第21話『さらば』

『こちらは輸送船《スピリット・オブ・ムーンライト》帝国軍艦隊を確認した。軌道エレベータ方面から真っ直ぐそちらへ向かっている。……凄い数だ。あんなのを相手にするのか。………幸運を祈る』


『こちら巡洋艦《ユリシーズ》、帝国軍艦隊を確認。巡洋戦艦二隻を中核とした高速艦隊の模様。これより全速力でケツを捲る』


『資源惑星レフ・レヒト司令センターより《MG04》全域に告げる。総員第一種戦闘配置、総員第一種戦闘配置。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない。非戦闘員は各衛星のシェルターへ退避せよ。ダメージコントロール班は準備急げ』



 通信の履歴を最低限にまとめるとこんな感じになるかと、フスベルタは紅茶を片手に一息ついた。

 最初はマリアネス連合船籍の民間輸送船《スピリット・オブ・ムーンライト》が秘匿回線で報告を。

 そして次は早期警戒線上に配置していた旧式の巡洋艦《ユリシーズ》のセンサーが帝国軍艦隊を補足。

 帝国軍艦隊の艦艇内訳は、以下の通り。



・巡洋戦艦二隻

・重巡洋艦二隻

・軽巡洋艦七隻

・駆逐艦十二隻

・高速輸送艦一隻



 対する共和国軍は、知っての通り補助艦艇において数は勝るがただの寄せ集めに過ぎない。

 戦艦と言っても小型の船体に戦艦クラスの主砲をいくつか乗せただけの海防戦艦は、正規の戦艦や巡洋戦艦にはどうしても劣る。

 修理中の艦艇は気密チェックをまた一からやり直さなければいけないようなものばかりで、応急修理でなんとかなるようなものではない。

 帝国軍に勝るのは、修理中の艦艇に乗り込んでいた者たちで編成されたダメージコントロール班や人的予備の数くらいだろうか。



『データベースから検索完了。敵巡洋戦艦はカイザー級巡洋戦艦《カイザリン・マリア・テレジア》及び《フランツ一世》ですね』


「………三年前の大建艦計画で竣工した新型巡洋戦艦じゃないか。いやはや、もうちょっと古いのをよこすと思ってたんだがねぇ」


『ぼやいてる場合ですか?』


「ぼやかないでやってられる仕事じゃあないよ。とはいえ、こちらも準備は出来ている」



 指先を動かして第三艦隊の各艦艇現在位置を表示したフスベルタは、ややむすっとしながら言った。

 作戦が徹頭徹尾こちらの予定通りに進めば、共和国艦隊は一隻の損害を出すことなく、帝国艦隊に損害を与え、退けることができるだろう。

 もしそれが次点に終わったとしたら、共和国艦隊は再建不可能な損害を受けはするが、この戦争の遠隔的な勝利に貢献することは間違いない。

 最悪なのは、帝国艦隊がここで"なにもしてこないこと"なのだ。



『ええ、相手が相応に馬鹿であることを願いましょう』


「頭の良い敵ほどやり辛いものはないからなぁ」



 紅茶を飲み、艦橋を見回してフスベルタは深く息を吸う。



「そろそろ、高慢な降伏勧告がくると思うんだがね」



 通信担当士官が声をあげたのは、そのすぐ後だった。


―――


 まず最初にフスベルタが抱いた印象は、ステレオタイプの帝国貴族というものだった。

 またその隣にいた練習巡洋艦《カンタベリー》の艦長などはいつもの無表情を崩して口をへの字に曲げていたし、人間ではないにしてもエドワルダなどは生暖かい眼差しで「あらあら」と手で口元を隠していた。もちろん口元を隠しているのは、ひっそりと笑っているためである。AIはついに人間らしい仕草で遠まわしに人間を侮辱するようになったのか、とフスベルタは溜息をついてしまった。



『こちらはシュリーフェン帝国宇宙軍、ゲルハルト・フォン・マイヤー中将である』



 真っ白でタイトな軍服に、じゃらじゃらと勲章がお祭りの仮装大会の小道具のようにぶら下がっている。

 それで筋肉質な男が胸を張っていたのなら格好もつくのだが、生憎としてこのゲルハルト・フォン・マイヤー中将は肥満系のご老人であった。

 無重力空間では髪が広がらないように大抵は固めておくのが常識ではあるものの、ゲルハルトの固めは方はてかてかと光っていて、おまけに寂しい髪をオールバックにしているためもはやなにがしたいのかよくわからないような見た目になっている。あれで格好がつくとでも思っているのだろうか。


