幕間『帝国議会』

 円形会議場では帝国元老院―――貴族軍閥の統率者たちや、帝国宰相ザーゲビールを含む政府高官たち、そして軍部高官が高らかに今回の戦役についての論議をしていた。

 論議というよりは、運動会の結果発表にも似たようなものだ。

 なにが発表されても、拍手と喝采が響き渡るのだから。


 発表会は前線の様子よりも、順調に事が推移していた序盤のことについて、そして各地で確保できたさまざまな物品についてが主となっていた。

 国境防衛中の敵軍団を包囲殲滅し、首都を陥落させるまで帝国軍は無敗であったなどなど、虚飾を織り交ぜて語られる発表会は長々と続いている。

 前線に居たからそんなことは知っている、と、ジークルーン・ロストックは退屈そうに腕と足を組み、傍聴席から議場を見回した。


 主戦派は間違いなく宰相ザーゲビールとその取りまきで、帝国ではこちらの派閥がほとんどの政策の決定権を独裁的に握っている。

 対するは、王党派と呼ばれる派閥であり、その中心は皇帝シュリーフェンの血統、皇女ソフィア・シャルロッテ・フォン・シュリーフェンだ。



「皇女殿下は元気がないようねぇ?」


「お前と違って彼女は博愛主義者だからな、リィンハイト」


「あらあら、失礼だこと」



 ロストックの隣でくすくすと笑うのは、リィンハイト・フォン・ベルゼリアである。

 どういうわけか席を移動してきてまで隣に座って人をからかっていたいらしい。

 とんだサドである。


 議場はザーゲビールの独壇場で、まだ終わってもいないニルドリッヒ戦役に大勝利を納めたかのような言い分であった。

 実際の所、敵国首都を陥落させた時点で貴族軍閥は本国へ帰還、残ったのは正規軍となにかしらの理由で居残っている貴族たちしかいない。

 それまでの兵力から数割が後方へ下がったことで、兵力は不足し、伸びきった兵站線を維持するための二線級部隊すら事欠く有様だった。

 拡大した戦線に貼り付ける一線級の戦力がなく、部分的な戦力集中によって戦線を維持しているが、このザマで攻勢ができる陣容とは思えない。

 


「―――即ち、我々、帝国臣民こそは、惰弱なる共和主義者たちを恐れる必要などないことが、証明されたわけである。皇女殿下の恐れていた鼠どもの反撃とやらは、我々からすれば瑣末な出来事であって、なんら問題にはならなかったというわけだ」



 だというのに、帝国宰相ジークフリード・フォン・ザーゲビールはこう主張している。

 年は五十近いが、未だに三十代と言っても通用する剣のような釣り目の容貌と、長く伸びたブロンドの髪、そして血のように赤い瞳が特徴の男だ。

 戦後処理を王党派にぶん投げるつもりで、よくもぬけぬけと言えたものだと、ロストックは純粋な怒りと嫌悪を覚えた。


 王党派のギヨーム・フォン・ナッサウがセント・ピーターズバーグにおいて負傷し、ニルドリッヒ改めニーダーライヒ暫定総督には、同じく王党派のパウル・フォン・ネーデルラントが納まっているが、これも何時まで持つか分かったものではない。

 そもそも、パーシュミリア戦役において戦後処理が上手くいったのは、ナッサウ伯の手腕が優れていたからであって、なにもザーゲビールたちの派閥が、連邦軍を完膚なきまでに粉砕したからではないのだ。



「ナッサウ伯の件をご承知の上とは思うが、たしかに思ったより抵抗は薄かったようだ。今のところは」



 ザーゲビールの勇ましい声に、その声はあくまで理知的に、そして静かに議場に響く。

 王家を象徴する紫色の飾緒と、王室印の刺繍されたペリッセという左肩に掛けたジャケットが目を引く。その下には黒い帝国親衛隊の軍装に身を包んでおり、短く整えた煌びやかなプラチナ・ブロンドの髪が制帽から伸び、碧眼で相手を射抜くように睨みつけている。

 彼女こそが、ソフィア・シャルロッテ・フォン・シュリーフェンだ。



「しかし、戦役が終わったわけではない。残りの三分の一、なんとか屈服しえたとしても、次は連合との戦争となる。戦時国債などに頼るのも財政的にもう限界であろう」


「なにを仰いますか皇女殿下。我々は正統なる帝国領土を奪還したのですぞ? これを害する者であれば、それは即ち我々の敵。排除せねば。断固たる意思と決意を持ってして、粉砕あるのみ!」


「戦費捻出はどうなるのだ、ザーゲビール宰相閣下」


「共和主義者の発電人間を労働力として使用するなど、対策は考えてありますとも皇女殿下。……もっとも、聖なる戦いにおいて協力を拒むことなど、帝国臣民ならばありえぬでしょうが」



 まるで戦争に協力せぬ者は非国民だと言っているような台詞である。

 これだから禄に本音を漏らせぬし、実家に隠してある禁書を堂々と読めないのだとロストックは静かに憤慨する。

 一方で、皇女は眉を顰めながらザーゲビールに言った。



「発電用人間に関しては地球政府からの返答を待つのが、正当ではないのか?」


「物品の管理権を譲渡元に尋ねる必要はないでしょう。我々が戦争で得たのです。現状、管理権は我々のものだと思われますが?」


「……宰相閣下のご意見は戦時処理としては間違ってはいないが、法的整備はどうなるのだ。現状、発電用人間の扱いを規定する法律は帝国にはない」


「それは今から、我々が決めるのです皇女殿下」



 これから行われる法整備がどのようなものになるかは、分かり切ったことだ。

 戦争自体には反対であった王党派であるが、事ここに至れば帝国の行く末のために戦費捻出案には賛成しなければならない。

 なぜならば膨大な戦費を賄うために、公共インフラへの投資すら蔑ろにしかねない連中なのだ。

 


「もう止まりそうにないな。俺たちは連合を倒すまで平時にゃ戻れない」



 ロストックが呻くように言うと、隣のリィンハイトが唇を釣り上げて笑った。

 


「いいじゃない。この星全部を巻き込んでの大戦争なんて、とっても素敵に違いないわよ」



 こいつの常識はどこにいっちまったのだろうと、斜陽貴族は独り頭を垂れた。

 帝国は戦争への道を選んでしまった。それも、遥か彼方のゴールを目指すような戦争の。

 これはまったくもって、前代未聞の戦争になることは間違いなかった。

 帝国にとって、これだけの長期戦、これだけの総力戦は、建国以来経験がないのだから。

 

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