第20話『そして』

 軌道上資源衛星帯《MG04》の艦隊配置図がもしあるとすれば、これは平時のものだと誰もが思うような陣容であった。

 各艦が密集もせず、陣形も取らず、各々が好き勝手に小惑星などの港や係留地などで停泊し、無警戒にもほどがある。

 唯一動き回っているものがあるとしても、それは航続距離も武装も最低限の哨戒艇くらいなもので、主力艦に関しては一隻も移動していないのだ。



「はてさて、吉と出るか凶と出るかだね……エドワルダ、地上との連絡はどうなってる?」


『電波状況と位置が悪いですね、代将。これだと通信回線の確立の前に、帝国の前哨艦隊がやって来るでしょう』



 そんな無警戒に停泊している主力艦の筆頭、第三艦隊旗艦である練習巡洋艦《カンタベリー》の艦橋(ブリッジ)で、フスベルタはまたエドワルダと話し合っている。

 周囲にはプライベートシールドと呼ばれる半透明の音声遮蔽壁が展開されているが、これができるのはフスベルタが座っている将官用の席と艦長席だけだ。

 おかげでフスベルタは不平不満をさきほどから山のように零すことができているし、皮肉を好きなだけ垂れ流すことができている。

 とはいえ、顔に張り付いてしまった嫌そうな表情だけはどうしようもない。サングラスかなにか、表情を隠すものでもかければいいのだが、と思わざるをえない。



「そんなもんだと思っていたさ。第一、第二艦隊の残存艦はどの程度だい?」


『大破した艦艇については代将の判断で解体したほうがいいかと。リストは作成済みです。今、そちらに送りました』


「………クソ、これじゃまともに修理もできないな。艦砲火力じゃ絶望的だ」



 エドワルダから送信されたリストに目を通せば、共和国艦隊の惨状がすぐに分かる。

 黒地に赤い文字で《LOST》と表示された艦艇は、もう既にこの世にはなく、乗員たちも宇宙空間に散っている。

 大破を示す赤い表示に、中破を示す黄色い表示。第一、第二艦隊の艦艇はその三つの状態のいずれかだ。

 

 特に艦砲を搭載した大型艦艇に関して言えば、その殆どは大破、あるいは既に撃沈されている。

 なんとか帰ってきたものの、見た目はすでにボコボコにされたスクラップのような有様の艦が何隻もある。

 戦艦などに限定すれば、生還率はゼロだ。戦艦はすべて《ユグドラシル》で失われてしまった。


 残された大型艦は、速度と火力に特化した巡洋戦艦くらいなものだ。

 それにしたって生還率は五〇パーセントを下回って、帰還した艦艇の内、三隻は使い物にならない。

 残ったのは、結果として一隻だけだ。

 戦線を支える火力も装甲も、今の共和国艦隊にはない。



「その昔……、地球の欧州でとある国が自軍よりも大規模な戦艦艦隊に対抗するために、ジューヌ・エコールという戦略思想を生み出したんだがね」


『我々には通商破壊を行うだけの余力も残されていませんよ、代将』


「知ってるよエドワルダ。でもね……戦艦に対抗できる小型艦はまだあるだろ」


『ええ、ございます代将。それを最大限うまく使うというのが、私たちの戦略になるのですね?』


「そういうことさ」



 座席を思い切りリクライニングさせながら、フスベルタは目を閉じて溜息を吐く。

 


「チープキルとジャイアントキリングこそが、僕らのもっとも望む結果だよ。費用対効果が高いってのは、良いことであって悪いことじゃない。それに……僕らがやってるのはダビデがゴライアスに挑むようなことじゃないんだ。これは西暦一一八七年のエルサレム王国の包囲戦だよ。もっとも、相手指揮官の温情なんかには期待できないが」



 陰鬱そうに呟くフスベルタに対して、エドワルダはにこりと微笑んで、艦橋(ブリッジ)を見回しながら返す。



『ですが、代将の抱える兵力はそれ以上、人命は数倍です。諦めるわけにはいかない、そうでしょう?』


「だから言ってるだろエドワルダ……もし僕以外にこの役目を全うできる人間がいたら、僕は喜んで席を譲ってやるよ」



 座席の通信ボタンを軽く押し込んで、紅茶をオーダーして、フスベルタは憮然とした表情で言い切った。



「僕しかできないからやってるんだ」



 何度目か分からない溜息を最後に、彼はプライベートシールドをオフにした。


―――



 準備がすべて終わり、激務に疲れた者たちが休息をとり、完全な状態で職場に戻ってくるようになると、宇宙が騒がしくなってきた。

 軌道上資源衛星帯《MG04》の外縁で哨戒中だった哨戒艇が、帝国軍のものと見られる反応をいくつか発見し、それが日に日に増加しているというのだ。

 これが帝国の前哨艦隊であるのは、まず間違いない。

 マリアネス連合の艦隊であればこそこそと兵力集中などしないし、地球連邦のものであればなおさら隠れる必要などない。



「もし前哨艦隊が我々と交戦するのなら、作戦リストBの四を参照。その後は戦術作戦指示Oの二を」


『了解しました代将。駆逐艦隊はその意義を全うして見せましょう』


「頼んだキサラギ少佐」



 敬礼して画面が消え去ると、フスベルタは紅茶を啜って一息つく。

 第三艦隊の駆逐艦は、大型の駆逐艦である《カミカゼ》を興導艦として駆逐艦隊を編成し、さらにその下の戦闘単位として、四隻で駆逐戦隊を構成する。

 駆逐艦は小型で自衛用の艦砲と、大型の対艦ミサイル――俗に言う、魚雷というものだ――を装備しており、使いようによっては戦艦でさえ沈めるダビデのような艦種だ。他の任務としては、哨戒艇や高速ミサイル艇などの迎撃、殲滅が主任務であって、艦砲威力もそこまで高くない。


 他の主力艦と比べてコストも低く、使い勝手が良いのだが、撃たれ弱く数も限られている。

 魚雷にしても小柄な艦体に馬鹿の一つ覚えのように山積みにするわけにもいかず、一度の斉射でそのほとんどを撃ち尽くしてしまうのだ。

 もちろん、魚雷の斉射距離などに入るまでに駆逐艦は迎撃の砲火に曝され、斉射後も大抵は曝され続けることになる。


 駆逐艦という奴は、いつだってそういう役回りだ。



「とはいえ、今回はもう少し楽にやれるだろうが………」



 今度は巡洋艦艦隊からの通信が来ていたが、フスベルタはぼんやりとした表情で紅茶を飲み、数コールほど通信を保留にしておいた。

 今更焦ったところで、艦隊戦というやつはそう勝ち負けが簡単に覆るようなものではないのだ。

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