第14話『出共和国記―Exodus―』④

 そこで僕はやっと理解した。

 僕はさっき、死にかけたんだ、と。



「…………やられた、んだ」


『肯定する。あまり動かない方が良い』


「ああ……、これは………ひどいね」



 頭に被っていたものを外してドライバーシートに視界が戻ると、どうしていきなり接続が切れたのか分かった。

 鉄を搾り出して作ったような、棒手裏剣みたいなものの切っ先が覗いていた。

 装甲に食い込み、内部機材を一部破壊している。

 密閉されているはずのドライバーシートから、少しだけだけれども外が見えた。

 流れ込んでくる空気が、ちょっとだけ海の匂いと、火薬の匂いがして僕はむせ返る。



『すまない。左腕の制御を奪って盾にしたが、避けられなかった』


「いいよ……守ってくれて、ありがとう。それと、……壊して、ごめん」


『現在、整備兵たちが機体をこのまま甲板に固定している。我々に出来ることはもうない』



 インストールされた諸々のデータを参照しても、どうやらそうらしい。

 機体をチェック。頭部センサー群大破、胸部破損、股関節部破損、左腕部貫通、中央統合制御システム損傷。

 頭と胸部、股関節に棒手裏剣が直撃。股関節に喰らったものは、人間で言う脊髄まで突き刺さり、大事な制御系等が使えなくなっている。頭に刺さったのは胸部よりも厚い装甲を貫通して複合センサーを破壊していた。だから今、僕は動けもしなければ攻撃もできない。



『ダン! そいつは無事なんだな!? どうなんだよおい!?』


『っ……落ち着けメアリー! こっちはこっちで忙しいんだあとに――』


『助けられちまったんだ! このまま借りを返さずに死なれたら寝つきが悪りぃんだよ!!』


『黙ってろこのガキ!! 忙しいって言ってんだろ!!』



 通信だけが明瞭に聞こえた。

 どうやらメアリーは僕を心配してくれているらしい。それが、なんでだかとても嬉しかった。

 こっちはこっちでもう自分でなにかをすることも出来ず、暗闇の中で身体のあちこちで無理をしまくる僕自身に対する苦情のような鈍い痛みに耐えることしかできない。

 どうも攻撃を喰らったときの衝撃を分散するために、いろいろと身体の方が無理をしたらしい。

 パニック状態に陥ろうとする素の僕を脳内のプロトコルが抑制し、いき過ぎた鎮静作用をなんとかするために彼が逆にアッパー系のプログラムを投入する。

 それでようやく、僕の精神は水平線を保つことが出来、目の前に自分の身体をミンチにし損ねた棒手裏剣の剣先があっても、冷静でいられた。



『こいつだな』



 ダンがいろいろと放送禁止用語を口にするのを無視して、メアリーがなにか言った。

 嫌な予感がした。直感的にメアリーのようなガキ大将というのは、時として面倒くさいことをするものだという、身をもって教え込まれた教訓が僕の身体を強張らせる。

 瞬間、僕の目の前にあった棒手裏剣の剣先がさらに押し込まれ、僕の目と鼻の先にまで達し、このまま押し潰されるかと思った直後、一気に引き抜かれた。

 メアリーが細かな動作など出来るわけがないにもかかわらず、僕のシミュラクラ、つまり彼に突き刺さった棒手裏剣を引き抜いたということは、誰が言わなくても分かった。

 壊れた機材の鉄片や強化ガラスの欠片などが顔やら胸やらに降ってきて、これ以上ないくらいに迷惑だったけれど、それでも穴から差し込んできた空気や陽光は新鮮で気持ちがよくて、まるで棺桶の蓋がこじ開けられたようだった。



『やりやがったくそが! ソニア、こうなったら脱出しろ! 手順どおりにすりゃなんとかしてやる!!』



 ダンの罵声が頭に響く。

 僕は冷静にシミュラクラからの脱出手順を頭の中で反芻して、その通りにスイッチを押していく。

 メインの電源系統や制御系等が破損していても、ドライバーシートを覆う装甲などを吹き飛ばす爆砕ボルトは点火可能なようにアナログ式になっているのだ。

 手順や方法などに差異はあれど、映画の戦闘機の脱出シーンみたいに、黄色と黒の警戒色のカバーがついたスイッチをいくつか押したりするのは変わらない。

 


『コアモジュールを』


「分かってる。置いてくわけない」


『知っている。大事に扱ってくれ』


「もちろん」



 ドライバーの真下、シートの中から円柱形のコアモジュールが出てくる。

 僕は両端に取っ手のついたそれを引き抜き、心の準備を三秒で終えて通信に割り込む。



脱出装置準備アーミング!。安全位置まで退去。カウント三!」


『……! 了解した! カウント三!』


「三……二……一……インパクト!」



 シート横の、これまた黄色と黒の警戒色に赤い封印がされているレバーをぐっと引く。

 安全装置がすべて解除されているため、アナログ回路を伝って爆砕ボルトが点火、くぐもった爆音とともに重さ百キロ以上の鉄塊が丸ごと視界から吹き飛び、狭苦しかったドライバーシートが一気に広くなる。

 次の瞬間、僕らの目の前には噴き上がる水飛沫と都市迷彩に彩られたメアリーの機体が現れ、それまであったディスプレイやらなにやらは装甲などと一緒に吹き飛んでいってしまった。

