第23話『レフ・レヒト海戦』①


 練習巡洋艦《カンタベリー》はついにそのセンサーに帝国の前哨艦隊を捕らえ、砲門をすべて指向していた。

 他にも第三艦隊所属艦艇は全武装の安全装置を解除し、機関にも火を入れ、戦闘速力で進んでくる帝国前哨艦隊を見つめている。

 共和国宇宙軍の船体が一般的な灰色なのに対して、帝国軍は艦種によって色が違うのか、はたまた貴族家ごとに違うのか、船体色は統一されていなかった。

 その中で一際目立つのは、円陣形の真ん中に鎮座する二隻のカイザー級巡洋戦艦《カイザリン・マリア・テレジア》と《フランツ一世》だった。

 真っ白な船体色にそれぞれ黒と黄色というツートンのラインが引かれ、それを中心として細かに図形化された金色の装飾で縁取りされている。

 


『敵総旗艦は《フランツ一世》の方だと確定しました。あとは、あなたの判断に任せます、代将』


「了解だよ、エドワルダ。それじゃあ艦長、僕らの悪あがきがどれくらいのものか、敵に教えてやろう」


「了解。―――砲術長、巡洋艦隊の主砲は、旗艦《カンタベリー》の火器管制システムと連動させろ」


「了解、艦長。巡洋艦隊の全主砲制御を本艦の火器管制システムと連動させます。エドワルダ、各砲の誤差計算を―――」


『もうやりました。トリガーはそちらに。ユーハブ』


「アイ・ハブ」



 あちこちの部署に向かって指示が飛び、あちこちの部署から報告が上がってくる。

 演習の前もこんな感じだったなとフスベルタは座席に深く座りなおしながら思い、遣り残したことはないかと考えた。

 トイレにも行った。紅茶のおかわりも手元にある。遺言書は―――まずい、白紙のままだったかもしれない。



『敵艦隊、射程内に入ります』


「えっ? あ、有効射程まで引き付けてくれ。敵は今頃、酷く困惑しているだろうから」


『先程からあらゆる測距装置でこちらへの照準を定めようとしていますね』


「距離測定の問題じゃあ、ないんだけどなぁ……」



 がりがり、と頭を掻きながら苦笑するフスベルタを尻目に、帝国軍の艦隊は近付いてくる。

 彼らはきっと分かっていないのだ。

 長くこのマリアネスという惑星だけを見続けてきたのだから、しかたないかもしれないが。

 それが命取りになることなど、きっと知りもしないのだろうが。



『敵艦隊、有効射程に入るまで一分を切りました』


「どうやらうまくいきそうだ。全艦隊、きっちり作戦計画通りに頼んだよ。―――レフ・レヒト司令センター、そちらの準備は出来ているかい?」


『こちらレフ・レヒト司令センター、すべて手筈どおりに。あとは合図を待つだけです、代将』


「よくやってくれた。エドワルダ、司令センターから《ミョルニール》の作動キーを貰ってくれ。君のほうが当て易いだろう」


『昔から演算にかけては私たちの方が上ですからね。―――代将、敵艦有効射程内』



 ハッとしてフスベルタが正面モニターを見れば、円陣形を保ったままの帝国前哨艦隊がさらに距離を縮めていた。

 思わずフスベルタは、そんなことないだろうとは思っていたものの、特に砲術長辺りに向かって声を上げていた。



「みんなまだだぞ! 巡洋戦艦《フランツ一世》がまだ入ってない! あれを逃したら意味が無いんだ!」


『皆さん作戦のデータは何度も読んでますから、ご存知ですよ代将。私たちに後がないことだって、もうとっくに』


「そんなこと誰だって知ってる。だから勝つんだ。正念場だ。共和国艦隊の道を塞いだらどうなるか、みんなで思い知らせてやろう」


『代将がやる気でしたら皆さんもやるしかありませんね。――砲術長、巡洋戦艦《フランツ一世》有効射程内。撃てます』


