第22話『知は力なり』

 総員戦闘配置のアラームが鳴り響いている。

 こうなると水兵――宇宙も海原の定義に入るらしく、伝統として彼らは今でも水兵だった――たちは、完全に戦闘態勢に入って休めなくなる。

 そんな中で自分だけのんびりしている訳もいかんよな、とフスベルタは紅茶を飲みながら思った。

 紅茶はすっかり冷めていた。

 まったくもって美味しくない。



『相手が馬鹿なようで助かりましたね、代将』


「馬鹿が戦車でやって来るならまだしも、巡洋戦艦で来られると迷惑どころじゃあないね」


『迷惑どころかお友達になるのもご遠慮したいですね』


「同感だよ」


 

 戦術データリンクがオンラインであることを確認しながら、フスベルタは周囲にいくつものウィンドウを表示させて艦隊状況を逐一確認できるようにする。

 参謀だった頃と仕事内容は殆ど変わらない。変わったのは、上に作戦のお伺いを立てる必要がなくなり、実行から責任まですべて自分がやらねばならなくなったことだけだ。

 星々のきらめきもない資源惑星の片隅で、知恵を搾って戦争をしなくてはならないなんて、歴史の教科書に載せるには一体どうやって格好つけて記載しなければならないのだろうか。

 エドワルダが敵艦隊の分析や逆探結果の解析などしていそうなので、自分で全艦向け通信を開き、フスベルタはカンペも見ず、最初に一息ついてから語り始める。



「全艦、そして残存共和国宇宙軍各員と、従軍してくれている民間人、それら全てに告げる」



―――


『今から我々は帝国の前哨艦隊と戦闘に入る。敵は我々の持つ戦力と数は拮抗しているが、火力で言えば三倍、装甲で考えれば二倍はある。難敵に見えるだろう』


 資源惑星レフ・レヒトの宇宙港では係留アンカーで宙に固定されている艦艇も含め、大破した軍艦が前世紀の奴隷船のような有様で折り重なっていた。

 本来であればシェルターに避難すべきはずの技師たちが作業用の宇宙服を着込んで右往左往しているのは、艦艇の司令部系統の気密チェックのみを最優先で行っているからだ。

 司令部系統さえ気密が保たれていれば、あとは半自動、もしくは自動で火砲を運用することも可能だからだ。

 機関部はそもそも実作業中はほとんど宇宙服と変わりない防護服を着込んでいるので、現状優先度は一番低い。

 


「補強用の資材を無駄遣いするな。あまりにでかい亀裂が開いてるのは放置して、次の艦艇のチェックを」


「分かりました、主任。内部機材に関しては機関と火砲を最優先でやってます。ダクトテープの数が足りないから倉庫を解放しましょう」


「在庫はいくらあるんだ? 最後に発注したのは先週の木曜だろう?」


「ダクトテープがあって困ることはありませんから、いつも余分にとってあるんですよ」


「まったく……経費は無駄にかけるなとあれほど……」



 真っ白な宇宙服のあちこちを黒や灰色に汚した二人が、形ばかりの敬礼をして別々に艦へと向かっていく。 

 手には工具箱、腰にはカラビナにパラコードでダクトテープを四つ括りつけている。他の技師たちも同様かそれ以上のダクトテープを携帯していた。



『しかし、だからと言って恐がることはない。戦争に勝つための策は考えた。あとは、それを実行に移して帝国軍を術中に嵌めるだけだ』



―――



『我々は、支配も征服もしない。これは防衛戦争であり、イデオロギーの侵略に対する正当な自衛行為なのだから。わざわざ、同じ穴の狢になることはない』



 《MG04》の資源惑星の一つの傍らで戦闘配置についた駆逐艦《カミカゼ》では、ベアタ・キサラギ少佐が腕を組み演説を聞いている。

 練習巡洋艦《カンタベリー》のものとは違い、駆逐艦である《カミカゼ》の艦橋は前世紀の潜水艦の内部を思わせる狭苦しさだった。

 けれど、そこに勤めている者たちの目は、耳は、今ただ一人の男の言葉に傾けられている。



『私は司令官ではあるが、君たちが何をし、考え、感じるかは自由だ。戦時であるからこそ、私は君たちに人間らしさを大事にして欲しい。もちろん、今間際に控えている戦いの中であっても』



 少し間が空くと、砲雷長がぼそりと零した。



「……フスベルタ代将は、もっと怠惰でやる気のない人間かと思ってました」


「あの人は自分の長い休暇のためになら、宇宙艦隊総司令官になってでも抵抗する究極のロクデナシだよ」



 それに対してキサラギ少佐が答えると、砲雷長は振り返って言葉を続ける。



「艦長は代将の指揮下で演習に参加したことがありましたね」


「実にいやらしい戦術、姑息な手段を多用して相手をおちょくる天才。マイペースに見えて実は全自動可変式。紅茶がなけりゃ死ぬようなインテリ」


「それがフスベルタ代将の一面だと?」


「いいや、それがフスベルタ代将そのものだよ」



 ぽかん、と口をあけた砲雷長を置き去りにして、再び演説が流れ始めた。



『民主主義国家というのは、そうした人間らしさのためにあるべきだ。心の神殿を壊してはならない。絶望してはいけない。まだ道は残され、続いている』



―――



「であるならば、我々はその道を塞ぎ、旅路を絶たんとする不届き者にはご退場願わねばなるまい。それが、我々に出来る精一杯のやり方だ」



 隣でエドワルダのホログラムが露骨に「慣れないことなんてしなければいいのに」とにこにこしている。

 それを横目に、いつもの癖で頭をがりがり掻きながら、フスベルタは最後の一言を搾り出す。



「それでは諸君、健闘と幸運を。僕らの自由のために戦おう。ニルス・オーラヴ=フスベルタ代将より、以上」



 通信を切り、エドワルダの方を見て、フスベルタは苦笑しながら、



「もう二度と演説なんてやりたくないね」



 と言った。

 エドワルダはくすりと笑いながら艦橋を見回して、彼に言葉を返す。



『けれど、皆さんはとても気に入ったようですよ?』



 鳩が豆鉄砲を食らったような顔のフスベルタを置き去りに、練習巡洋艦《カンタベリー》の艦橋に何重にもなった拍手が響いた。

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