 僕の姿を確認したメアリーの機体は、すぐに身を翻して手に持っているショットガンをぶっぱなし始める。

 同時に《ヴェパール》の三十ミリ機関砲が、鼓膜をぶち破りそうな音を立てながら暴力を撒き散らしていた。

 外の世界が怖い、と二の足を踏んでいると、すっとダンが僕の視界に入り込んできて、そのまま僕をぎゅっと抱き締め、そのまま肩に担ぐ。

 一瞬のこと過ぎてリアクションもとれずに、僕はそのままダンの肩に担がれて、両手にぎゅっと彼を持ったまま身体をこわばらせる。

 


「確保した! 大人しくそいつを持ってろよソニア!!」


「わ、分かった! 分かったから落とさないでね!?」


「落ちないよう祈れ!!」


「はい!?」



 きっと、自分の耳がいろんな音を聞きすぎて馬鹿になったのだろう。

 と、そんな考えなどは一瞬で消失し、僕はダンに担がれてやっぱり女子で女子な悲鳴をあげながら、彼を放すまいと手に力を込める。

 安全用の手摺などない、水で塗れた甲板上で頼れるのは甲板に施された滑り止めと、自分の靴と自分の運動神経と運くらいなものだ。

 そしてその甲板の上で担がれて運ばれている身の僕は、ダンの言葉通りに落ちないように祈ることしかできなかった。



『もう少しで海に抜ける! オレたちの勝ち逃げだぜ!』



 散弾銃の弾が切れたのか、僕らが乗り込んでいた機体から二十ミリ機関砲を奪い取り、それを撃ちながらメアリーがはしゃぐ。

 最後列のエアクッション艇とそれに乗り込んでいた軍人たち、そしてシミュラクラとジェーンを失いながらも、僕らはやっとゴールを目の前にしているらしい。

 時速百キロほどの高速で首都を縦断する川を下るエアクッション艇から振り落とされないよう、慎重に移動しながら、ダンと僕はやっと艦内につながる扉までやって来た。

 艦橋の下、軍用という言葉がとても似合いそうな無愛想な扉は開け放たれていて、ダンが近付くとそこから中で待機していた整備兵の手が伸びて僕らを引きずり込む。



「ダン! なにやってんだよ、こんなユニットに命賭けるこたねえだろ!?」



 そばかす交じりの青年が僕を指差してそうなじる。

 僕はそんなのどうだって良いと思いながら、コアモジュールを抱き締めて次の命令を待った。

 シミュラクラに乗り込んでいるときに投与されたあれこれのせいだろうか、とても冷静でいられる。

 僕がダンを見つめていると、ダンは息を整えながらそばかす交じりの青年を突き飛ばした。



「黙ってろ。なあ、いいかよく聞け、手短にするぞ」



 ガンッ、とそばかす交じりの青年を壁に叩きつけ、今にも青年をくびり殺してしまいそうな目つきでダンは言う。



「俺はお袋に人間として恥じることはするなと言われてきた。人間として産まれたから人間だなんてわけじゃない。人間の尊厳を守る行いをしてこそ、人間は人間になるんだ。分かるな? それができないお前は人間以下だって意味だ。分かったら、そこを退きやがれ! この畜生が!!」



 ダンは最後には怒鳴りながらそばかす交じりの青年の胸倉を掴み、力任せに投げ飛ばした。

 細くて狭い通路上をさして太くもない青年がまるで映画みたいに吹っ飛ばされ、床に叩きつけられた衝撃で丸くなる。

 なにも自分を引き上げてくれた人間にそこまでしなくても、と僕はぼんやりと思っていた。

 けれど、そうこうあれこれ考える暇もないらしい。



「………見苦しいとこ見せたな。艦橋にあがってやってくれ、お前は、そこが一番安全だ」



 ついカッとなってしまったことを悔いているのか、ダンは険しい表情のまま僕に言った。

 僕はそんなダンになにか言葉をかけてあげようと思ったけれど、やっぱり口をぱくぱくさせるのが精一杯で、気が聞いた言葉も全然思い浮かばなくて、最終的に言葉をかけるのを諦めて首を縦に振り、コアモジュールを抱えながら《ヴェパール》の中を駆け上がって艦橋へと急ぐ。

 艦内では《ヴェパール》の機関部の音や、くぐもった機関砲の発砲音や爆発音が響いていて、それでいて外の状況が見えるような窓がないから、本当に戦争なんてやっているのか分かりづらかった。むしろどこかの大部屋で大音量で戦争映画を上映してて、盛大に音漏れしてると言ったほうが信じられそうなくらいだった。

 


『こちらハルより全乗員へ、これより沿岸部を強行突破します!』


「……沿岸部って、危険なの?」



 いつの間にかかなり荒くなっていた呼吸を整えながら、僕はぎゅっと抱き締めていたコアモジュールに話しかける。

 本来ならこの状態での交信はほとんどできないのだけれども、どうやら僕の前任者はそれを煩わしいと思ったらしく、彼にはコアモジュールだけでも会話が可能なよう改造が施されているのだ。



『肯定する。恐らく敵の戦車部隊が占領している地帯だ。直撃を受ければひとたまりもない』


「僕は……なにか、できるかな?」


『艦橋に行って、祈る。私も祈る』


「分かった」



 呼吸を落ち着け、深呼吸する。

 僕は再び走り出す。

 まだ、この出共和国記エクソダスは終わってないのだ。


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