帝国貴族の諦観

幕間『王都への帰還』

 ジークルーン・フォン・ロストックが本国に帰還した時、最初に感じたのは祭りの熱狂だった。

 ロストックの本家はその名と同じノイエ・ロストックの中心にあるのだが、彼が帰還したのはシュリーフェン帝国首都、帝都ヴィーンブルクにある別荘の方である。

 別荘と言ってもそれは国の大使館のような扱いのもので、本来であれば使用するのは帝都にお呼びがかかった時くらいなものであり、斜陽の貴族の一人であるロストックなどは、一般家庭の一軒家とほとんど変わらない家屋しか用意していないのであった。


 故に、帰還したのはロストックただ一人であり、その愛機である《オレルス》は軍の輸送路を使用してノイエ・ロストックへの便を待っている状態にあった。

 最低限の正装として着慣れないグレーのスーツに身を包み、帰国する他貴族の私有旅客機プライベートジェットに相乗りさせてもらい、彼は帝都ヴィーンブルクへ帰還したのである。


 さて、帝都ヴィーンブルクの街並みは、年代が数世紀退化してしまったかのような錯覚を与えるだろう。

 初代皇帝にして今も尚、冷凍睡眠状態で帝位を継承せず君臨するシュリーフェンが成し遂げたのは、惑星上に強権的な国家を設立するだけに留まらず、星間移民であった人々に民族意識を持たせることにあったという。

 そのため帝都ヴィーンブルクの街並みは地球のヨーロッパ地方、特にシュリーフェンが肩入れしていたバロック建築を模したものであり、都市計画も当然それに似たものとなった。

 

 碁盤の目状に建造物が建てられ、それらの交通の要所が東西南北に存在し、その中心には皇帝とその臣下を有するシェーンブルク宮殿が鎮座している。

 そしてそのロココ調の宮殿の前に広がるブランデンブルク大通りこそ、貴族らの別荘が肩を並べ帝国有数の店が看板を掲げる、この国の貴族社会の縮図だ。

 平民には縁のない高級品の山々がそこには並び、無駄と贅沢を極めたような料理や嗜好品、それに類する品々が通りの終わりまで延々と並んでいる。


 おまけに通りの終わりにはブランデンブルク門の精確なレプリカと、休日の散歩にもってこいなパリ広場が広がっており、ロストックの神経をいつも逆なでしていた。

 貴族という肩書きを持ってはいるものの、思想だけは何者にも弾圧されることはあってはならず、また、態々旧態然とした社会制度を履行し続ける意図など、ロストックは理解したくもなかった。

 そういうわけだから、自らの興味が赴くまま、没落貴族に興じているわけなのである。

 

 しかし、強制となれば話は別だ。

 共和国首都セント・ピーターズバーグでの戦いから一週間もしない内に、ロストックは帝国元老院の傍聴席に足を運ぶはめになった。

 帝国宰相、ジークフリード・フォン・ザーゲビールが緊急集会として帝都中の貴族にお呼びをかけたからだが、ロストックからすれば迷惑この上ない話である。

 

 そもそも、本土に帰ってきたのは読書と飲酒をのんびり楽しむためであって、今回の戦争を始めた帝国宰相のご自慢話を聞くためではないし、ロストックは彼が嫌いだ。

 軍出身でもなく、家名と財で成り上がってきたザーゲビールが宰相になってからというもの、発展のための領土拡張を主張しては、独断専行の国境紛争が起きては世間を騒がせてきた。

 国境紛争で勝ち始めると臣民たちは勢い付き、挙句の果てにシュリーフェン帝国はパーシュミリア連邦へ侵攻し、これを制圧。


 総督として穏健派のギヨーム・フォン・ナッサウ伯が就任して、持ち前の手腕でなんとか占領地の復興と反帝国感情の抑制に成功しはしたが、宰相はそれを分かっていない。

 占領地政策には多大な労力と資金が必要だというのに、それがやっと終息しそうなところでまた別の地域で戦争を始めたのだから、もうなにがしたいのか分からない。

 もっとも、主戦論者たちはザーゲビールの大義名分であるところの、


『皇帝シュリーフェンの定めた正統なる帝国の領土を奪還するため』


 というものを、頭から信じているのだから、救いがたい。

 気乗りしないままロストックはいくつかの検問をパスして親衛隊の兵士に、心の中でご苦労様、と言いながら足早に目的地へと向かった。

 長い長い廊下には、紫色を基調とした親衛隊の衛兵たちがまるでチェスの駒のように並んでおり、貴族たちは彼らなどいないかのように振舞いながら優雅に歩いている。

 何気なく参加貴族の顔ぶれを流し見ていると、その中に腐れ縁でよく知った顔を見つけてしまった。



「………ご機嫌いかがですかね、フロイライン・ベルゼリア」


「あら、とっても好調よロストック卿?」


「それはそれは」



 真っ白いドレスを身に纏い、リィンハイト・フォン・ベルゼリアはまるで百合の花のような可憐な笑みを浮かべる。

 ああ、いったい何人の男がこの笑みに騙されて人生の内の数年間を無駄にしたのだろうかと考えながら、ロストックは声を潜めて言った。



「で、万年病欠のお嬢様がいるってことは、なにか面白いことでもあったのか?」


「んふふ、情報は必勝の友よジーク。元老院がニルドリッヒ総督府の設置と総督任命を決めたのは知ってるかしら?」


「軍用機の中で知ったな。パーシュミリア総督の交代も知ってる」


「そう。そのパーシュミリア総督のギヨーム・フォン・ナッサウ伯爵が、ニルドリッヒ総督になったのは?」


「………知らなかったな。穏健王党派筆頭のナッサウ伯が、ザーゲビールの尻拭いか?」


「さあね。そのナッサウ伯が現地視察中に刺されてね。私はその反応が楽しみで来たのよ」


「……………」



 思わず悪趣味だな、と言い掛けた口を閉じて、ロストックは脳細胞を搾って結論を叩き出す。

 このサド、ニルドリッヒ領住民に粛清が行われるか否かを楽しみにして今回の集会に参加したのか。


 

「ひどいぞ」


「オブラートに包んでくれてありがとう、ロストック卿」


「どういたしましてだ。ともかく、こっちとしちゃ宰相閣下の怒りを皇女殿下がなんとかしてくれることを願うよ」


「ええ、そうね。それもまた面白そうだわ」



 んふふ、と口元に笑みを浮かべながら、彼女は手を振ってその場を後にする。

 その場に一人取り残されたような孤独感を胸に抱きながら、ロストックは政治の舞台を観賞するために渋々足を進めることになった。

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