 モニターに映っているのは、少なくともマイヤー中将だけだった。

 階級からして前哨艦隊の司令官であることは間違いない。

 であるならば、敵司令官はこの通信をカイザー級巡洋戦艦のどちらかから行っているはずだ。



「……エドワルダ、逆探できるかい?」


『やってます。口を動かさないでください。バレます』


「あっ、ごめん」



 もごもごと腹話術の真似で口を動かさずに話そうとしたフスベルタに、エドワルダはホログラムを一ドットも動かさずに囁き声で答えた。

 さすがにこの分野にかけてはAIには勝てないな、とフスベルタは痛感せざるをえなかった。

 AIというのは便利で有能だ。味方であるときは。



『我ら栄光あるシュリーフェン帝国は、残存する共和国艦隊に対して慈悲を与えんとする。残存共和国艦隊諸君は即刻降伏せよ』



 やけに芝居がかった言い方に、艦橋の空気が硬くなるのを感じながら、フスベルタは通信回線を回して口を開く。



「こちらは共和国第三艦隊、ニルス・オーラヴ=フスベルタ代将。折角の申し出ですが、それは出来かねる相談です」


『なんだと?』


「第一に、我々は一度降伏の意思を示した。結果はあなた方もよくご存知のはずだ」


『だからもう一度その機会を―――』


「あなたが良い大人であるなら人の話を遮らないでいただきたい」


『ぬぅ……!?』



 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で怯むマイヤー中将を無視して、フスベルタはさらに続ける。



「どうも。それでですが、第二に、我々の中央政府は現在その所在が不明なため、艦隊の降伏の可否に関しては問い合わせが困難であること。これもあなた方はよくご存知でしょう。なにせ我々の首都を攻め落としたのはそちらなのですからね」


 皮肉ぶった言い方でつらつらと言葉を並べつつ、フスベルタはつい癖で頭をがりがりと掻いていた。

 モニターに映った白い豚顔が憤怒で段々と赤くなっていることについては、フスベルタ以外の者は全員が気付いていた。

 が、当のフスベルタは手元にあるカンペを読んでいたために、まったくもって気がつかなかった。



「そして第三に、我々は民主主義の原則と理念を尊重し、国家を守るという契約をした軍人です。あなた方、帝国軍人がいったい何に対して契約するかなど知ったことではありませんが、少なくとも我々は、帝国主義者の非道に対して抵抗するだけの材料がいくらでもある。古来から、侵略戦争において多数が戦時法を無視し非道を働くことはありはすれ、それはもう数世紀も前の話だけだと思っていましたが、恐ろしいことにそれは現在、我が国において実行されている。よって我々は、そのような礼儀も、尊厳も知らないような国家に屈するよりは、抵抗する方がまだマシだということを知ったのです」



 そこでようやくカンペから目を離して、フスベルタはモニター越しにマイヤー中将の顔を見ながら言い放った。



「他でもないあなた方が教えてくれたのですよ、ゲルハルト・フォン・マイヤー中将」


『きっ、貴様ぁ………! いったい何様のつもりだと思っている! 貴様らの主力艦隊は、すでに壊滅した。お前の言う民主主義の国家などもはや存在せぬではないか!!』


「かつて、人類が心の中に神殿を築いたように、我々の精神は心の中にあるのです。国民精神とでも言いましょうか」


『なにが国民精s―――』


「あなた方は貴族としてそれを実感しておられるように、我々もまた民主主義国家の国民として生きてきたのです。それにまだ共和国は完全に消滅したわけじゃあありません」



 完全に面倒くさくなってきたのか、フスベルタは溜息を深々と吐き出して、わめき散らしているマイアー中将に向かって言ってやった。 



「ですので、我々のディアスポラはまだ先ですよ。来りて取れモーロンラベ。フスベルタ代将より、以上」



 そして彼は言いたいことだけ言って通信を一方的に切ってやった。

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