帝国貴族のぼやき

幕間『首都陥落の黄昏』

 シュリーフェン帝国軍において、直接シミュラクラに乗り込むパイロットは二通りに分けられる。

 一つは、斜陽の貴族家であるため複数の予備機を用意することが出来ず、必然的に所有する機体を大事にせざるをえない者。

 一つは、斜陽の貴族家でもないにも関わらず、戦場の雰囲気と匂い、そして暴力に酔いしれている、戦闘好きの者。


 

 ジークルーン・フォン・ロストックは、前者だ。

 彼は敵国の首都、セント・ピーターズバーグの中心、大統領府の庭先に赤金色のシミュラクラ《オレルス》を停め、酷く憂鬱そうな表情を浮かべている。

 男にしては長めの髪はくすんだ赤毛で、戦闘後の混乱を見つめている瞳は青く晴れた空のような色合いをしている。

 体つきは細く、軍人というよりは図書館の司書でもしてたほうが似合っている風貌だ。

 着込んでいるパイロットスーツに補修痕が目立つのもあって、彼が貴族であるということは名前を見なければ分からないだろう。


 愛機オレルスの上から眺める共和国大統領府は、ロストックからして見れば良いものだった。

 人類がこの惑星に移住してたかだか数百年だが、建物自体の建造様式は地球の近代のもので、懐古主義的なものがある。

 国家の威厳を保つため、という名目の下、この手の建物はすべて宮殿もかくやという有様になっているシュリーフェン帝国に比べれば、その規模は小さい。

 しかし、政府の中枢という威厳とスマートさ、そして懐古主義的ではあるものの、無駄のないすっきりとした見た目は、豪奢で見飽きたシュリーフェンの建物よりも好みだ。



「どうも、スマートさにかけては共和国の方が一枚上手のようだな」


 

 溜息を吐きながら頭を掻き、ロストックはあちこちで黒煙の上がる首都を見渡した。

 首都を陥落させたとはいえ、未だにニルドリッヒ共和国の各地には未占領地帯があり、補給線も細々としたものだ。

 このままシュリーフェン帝国が順調に占領地政策を打ち立てて、マリアネス連合との戦いに備えることが出来るか。


 ―――いや、出来はしまい、とロストックは苦虫を噛み潰したような表情をしながら思う。


 惑星開発の初期に置いては、その権力の効率的運用の為に帝政に似た制度が活用されることもある、というのは、実家にある発禁本の受け売りである。

 その帝政を数百年に渡って続け、なおかつ武力と科学力を駆使して大国と成ったシュリーフェン帝国は、何度も国境間紛争や独立戦争などを戦ってきた。

 だが、完全にというものを屈服させたことはない。

 

 ここに来てパーシュミリア連邦と、ニルドリッヒ共和国という中立二カ国を占領なしえたのは、単純に国力規模が違うせいだ。

 作戦が巧妙であったとか、ああだこうだと本国の社交界では持ちきりらしいが、パーシュミリア戦役にも、このニルドリッヒ戦役にも従軍したロストックにはその実状が嫌というほど分かる。大貴族家は自分の保有するシミュラクラと騎士団のことと、自分の武名を馳せることだけを考えている上に、遠隔操作であるために損耗率も高い。戦場のあちこちに帝国軍の撃破された機体が転がっている様は、どっちが勝ったのか判別するのに苦労するほどだ。

 ただでさえ地球向け輸出資源を差し引いても、まだ何十年と戦争ができる資源惑星であるマリアネスでは、資源不足による国家崩壊は起こりにくいが、それはあくまで鉱物資源の話である。

 人的資源に無限はない。その点、パーシュミリアとニルドリッヒという、二カ国から流れ込んだ人的資源を蓄えているマリアネスと、開戦から徐々に消耗している帝国では、不利は明らかだ。

 その分、軍部は人員損耗には酷く気を使っているのだが、社交界と元老院がそれを許すかはまた別の問題なのだ。



「とはいえ、勝つには勝ったが……ここからどうするのかが見物だな」



 この首都攻防戦だけで七機の敵機体を撃破しているため、報奨金については問題ないだろう、とロストックは胸を撫で下ろす。

 斜陽の貴族たちにとっては戦争は中世におけるそれと同じように、金を儲ける絶好のチャンスでもある。むしろ、それ目当てで従軍している者もいるくらいだ。

 ロストックにしても代々乗り継いできた《オレルス》は、本来であれば後方任務で使用されるような旧式で、中身をちまちま入れ替え、装甲の材質や配置を工夫してなんとか戦えている。

 借金を組んで取り付けた折りたたみ式の長砲身ライフル砲が額面どおりの性能で、とりあえず及第点といったところだ。

 貴族とは思えぬ地味な生活を送っていれば、借金の返済に困ることもないだろう。


 ロストックが頭の中で家計簿の遣り繰りを考えていると、見慣れた機体がビルの影から現れる。

 重油で塗れた白鳥、悪趣味な連中は血染めの白鳥やらと呼ぶ、リィンハイト・フォン・ベルゼリアの《グリムゲルデ》だ。

 帝国軍の通常戦列機にスラスターと推進剤を備えたブースターパックを装着し、さらには両肩に盾を追加装備している。大重量のものを振り回すという特性上、本来外部追加装備である『外骨格出力増加装備』を固定装備している反面、射撃兵装はハンドガンしかないという、尖りに尖った専用機。おまけにそれとほとんど同じ仕様の機体をベルゼリア家の家臣たちが使っているため、その突撃が成功すれば戦場は一変し、ただの虐殺に早変わりする。

 

