第26話『黒く暗い海原で』

 ニルス=オーラブ・フスベルタは、軌道上資源衛星帯MG04の中核衛星レフ・レヒトに練習巡洋艦《カンタベリー》が入港した後も、紅茶を片手に艦橋に居座っていた。一緒に居座ろうとしていた艦長はフスベルタに促され、すでに整備に加えて補給と、戦闘後に各部署の長とのブリーフィングを控えていてため不在で、今は副艦長と交代した艦橋要員たちが残っていた。

 レフ・レヒトが帝国軍前哨艦隊を撃破したことにより、その士気は高まり将兵たちは口々に「共和国万歳!」と唱える有様であったが、フスベルタの表情は「どこのなにが万歳なんだか」とでも言いたげな、露骨に面倒くさそうな表情―――つまるところ、いつも通りの彼の表情であった。



「ミズキ中佐、共和国が保有していた資源衛星帯は《MG04》を含めて全部で四つある。間違いはないかな」



 略帽ごとその頭を掻き回しながらフスベルタが言うと、モニター越しにミズキ中佐は「はい」と答えた。



『間違いありません。ですが《MG01》は廃棄同然で、他の二つにしても無人操業みたいなものでして』


「それは《MG04》で操業している企業と同系列なのかい?」


『たしか、そうだったかと。確認してみればすぐにでも分かります』


「採掘ではなく、加工用の機材が欲しいんだ。旧式でもいいから掻き集められるか調べてみてくれ」


『そういうことでしたか。分かりました。なんとかしてみます』


「頼むよ、ミズキ中佐。補給艦隊の職務に重ねてしまって、本当に、申し訳ないんだが」



 頼み辛い頼みごとをする子供のような態度でフスベルタが言ったので、ミズキ中佐ははにかんで言った。



『代将の命令です。それに、補助ユニットと仕事をするのはなかなか愉快なことですから、心配はいりません。私らが艦隊を支えてるんだと思えば、これほど愉快なことはありませんから』


「そ、そうか。なら、頼んだ」


『了解しました。では、失礼いたします』



 通信が切れると、フスベルタはふう、と息を吐き出し、紅茶を一杯ポットから注いでぐっと煽る。

 戦闘は勝利に終わったものの、それは戦術的な話であって、戦略的に戦争の推移を見れば、劣勢であることに変わりはない。

 眼下に広がるマリアネスの大地では、今でも陸軍、空軍、海軍が帝国軍に対して抗戦を続けているのだ。



「エドワルダ、地上との通信は確立できたかい?」


『ニュー・ワルシャワの第九首都防衛師団《グルィフ》の、フランシス・シュヴァルツ少将とでしたら』


「ニュー・ワルシャワで持ちこたえているのか」


『お繋ぎいたしますか?』


「お願いするよ。地上の状況を知っておきたい」


『ではモニターを使います。―――どうぞ』



 フスベルタが姿勢を正し終えるのと、エドワルダがコールを始めるのはほとんど同時だった。

 しばらくコールした後、エドワルダの方がなにか幾つか作業を終えてから、モニターに映像が現れる。

 フスベルタは思わず呻き声を上げそうになった。


 シミュラクラのドライバースーツ姿の、屈強な白人男性がそこにいた。

 年の所為か灰色がかった頭髪は短く纏められ、皺の少ない顔は表情筋が必要以上に発達してしまったような、厳つい風貌をしている。

 顔面を殴られても折れることはなさそうな鼻に、常に睨みつけているような碧眼がじっとフスベルタを見つめていた。 

 


『共和国陸軍、第九首都防衛師団《グルィフ》のフランシス・シュヴァルツ少将だ』


「共和国宇宙軍、第三艦隊司令、ニルス=オーラブ・フスベルタ代将です。率直にお聞きしますが、少将、そちらの状況はどうなっておられますか?」


『こちらは現在、ニュー・ワルシャワを中心に本土最終防衛線を敷き、共和国陸軍軍事計画「プロジェクト11」に基づいて作戦行動を行っている』



 つまりは、本土撤退作戦の真っ最中なわけだ、とフスベルタは納得する。

 共和国軍は陸軍、空軍、海軍と宇宙軍があり、地上に拠点を有する陸軍、空軍、海軍においてはそれぞれが独立、連携している本土撤退作戦計画がある。

 たとえば海軍は軍事計画「プロジェクト09」を、陸軍は軍事計画「プロジェクト11」を、そして空軍は軍事計画「プロジェクト3」を、という具合に。

 これはつまるところ、ニルドリッヒ共和国の本土失陥に伴い、その人的資源と装備等をマリアネス連合領域へ脱出させるものとなっている。



「―――我々、宇宙軍は現在、第一及び第二艦隊のほとんどを損失しており、そちらへの援護は難しい状況にあります」


『承知している、代将。だが、軍事計画が成功し、我々に反抗の機会があるとすれば、その時に必ず宇宙という空は必要になってくる』



 その時まで、宇宙艦隊には生きてもらわねば困る、とシュヴァルツ少将の目が言っている。

 制空権がなければ陸軍兵力が空軍兵力によって殲滅されるのと同じく、宇宙においてもそれが一部適応されることがある。

 それに、もしシュヴァルツ少将がフスベルタと同じことを考えているのであれば、そのための外交ルートを維持しておかねば意味がない。



「分かっています、少将。こちらはなんとか踏ん張って見せましょう」


『頼んだ、代将。こちらには首都から脱出してきた部隊が集結している。兵の士気は高いとは言えないが、ここが踏ん張りどころだろう』


「そうなるでしょう。古来より、撤退戦というのは難しいものだと相場が決まっていますからね」


『先に逃げた政治屋どもが、連合に擦り寄ってくれていればいいのだがな。今頃、あちらで議会でも開いているだろう』 



 苦笑しながらシュヴァルツ少将が言うのを見つつ、フスベルタは衝撃を受けた。

 てっきり、首都が陥落したのだから議会中枢が押さえられたのかと思っていたが、どうもそうではないらしいのだ。

 これが将兵に知られたらとんでもないことになる、とフスベルタはプライベートシールドの存在を確認し、それが動作していることに安堵した。



『……滅多なことを言うものではなかった。すまなかった、代将』


「いえ、大丈夫です。こちらは大丈夫なので。何かあったら、こちらに連絡をお願いします。出来る限りのことはしてみせます」


『ありがたい言葉だ。覚えておこう、代将。―――すまない、来客のようだ。フランシス・シュヴァルツ少将より、以上』



 通信が切れる。

 フスベルタは溜息を吐き出し、紅茶を注いでそれを啜る。

 戦争はまだ始まったばかりで、これから続いていくのだと考えると、どうしても怠惰の悪魔が彼の頭の中にちらつくのであった。

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