「もうやってる。第三艦隊の全火力をぶち込んでやる。代将、かっこつけて号令を!」



 コンソール上を砲術長の指が凄まじい速度で駆け巡る中で、彼はよりにもよってフスベルタにアドリブを要求したのだった。

 第三艦隊全艦、主砲だけにしても少なく見積もって数十門のすべてを管制しながらそんな余裕があるのだから、大したものとしか言いようがない。

 が、当のフスベルタは予想外の方向から来たボールを完全に受け取り損ねてしまった。

 紅茶を飲もうと伸ばした手をびっくりした拍子に縮め、もう中年の入り口に差し掛かっている身だというのに怒鳴られた猫のようになっていた。

 もちろん、エドワルダのホログラムはわざわざ手で口元を隠していた。



「えっ、えぇっ?! あ、全艦撃ち方始め!!」



 普段は無表情で堅物の艦長までもが口元に笑みを浮かべ、砲術長はしてやったりの表情で、嬉々としながら最後のキーを押し込む。



「アイ・サー! 全艦撃ち方始め!」



 瞬間、宇宙にいくつもの閃光が瞬いた。



―――



 第一戦艦戦隊は海防戦艦《スヴァローグ》を先頭に、トリグラフ級海防戦艦全三隻が主砲を同一方向へ向けている。

 灰色の軍艦色に、三連装砲塔に収めた主砲、まるで樹木のように並び立つ副砲群と近接防護火器、そして装甲化された小振りな艦橋。

 ずんぐりとしたシルエットだと思うと同時に、宇宙空間に要塞が浮かんでいるようだと思わせる、威圧的で重厚なオーラが漂っている。

 かつて海原を支配し、国家間戦争において戦略的な意味合いすら背負っていた艦種―――戦艦の末裔として、彼女たちは存在している。



「我々の目標は敵巡洋戦艦のみだ。主砲による殴り合いとなる。副砲、防護火器は自衛戦闘に勤めよ」



 《スヴァローグ》の艦橋で仁王立ちで指揮に当たるのは、ヴォイチェフ・パンコ大佐だ。

 キャリアだけで言えばフスベルタよりも長い彼が、フスベルタの下で動くのには不思議がる部下たちもいたが、彼の人となりはそれに疑問を投げかけるのを封殺する。パンコという男が残してきた功績は、第三艦隊勤務者であれば一度は聞く。練習艦隊にあって彼だけは希望の星だった。

 演習においては、海防戦艦スヴァローグ《ペルーン》《ダジボーグ》は本物の戦艦相手に奮戦し、その価値を示し続けてきた。

 主砲も戦艦に比べれば小振りで遅く、軌道防衛用の砲艦と言われてもしかたがない海防戦艦が、堂々と胸を張れるだけの艦種にしてきた男だ。


 俄然、部下たちは彼の元で忠実に働く。

 戻ってこなかった戦艦たちのために。

 戻ってこなかった、宇宙艦隊の仲間のために。



「……共和国に幸あれ」



 パンコは、小さくそう呟き、練習巡洋艦《カンタベリー》にリンクさせたトリガーが落ちるのを見た。



 *後に《レフ・レヒト海戦》と呼ばれる、帝国前哨艦隊と、共和国第三艦隊の艦隊戦が始まった。 



―――



 まず始めに、第一戦艦戦隊の主砲がなによりも速く敵巡洋戦艦の装甲に着弾した。

 船体全体を覆っていた防護フィールドがそれにより一瞬で防護限界を超え、消失し、実装甲が剥き出しになる。

 次に巡洋艦の砲撃が周囲を取り囲んでいた駆逐艦や直援艦たちに次々に命中していき、砕け、叩き折れ、負荷に耐え切れなくなった艦の機関部があちこちで爆発を起こしては辺り一面にデブリを撒き散らしていく。

 ここに入ってようやく帝国前哨艦隊は、ある決定的なことに気がついて陣形を乱して後退しようとし始める。

 帝国前哨艦隊は、ようやく、駆逐艦の多くと巡洋艦数隻を失って、ようやく気がついたのだ。

 