 しかし、ロストックが見れば《グリムゲルデ》は数発被弾しているようだった。

 珍しいこともあるものだと、脱ぎ捨てていたヘルメットを手にして被りなおし、音声通信を開く。

 ベルゼリア家といえば帝国の大貴族の一つで、リィンハイトと言えば親の七光りで昇進し、おまけに戦闘好きのサドだが、パーシュミリア戦役からの腐れ縁だ。



「ベルゼリア大尉が被弾とは御珍しいですな」


『あら、私だってたまには受けに回ることもあるのよ、ロストック准尉? そっちはブリキの玩具でなんとかなったようね?』


「地道に稼がせて頂いております」


『また借金取りに追われて実家の蔵書を売り払う嵌めにならないと良いわねぇ』


「ぐっ……痛いところを突かれますな」


『攻めたり突いたりするのが得意なんだもの』



 嫁入り前の女がよくもまあマセたことを言う、と思いながらも、ロストックは頭を掻き、いつもの口調で問うた。



「それで、なにか目ぼしいものでもあったか」


『今、部下の娘たちに命じて探し回ってもらってるわ。望み薄でしょうけど』


「パーシュミリアよりも撤退の手際が良かったからな」


『ええ。それでいてシミュラクラ乗りの腕前はとても良い。またどこかで戦いたいわねぇ……できることなら、次こそ一対一で徹底的に』


「騎士道物語でもあるまいに」


『あらぁ、悪かった?』


「悪くはない。……良いとも言わないが」



 お互いに苦笑しながら談笑を終え、ロストックは続ける。



「……それでこの後、ベルゼリア家はどう動くんだ?」


『戦利品の電源ユニットとやらで少し遊んでみたいし、この《グリムゲルデ》の修理とメンテナンスもしなきゃならないから、一度本国へ帰還する予定よ。そもそも、私の娘たちは占領地の治安維持なんかに向いてないのだし』


「ま、そうなるか」



 ロストックは相槌を打ちながら、ここからの身の振り方を考える。

 その間、ゆっくりと大統領府の庭に足を踏み入れ、純白の装甲をオイルで汚した《グリムゲルデ》が停止する。

 プシュッ、と空気が漏れ出す音とともにハッチが開き、そこから白いパイロットスーツに身を包んだ娘が姿を現した。

 プラチナブロンドという珍しい髪色に、赤みがかった瞳。乳白色の肌に、うっすらとサクラ色の唇。

 控えめながらも均等の取れた身体は、どこかの雑誌ならモデルにでもなれるだろうにと考えずにはいられない。

 そうであれば、このサドは戦争などという格好の特大イベントを知らずにいたかもしれないのだから。



「俺も盗れるものを盗ったら本国に帰るか」


 

 リィンハイトから目を逸らし、ロストックは狭苦しい《オレルス》のコクピットに身を滑り込ませる。

 戦場での略奪は帝国では黙認されているが、それは物品に限った話であり、通常人間がその区分に入ることはない。

 しかし、ここ共和国には人間によく似ている、物品として扱われる存在がある。


 それが、電源ユニットだ。

 ロストックは単に知的な好奇心と見栄のために、せめて一体は確保したいと思っている。

 が、ロストックのように必要最低限で済ませようという者は少数派だ。


 現にロストックは発電所で強制的に覚醒させられた電源ユニットが、男女別に仕分けされている光景を先程見たばかりだった。

 こうした場合、その扱いは地球人類史にもあるように、女は奪われ、男は殺されるか、強制労働で死ぬまで働かせるかのどちらかだ。

 貧乏貴族であるロストックは本来、帝国貴族らしく電源ユニットを略奪し、その売買で資産を増やすべきなのかもしれないが、彼はそうしなかった。

 そうしたところで上がるのは名声ではなく社交界での地位だけであるし、なにより、彼が求めているのはそうした権威ではなく、自分の家で暖炉の前の安楽椅子で、ぼけっと一日中本を読む、至福の時間だけなのだ。

 できれば、そろそろ嫁も欲しいところだが、と思いながらロストックは《オレルス》にコクピットを閉鎖して緩めていた装具をきっちりと締めなおす。



『マヘル・シャラル・ハシュ・バズ、ね』


「……戦利品へ急行せよ、だな。聖書が原点だが、よくそんな言葉知ってるもんだ」


『んふふ、あれはあれで暇潰しにはいいのよ? 信じてなんていないけど』


「だろうな。本国で会えたらよろしくな」


『ええ、もちろん。ゲリラに殺されないように精々気をつけなさいよ』



 さいですか、と適当に相槌を打ちながら、ロストックは《オレルス》となって機体を移動させる。

 幸いと言うべきか、ロストックにはユニットを用いる発電所以外に、発電ユニットが用いられているものを知っていた。

 戦闘の最中、時折、異常に反応が人間らしいシミュラクラに遭遇したが、恐らくあれのパイロットはユニットなのだろう。


 遠隔操作でもなく、ナノマシンを解するわけでもなく、まさに機械と一体化したユニットは、自分の体のようにシミュラクラを操る。

 故に、その反応は人間らしく無駄が多いが、素早く直感的で捉え難い。パーシュミリア戦役では見られなかった、手強い相手だ。

 黒焦げになっていない残骸を漁るか、とロストックは思った。


 そうして、貧乏貴族の旧式機体はゆっくりと敵国の首都を行く。

 勝利の実感よりも確かで大きな徒労感と疲労に苛まれながら、彼は呟いた。

 もし中身が死んでいても、簡素かつ乱雑でも、墓くらいは作ってやるか、と。

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