第13話『出共和国記―Exodus―』③

 ついさっき元気に挨拶したばっかりじゃないかと、僕が呆然としていると、通信に新しい声が割り込んでくる。



『こちら《アガレス》だ。本艦はここまでのようだ。あとは頼んだ、ハル』

  


 褐色肌のラテン系男性が通信ウィンドウに現れ、敬礼して通信から離脱した。

 後続の《アガレス》が隊列から落伍して速度を落としていくのが、マップを見て分かった。

 《アガレス》のジェシカとマルセイユ艦長は、どうやら死んだらしいと、僕はやっと理解した。


 目に見えない死は、こんなにも軽くて楽なものなのかと、僕は死と表現するには空虚すぎるこの感情を処理しそこねる。

 そして、無視した。どうせ僕が考えたところで、なにかが変わるわけではない。いなくなった人間は、弔うしかない。

 唇を噛み締めながら、僕は後方から飛んできた白鳥に二十ミリ機関砲弾をぶっぱなして、その頭から胴体にかけてを滅茶苦茶にしてやった。

 やってやった、と唇を緩めると同時に、頭の中にメアリーの怒声が弾ける。

 


『いい加減に離れやがれぇぇぇ!!』


『もっと楽しみましょうよカタナ使い! こんなにも楽しいことって他にないんだから!!』


『てめえを殺すのは今じゃねえんだ! さっさとどっか行きやがれ!!』



 狭い甲板の上でチャンバラごっこをしやがる二機が、そこにいる。

 各部間接のリミッターを解除して鉄塊を振り回せば、白鳥が大剣の峰でそれを受け流す。

 轟音、火花、機械の悲鳴が鳴り止まない。整備兵が見たら絶望のあまり自殺しそうな意味不明な殺し合い。

 メアリーの機体が袈裟に切り込み、白鳥が大剣を逆袈裟で切り上げ、トラックが正面衝突したような音が鳴る。まともな人間ならこんなことしないだろうというのが、直感で分かってしまう。ロボットに乗り込んでまでチャンバラをしでかすような思考回路は、正常な人間目線から見てこう言うのだ。ずばり、野蛮だと。


 豪快厄介迷惑、百害あって一利なし。

 さすがにやってられないので、僕はメアリーの言葉を無視して白鳥に銃口を向ける。

 同士討ちしたってしるものか、僕は死にたくない。

 僕の耳にはジェーンの潰れる音が、残酷なくらい鮮明に残っている。



「くたばれ!」



 トリガーを引いた瞬間、白鳥の左腕がこちらを向いていたのが見えた。

 三点バースト。僕が撃った砲弾は白鳥の左腰から延びたスラスターに命中する。

 白鳥のドライバーらしい女の舌打ちが聞こえたような気がしたが、それも聞き取れなかった。

 なにかが射出され、装甲に食い込んだ音がした。

 世界が真っ黒になり、僕は無力に甲板に倒れ込む。

 身体が、動かない。

 攻撃を喰らった?

 どこか、大事な部分が壊れたのか?



『………邪魔が入ったわね。今日のところは帰ってあげるわ、カタナ使い』


『てめえニュービーをやりやがったな! 待ちやがれこの×××! ××××!』



 頭の中でメアリーの罵声ががんがんと空しく響く。

 それと、警報がずっと鳴っている。

 なんの警報だか、分からない、身体が、動かない――。

 暗闇の中に僕が取り残されているのに、《ヴェパール》の三十ミリ機関砲の轟音が遠くからする。

 僕は動かない身体を必死で動かそうとし、パニック状態に陥ったため脳のプロトコルが作動し、鎮静化する。

 慌てるな、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、僕はシミュラクラとの接続を確認した。

 接続は切れていた。


 僕はもう、とは繋がっていない。

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