第24話『レフ・レヒト海戦』②
唯一、前哨艦隊の中で最適解を見出した者たちが、宇宙空間を為す術なく漂っている。
通常の衛星では爆破用の坑道を掘らなくてはならなかったが、元々が採掘用の衛星だからその手間は省くことが出来た。
坑道はあちこちに伸びているし、最低限とはいえ中には運搬中継地点としていくつか開けた場所があった。
あとは艦隊の工兵隊にやりたいことを告げ、工兵隊が欲しがったものをミズキ中佐たちに掻き集めてもらうだけだった。
「………脱出したポットは優先的に回収するんだ。各員、船乗りとしての尊厳を守ってくれ」
通信で静かにそう告げ、フスベルタは視線を、敵の巡洋戦艦へと向ける。
円陣形はすでに崩壊しており、巡洋戦艦をまともに守ろうとしている艦はほとんどが多大な損傷を被り、まともに航行できていない。
それでも、なんとかして旗艦に寄り添おうとしている駆逐艦さえいた。
指揮官が愚かでも、艦隊にはいつも勇者がいる。
船乗りはそうした勇者には敬意を持たなければならない。
船が、海原を巡っていた時代からの伝統であり、規範だ。
自分がもしそうなった時、名も知らぬ誰かが助けてくれるように、繰り返してきた慣わしでもある。
それを守らなかった者たちは、いつの時代においてもその報いを受けるのだ。
「第三艦隊は敵巡洋戦艦に火力を集中します。他の艦艇はこれ以上やっても不毛でしょう」
「その通りだね、砲術長。エドワルダ、確認するが、相手から降伏勧告は行われていないね?」
『先程の青い戦隊の救難信号だけです。旗艦の通信が猥雑に絡み合っていて、見ていられませんね』
「なら無視すれば良い。僕らの勝ちだ」
『………勝ちだというのに、機嫌はよろしくなさそうですね』
「その話は後にしてくれ。―――駆逐艦は《カイゼリン・マリア・テレジア》へ攻撃を集中させるんだ。砲火力は《フランツI世》に集中」
「アイ・サー」
《カンタベリー》を含む第三艦隊の砲火力のほとんどが旗艦《フランツI世》へと集中するのに合わせて、駆逐艦たちが狼煙を上げる。
駆逐艦《カミカゼ》を先頭に、駆逐艦たちが群れを成して機関推力にものを言わせて《カイザリン・マリア・テレジア》へ突っ込んでいく。
それを援護するために、数隻の軽巡洋艦がありったけの電子戦妨害ミサイル――弾頭に電子欺瞞用のチャフ等を充填している――をぶちまけた。
駆逐艦たちはそんな中をある者は抜け道を使ったやり方で、少数の者は裏技として知られている、目視による空間航行でそのまま距離を詰めていく。
援護のため、旧式の巡洋艦《ユリシーズ》が駆逐艦と肩を並べながら、残った電子戦妨害ミサイルや実体弾を狂ったように吐き出していた。
「……………」
それに対して《カイザリン・マリア・テレジア》の対応はお粗末だった。
電子欺瞞をなにかしらの手段で無力化しようとするでもなく、彼らは搭載されている火砲を手動であたり一面にばら巻き始めた。
たしかに巡洋戦艦の搭載している火砲群は脅威だが、それは効率的に照準が定められ統合され運用された場合の話だ。
結局のところ、それはただの悪あがきに過ぎなかった。
『全艦、痛いのをぶっくらわせてやれ!!』
キサラギ少佐の号令と共に、駆逐艦《カミカゼ》は艦尾をスライドさせながら急旋回を行い、搭載されている魚雷発射菅からありったけを発射する。
後続の駆逐艦もそれに倣って次々と魚雷を発射していき、中にはここまで来たのだからと小さな砲で巨大な巡洋戦艦をぶっ放している艦さえあった。
《ユリシーズ》は駆逐艦たちが魚雷を次々に撃つのに合わせて転進し、そのまま射程圏外へと離脱する機動をとった。
『あれでは助からないでしょう』
「電子妨害されている状態でリカバリーもなしに………」
『もし仮に電子欺瞞手段をすべてクリアしたとしても、あの距離であの数の魚雷は避けられません』
「キサラギ少佐に任せて正解だったってわけだね」
『ええ、そうですね』
十数本の魚雷が一直線に《カイザリン・マリア・テレジア》へと向かい、突き刺さった。
海原の海戦時とは比較にならないような破壊が、宇宙に煌きを残して炸裂し、堂々たる巡洋戦艦の船体を引き裂いた。
陸上兵器では考えられないことではあるが、宇宙戦においてはその爆薬量などは破滅的なほどに高まる傾向にある。
そうして、駆逐艦に与えられる最大火力であるところの魚雷というものは、それのもっともたる武装の一つなのだ。
炸裂した魚雷はその破壊力を発揮し、海防戦艦たちの砲撃によって剥がれた防護フィールドのため、実装甲がそれを受け止めるはめになった。
巡洋戦艦の実装甲は魚雷の破壊力に抗うためには薄すぎ、また柔軟性もなく、表面は溶解しそれ以降の装甲は爆圧によって引き剥がされ、非装甲区画に爆風が吹き込んでいった。
混乱状態にある艦内状態ではその爆風を防ぎきることはできず、自動で隔壁閉鎖などのダメージコントロールを行うまでに、甚大な損害を出したことは明らかだった。
巨体がぐらりと揺らめくと、機動を修正することもなくただ流されていく。
フスベルタは被っていた略帽を握りつぶすと、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
「演習の方がまだ気楽にやれたな」
残った火力は、すべて《フランツI世》へと指向された。
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