます」
「他にはなにかありませんか? ………無いようなら、各自揚陸準備をお願いします。ソニア軍曹は新しいシミュラクラとのフィッティングを」
「了解」
「では、各員解散」
起立、敬礼、返礼。
そうして、僕らはまた戦争の準備に取り掛かる。
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