第16話『炎の柱』②
『―――貫通させる』
ノイズさえ混じり始めた通信の中、静かにサイモン准尉が呟き、前方の主力戦車のうち、一両がびっくり箱のように爆発して吹き飛んだ。
だが、一〇五ミリ砲は連射のきく武器じゃない。それを補うかのように、《サレオス》の三〇ミリ機関砲が主力戦車目掛けて弾雨を浴びせかける。
あっという間に煙に撒かれる主力戦車たちだったが、それが煙幕にもならないということを僕の知識は理解していた。
岸壁を通過する瞬間、サイモン准尉はほとんど不可能と思えるような射撃でもう一両の主力戦車を撃破した。
しかし、それでも主力戦車の数は多すぎた。見えただけでも十両近くいた戦車たちのうち、二両を破壊しただけだ。
残った八両の主力戦車の機関銃や主砲が一斉に《サレオス》に火を噴いた。
ろくな装甲を備えていないエアクッション艇に砲弾が直撃し、爆発し、瞬く間に《サレオス》が大破した。
いくつかの砲弾をもろに喰らったためか、船体に埋め込まれているファンからは炎と黒煙が噴き上がり、右に傾いている。
速力も、目に見えて落ちている。先程の攻撃で《サレオス》が致命的なダメージを負ったのは明らかだ。
『こちらボリスニコフ、ハル少佐へ。道は開けた。《ヴェパール》と共に行け。《サレオス》はもうだめだ』
送信装置のいくつかが壊れているのか、ボリスニコフの通信は声だけだった。
炎と黒煙を噴きながら戦列を離脱しつつある《サレオス》に《ヴェパール》は寄り添うようにして並走する。
甲板上に居た恐竜のようなシルエットのラプターが、身軽にも《ヴェパール》に乗り移ってきた。
しかし、一〇五ミリ砲を装備している上に、プレデターほど身軽でも、細かな動きができるわけではないサイモン准尉の機体はその場に残った。
別れの時なのだと、僕はその時に知った。
艦長席についているハルまでもが、震える声を絞り出している。
「ボリス……あなたまで……?」
『ハル、指揮官として尽くせ。わしはマルセイユと共に見守っている』
「そんな……」
『君たちと共和国に幸あれ。《サレオス》より、以上!』
《サレオス》との通信はそれきりだった。
次の通信はサイモン准尉のものらしいが、これも音声だけだ。
『ハル少佐、他のみんなもだ。俺のエルを頼む。必ず迎えに来る。ソニア伍長、仲良くしてやってくれ。あいつは寂しがり屋なんだ。それじゃ、……またな』
伝えたいことを伝えるだけ伝えて、サイモン准尉の通信は切れた。
僕らの目の前ではラプターがまるで人間のような動きで、遠ざかる《サレオス》に手を伸ばしている。
だが、もう《ヴェパール》が彼らにしてやれることなど、なにもない。
僕はコアモジュールを抱えながら、その光景を漠然とした思いを胸にしながら見ているだけだった。
もし僕がなにかできたのなら、もし僕がまだシミュラクラに乗っていたのなら、そうであったらと。
そうした、取りとめのない感情の激流が僕の中を通り過ぎていく。
どうしたって見ることの出来ない、もしもこうしていたら、という想像が、後悔となって僕を苦しめ始める。
僕はそれが見たかった。覚悟していた事のはずなのに、こうして次々と誰かがいなくなっていくのが怖かった。
あれが僕であったら、代わりになれたらと本気で思う。僕だったら、きっと誰も悲しまずにすむのに。
「……全速前進! これより首都を離脱します! ガーティ・ベル、やりなさい!!」
『アイアイ・マム。全速前進。―――彼らと共に戦えて光栄でした』
「ベル!!」
『アイ・マム』
震える声で、震える肩で、ハルは命令を下す。
ガーティ・ベルは彼が機械であることを忘れさせるような、人間らしい声でこの別れに言葉を添える。
そして僕ら《ヴェパール》は落伍する《サレオス》を見送った。
ここにモーセはいない。
追ってくるエジプト軍から、誰の一人も見捨てず、誰の一人も離さず、大いなる未来を信じて皆を導き、海を割って対岸へ渡ったかの男のような、都合の良い奴はいない。
ここにあるのは実際に存在する人間と人間もどきと、機械たちで、そこに都合の良い展開などあるわけがないのだ。
そうして僕らは河を抜け、港へと出でた。
マリリン・マンソンの歌声を吐き出していたスピーカーは、とっくの昔に銃弾で破壊されていた。
あの勇ましい船出で生き延びることが出来たのは、たったの半数ぽっちの敗残兵たちに過ぎなかった。
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