 自分たちの艦隊が、ただの一隻、ただの一門すら攻撃することができないということに。


 しかし、艦隊の中にはいつも勇敢な者たちがいる。

 散り散りになり始めた陣形の中から、帝国前哨艦隊の重巡洋艦と、駆逐艦数隻が飛び出してきた。

 重巡洋艦も駆逐艦も船体を深い青で統一され、それに一本の白い線が斜めに引かれている。

 彼女たちは重巡洋艦を先頭に砲火の中で一瞬で単縦陣を取ると、機関出力を最大にして《MG04》へと突進する。

 

 もちろん、攻撃している側からすればその動きに対処することは、本来であれば容易い。

 なにせ陣形がバラバラになって瓦解している中から、真っ直ぐこちらに突っ込んでくるのだ。

 一部の巡洋艦が姿勢制御用のスラスラーを噴射して、船体を横に向けすべての火砲を敵の青い戦隊へと指向する。

 しかし、撃てなかった。


 共和国艦隊がそうこうしている間にも、青い戦隊は真っ直ぐに資源惑星レフ・レヒトへと向かっていく。

 


―――



『あらあら、ここまで来られるとはびっくりですね』


「それよりあの巡洋艦……作戦指示の項目を読んだのかな………」


『では《ミョルニール》を起動します。その後、駆逐艦の追撃、殲滅戦へ』


「ああ、お願いするよエドワルダ」



 青い戦隊が資源惑星レフ・レヒトへ直進してくる状況になっても、フスベルタはまったく焦っていなかった。

 エドワルダはそんなフスベルタを見ながら、いくつかのプログラムを設定された通りに起動させ、必要諸元を入力し、計算を終える。

 練習巡洋艦《カンタベリー》の武装は依然として帝国前哨艦隊へと向けられており、進撃してくる青い戦隊への攻撃は行っていなかった。



「敵の中にも頭の良い奴がいる。味方として出会いたかったな……」


『……《ミョルニール》を始動。敵の戦隊を破砕します』


「ああ、うん。ごめん、やってくれ、エドワルダ」



 フスベルタが硬い表情のままそう言うと、エドワルダは最後のコードを入力し《ミョルニール》を始動させる。



―――



 資源惑星レフ・レヒトに程近い衛星が、移動用に増設されたロケットから火を噴き出し進み始めた。

 元々が採掘価値のなくなった場合、ゴミ捨て場として利用されているアステロイドベルトへ捨てるつもりだったものだ。

 取り付けられていたロケットに追加で、固体ロケットブースターもいくつか追加されており、巨大な質量兵器となった衛星は青い戦隊の予測針路上へ徐々に加速していった。

 しかし、その加速では遅すぎる。


 巨大とはいっても小惑星であり、それは戦列を整えたままでも回避行動を取れば済むことだ。 

 青い戦隊の先頭艦、巡洋艦はその答えをそのまま実行する。回避行動を取りながら、出来る限り減速せず、加速を続ける。

 とはいえ、武装の使用は出来ないようで、その武装類は目標を捕らえているものの実際に発射することは出来ない。


 巡洋艦の艦長、戦隊の長はそれをどう解決するか悩んでいただろう。

 そのためか、こうした大げさで力技で馬鹿げている、単純なことを見落としてしまった。

 加速を続けていた衛星は、内部の坑道や通路、採掘場などの空間を利用して設置された爆薬によって内側から破砕される。


 同時に使用されていたロケットは火を失い、爆発によって衛星はさらに加速して散弾となって青い戦隊に襲い掛かった。

 対デブリ用の防護フィールドが一瞬にして霧散し、装甲をドラムのように叩かれ駆逐艦たちは次々にボロボロになっていった。

 次々に被弾する駆逐艦たちは装甲さえをも貫かれ、機関部に直撃を受けて錐揉みになって戦列を離れる艦さえいる有様だった。

 機関部の制御に失敗した艦などは過負荷によって暴走した機関部を中心に弾け飛び、隕石の中で原型を止めない程に壊れていった。


 先頭をひた走っていた巡洋艦もまた、防護フィールドを剥がされ、隕石によって船体を破壊され無力化されていった。

 彼女は最後に隕石の中でも一際大きなものが船体中央部に突き刺さり、くの字に曲がったまま《MG04》の宙域外へと流れていく。

 後に残ったのは、数えるのすら億劫になるようなデブリの山だけだった。



―――

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