第15話『炎の柱』①
僕らが艦橋に到着すると、そこではハルが今にも泣き出しそうな顔でじっと前だけを見つめていた。
艦橋の防弾ガラスにはほとんど常時噴き上がった水が張り付いていて、それを健気なワイパーが何度も何度も撃退している。
そんなワイパーの向こう側でメアリーの機体が僕の機体から弾薬を奪い取り、それを装填していた。
けれど、肝心な問題に誰もが気付いていないわけじゃない。
すぐにメアリーの怒声が艦橋に鳴り響いた。
『おいハル! この二〇ミリじゃ戦車には太刀打ちできねえぞ!?』
「少佐ですメアリー!」
艦長椅子の肘掛をバンバンと叩きながら言うハルは、とても少佐だなんて階級の軍人には見えなかった。
だけども彼女はそこからすぐに表情と態度を変えて、僕に向けたようなしっかりとした顔つきでガーティベルに命ずる。
「しかたありませんね。サイモン准尉の乗る《サレオス》を最先頭へやります。ボリスニコフ艦長へ!」
『アイ・マム。通信を開きます。どうぞ』
『こちらボリスニコフだ、なにか問題があったのか?』
モニターに映ったのは、大航海時代の艦長役にいそうな髭面で悪人面の中年の男だった。
どうやら彼が《サレオス》の艦長のボリスニコフ、というらしい。
見た目はパッとしない上に、小太りで背も低いが、なぜかその小さな目は爛々と輝いて見えた。
「メアリーの散弾銃が弾切れです、サイモン准尉に露払いを」
『がっはっは! 了解したぞハル! このわしに任せておけ、機関全速! これより《サレオス》が先鋒を務める!!』
「少佐です!!」
またもや肘掛をバンバンと叩きながらハルが言うと、ボリスニコフは父親が子供に向けるような笑みを浮かべて消えた。
するとすぐに艦橋の横にある防弾ガラスに、のっそりと巨大なシルエットが映る。甲板上に恐竜のようなシミュラクラと、太い竿のような一〇五ミリ砲を構えるシミュラクラを乗せた、ボリスニコフ艦長のエアクッション艇の《サレオス》だ。
《サレオス》はその三〇ミリ機関砲とまだ砲弾が詰まったままのロケット砲をすべて前面に向け、水飛沫を《ヴェパール》にぶっかけながら前進していく。まるで甲冑を着込んだ騎士が槍を構えて突っ込んでいくようで、僕はたしかな高揚感を感じながらその姿を見送った。
『相手が一四〇ミリで、こっちが一〇五ミリか。まるでドンキ・ホーテだ』
『オマケにボクらがセラミックで、あっちは複合装甲材ときましたからねー』
『砲塔と車体の付け根を狙えば貫ける。やれないことはない』
サイモンとその相棒のエルの会話を聞きながら、僕は二人の正気を疑った。
僕の頭の中にある知識は、主力戦車がどれほど強力なのか端的に語っている。
主力戦車とは、動く小型要塞であり、それと正面きって戦うことは自殺と変わりない。
シミュラクラは元々、作業用であって兵器としては意外にも軽装甲に分類される。
一部の重量機以外はほとんどが装甲車と大差ない装甲厚であるし、武装も最大で一〇五ミリ砲が精々だ。
山がちで段差の大きい地形ではその踏破性をフルに発揮することが出来るし、平地でもローラーで走行できる。
一方で主力戦車は最初から軍事目的に開発されてきた、陸戦の王者であり支配者だ。
陸上兵器ではもっとも強固な装甲を備え、強力なエンジンと履帯によって不整地であっても悠々と走り回ることができる。
武装は一四〇ミリ砲に重機関銃などを備え、モデルによっては多くの自己防護手段を備えているのだ。
それを、時速百キロ以上で川を航行しているエアクッション艇の上から、撃ち抜くと言っている。
ただ大口径に任せて敵のどこか命中させるならともかく、噴き上がる水飛沫や上下する足場、偏差などを修正しながらだ。
考えられうる悪条件の上に頭が空っぽな番組ディレクターの考えた、悪夢のようなお遊び要素が追加されたような状態なのだ。
だからこそ僕は、ドンキ・ホーテのように進む《サレオス》を見守るしかなかった。
僕に出来ることといえば見守ることと、無宗教な神様に祈ることくらいしかなかった。
僕らが乗り込める機体はもうないし、あったとしてもエアクッション艇は航行している状態でシミュラクラを出撃させることはできない。
構造上、そんなことをしてしまえば水没してしまう。
『全門斉射じゃあ! ここですべて、撃ち切ってしまえい! 《ヴェパール》のためにすべてを賭けるのだ!!』
ぼけっと突っ立っていることしかできない僕の耳に、武人らしい低い声でボリスニコフ艦長の声が届く。
瞬間、先行する《サレオス》から次々とロケット弾が飛翔し、最終的に四十四発ものロケット弾が火の玉となって僕らの行く道先に降り注ぐ。
主力戦車の主砲と同等の一四〇ミリロケット弾が、頭上から降り注ぐとなれば、さすがの主力戦車も慄き、退避すると僕は思った。
昔から主力戦車の装甲は、正面が一番厚く、上面が一番薄く作られている。
僕が引き篭もり時代にプレイしていたゲームでは、トップアタック機能という、垂直に上昇して戦車の上面目掛けて落下していく対戦車ミサイルがあった。正面装甲に馬鹿正直にぶつかっていったら意味がないから、効率よく上面を貫くためにそうした機能が考えられたのだ。
だから、ロケットの砲撃によって主力戦車の数が減っているか、あるいは退避しているかを僕は願った。
が、現実はそうもいかなかった。
ロケット弾の雨が降り注ぎ、僕らを待ち構えるようにしていた灰色の岸壁が爆炎で覆い隠されても、無骨なシルエットのそれが見えた。
撃破され炎に包まれている主力戦車じゃないかと期待する僕を裏切るように、爆炎の壁を貫いて一四〇ミリ砲弾が《サレオス》を襲う。
『ぐぉっ―――!?』
目の前で、まるで《ヴェパール》の盾になるように砲弾を浴びる《サレオス》は、なおもその身体を前へと進める。
後部の推進装置が一基、砲弾の直撃で丸ごと吹き飛ばされ、バラバラにされるが、それでも《サレオス》は黒煙を吐きながら進んでいく。
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